5 強化
「こんなところでしょうか。また聞きたいことがあったら言ってください。明日は起きたらすぐに出発します。今日はもう寝ましょう」
2人とも横になる。しかしすぐに目を覚ましてしまった。数日風呂に入っていないのと、今日の運動で汗をかいたおかげで身体が非常にベタついてしまっていて気持ちが悪い。
が、天の助け。こんな近くに水浴びが出来るところがあるではないか。俺は彼女を起こさないようそっと川へ移動。服を脱ぎ川に入る。あー、身体の汚れが落ちていく、気持ちええ。
しばらく水浴びした後、川からあがる。
「転移者様、どうなされま……キャッ!」
全裸の状態でマキネさんと鉢合わせてしまった。彼女は急いで後ろをむく。それにしても可愛い声だった。常に凛々しい表情、魔物を豪快に退治する人間とはまるで別人に見えるほど。おっと、俺も隠さないと。両手で股間を覆い、後ろを向く。
「す、すみませんでした。そうですよね、汗を洗い流したかったですよね、気が利かず申し訳ありませんでした」
「いえいえ」
「では失礼します」
寝場所へと行くマキネさん。まあ、男だから裸を見られてもね。どうせなら彼女のはだ、いや、やめておこう。
ところでこれはプチ不幸になるのかな。
それから5日間、相変わらず森の中を移動。彼女の話ではまだまだこの国の脱出には時間がかかるそうだ。近くの街道から数台の馬車の走行音が聞こえてきた。その馬車たちは広間になっているところに集まり、中から多数の兵士たちが降りてきた。
「まだ遠くへ入っていないはずだ。見つけ次第殺せ!」
「ハッ!」
再び馬車に乗り街道を走っていく。追手がもうここまで来ているのか。しっかし苛烈だな。即殺害かよ。
「心配はいりません。彼らは私達がどこにいるかすらわからないはずです。そのために森の中をずっと歩いてきたのですから」
なるほどね、足取りを掴まれるとすぐに捕まっってしまうからな。今後も彼女の言うとおりに行動するとしよう。
3日が経過。たまに兵士を乗せた馬車を見るが俺たちに気づく様子はなかった。いいね、このまま逃げ切れそうだ。
急にマキネさんが止まる。遠くの街道には1台の馬車が。
「あれは、ガオウ隊長が乗る馬車!? しまった」
「もう遅い。ようやく見つけたぞ、マキネよ。なぜこんなことを」
殺される! と思ったが向こうは穏やかに話しかけてきた。マキネさんが隊長と言う人と他2人の部下らしき男が彼の両脇に。少し開けたところまで移動し話し合いが始まった。
話を聞いていると、どうやら彼女の上司であることがわかる。しかも恩義のある人で、元隊長の父親が死んだ時に色々とお世話になったそうだ。なんだ、彼女の理解者か。うまくいけばこの場をなんとか出来るかも?
「どうした、マキネ。何か問題があった時は街の北、森の中にある小屋で落ち合う約束だったろう」
「はい隊長。ですが、あなたを巻き込みたくなく……」
「そうか、お前は父親に似てお人好しだったな。おかげで手間を食ってしまった。それどころかこのまま逃してしまうところだった。肝を冷やしたぞ」
「?」
彼の部下たちが剣を抜き始めた。先程の穏やかな雰囲気から一変。
「すぐに首を2つ王に届けると公言してしまったからな。いやー、しかし運がいい。今回見つけたのはたまたまだったんだ」
「隊長?」
「母親に似て美人だからいずれは……と思っていたが、こんな馬鹿では扱いきれないな。仕方がない、父親と同じ様にあの世へ送ってやろう」
「一体何を言って」
「まだわからんのか? お前の父はこの俺が殺したんだよ」
「そ、そんな……」
「だーっはっは、さすが隊長! 外道っすね!」
「ふん、お前に言われたくはないな」
力なく崩れ落ちるマキネ。完全に戦意を喪失している。ガオウは彼女に向かって歩いていく。
「そうだ、そのまま大人しくしていてくれ」
まずい。このままでは彼女が殺されてしまう。何か手は無いか。腕力で? 無理だな、ガタイがよく俺よりも絶対に強い。そもそも俺は武器すら持っていない。
そうだ、大量に持っているスキル、今ならなにか役に立つものがあるのでは。急いで念じる。
ぬぐ、またトリノフンが。もっと探すんだ!
ん? これはなんだろう。「ビルドアップ」「エクストリーム」の2つが白く表示されていた。その隣に灰色で「アルティメット」という文字も。ビルドアップ? 強化って意味だっけ。ここで俺に電流が走った。
このプチ不幸を「強化」できるのでは。
となるとビルドアップで不幸、エクストリームで大不幸ってところか。不幸ってだけでもかなりついてないからな、エクストリームくらいで。アルティメットは今回使えないようだ。大不幸の上ってだけで嫌な予感がするな。