とある美しい花々と使用人の心得
お読み頂き有難う御座います。
どこかの国で起こった悲劇です。ホラーなのでハッピーエンドでは御座いません。
王宮の片隅には、下級の使用人の住まう建物があります。
その廻りには、ぐるりと生け垣が囲っているのです。そこの花は庭師が入念に手入れをしてます。
その甲斐有って、……年中綺麗な花を咲かせているのですよ。
咲く花は……青や紫、ピンク、オレンジ、茶色。八重咲きから原種まで様々。不思議で、変わった生け垣。
花の名前は、何と言いましたか。
花ごとにひとの名前が付いていたような気がしますわ。美しいから当然ですね。
美しさもさることながら、香りが素晴らしく良いでしょう?
例えるなら、麗しい貴婦人や、頼もしい貴公子のよう。若々しくも、燻したような大人の苦味が混じり、奥深さを添えるのです。
だから、ね。
とても珍重されているのですよ。赦された庭師達が世話する他は、決して摘んでは駄目なのです。
貴方達と一緒で、この花は王家のもの。どんな枯れかけの花でも、萎れた花でも駄目ですよ。
花泥棒は、罪になりますから。
罪を背負っては親御さんに申し訳が立たないでしょう?
沢山の人生をかけて作られた花ですもの。
皆で守るようにね。
使用人達はここに住まう際に、そう教えられたね。
何処かで見たことのある、綺麗な紫色の目をした優しい微笑みのお貴族様から教えられた。
井戸端会議は大事だよ。
皆、タダで貴重な話を披露してくれるんだからね。
特に新参者は、私を子供だとでも思っているのか簡単にペラペラお喋りしてくれる。
単に背が低いだけだがね。歳?女に歳なんて聞くもんじゃ無いだろ。
「私、あの方が……好き。本当に愛しているの」
今日の大きな独り言さんは、お針子使用人のアイヤ。新参者だ。
数ヶ月前に小さな村からやって来た彼女は、自称身持ちが固く、自称恥ずかしがり屋さんだそうだよ。
まるでお貴族様のような青い瞳をひけらかす小娘だ。
やれやれ。規定を聞き流してきた典型だね。
そのお貴族様とは、礼服の寸法を計る際に知り合って、紳士で有名な伯爵令息様から真摯に口説かれたと!
そして、7日前に純潔を捧げたのさ。
そんな下世話な話を何で知ってるかって?
使用人部屋が斜め前だから、声が丸聞こえだよ。
ハジメテ、ハジメテとキャンキャン叫び声が煩くって。
大層並びの部屋の者達は往生したんだってよ。勿論私もね。
声が大きいから、眠れなかった。
他所でやってよ。
苦言を呈すも、キョトンと驚いた顔を返すのさ。
「えっ、そう?別に良いじゃない。お互い様でしょ」
男を連れ込んで夜中に大声を上げて、全く反省の色が見えないアイヤに、我々使用人達は鼻白んだね。
お貴族様とも有ろう御方が、王家の使用人の部屋にお忍び!
仮にも『愛する女』の初めてを奪うのに、美しい屋敷も用意せず!
やーだ貧乏臭い!
そんな男は勘弁だなあ。
アイヤは、そう言う他の者達の嫌みや苦言を鼻で嗤う。
「婚約者様と別れて、私を妻にしてくれるって。次に忍んでくださるときは、大きな赤い石の付いた妻の証の指輪をくださるって!」
次の逢瀬も安上がりだなあ。
だからね、遊ばれてるじゃん。
家宝をお前にくださる訳がない。精々偽のテカテカした石が付いている玩具だろう。
そんな風に言う使用人達から距離を置き、キャンキャンと獣のように騒ぐアイヤは、お貴族様を連れ込む日々さ。
喧しいったらありゃしない。
今までお貴族様にアイヤが貰ったものと言えば、何処かの茶会でくすねたらしい湿気たお菓子に、酷くかぶれて肌を痛めるネックレス。
そして、王宮の庭師が端正込めて育てた何処ぞの花を盗んだもの。
悪趣味にも初めての閨、小汚いアイヤの部屋に飾ったそうだよ。
アイヤの瞳のような、青い大きな花弁の花をね。
さて、何処が良いのか分からない。
婚約者のお姫様がお知りになれば、自慢の顔を潰されても仕方ないね。
私達は領分を越えちゃならんよ。
勿論私を含め、井戸端会議の出席者はそう言い続けてるさ。
それでも彼女の恋は燃え上がり、夢見る瞳は輝き続ける。
次第にあの娘には何を言っても仕方あるまい。
そんな空気が流れ始めて、話をしなくなったね。
大声も慣れれば聞こえなくなるもんさ。私も何も感じなくなったよ。
そんな日が半年も続いて。
さて、仲間意識から弾き出されたアイヤはどうなったか。
健康な女だからね、間も無く子を孕んだよ。
でも、お貴族様は婚約者のご機嫌取りで遠ざかり、暫く会えなかった。
それでも日々腹は大きく膨らんで誤魔化せなくなるからね。
アイヤは、ある日のこのことやってきた腹の子の父親にそれを告げた。
しかしね、お貴族様は逃げたのさ。
縋るアイヤをしこたま殴ってね。
ひ弱なお貴族様の暴力でも小娘には防ぎようがないさ。
見つけた時は床から天井まで、血の海だった。
その日もお貴族様は手折ったんだろうね。
あの生け垣から、アイヤの目の色の青い花を。
床に踏みつけられた花弁には、時間が経って黒ずんだ血の飛沫が飛んでいたよ。
本当に、片付けるのが大変だったね。沢山の手が必要だったよ。
それからは何ともおかしな話でね。
好き勝手にお姫様を裏切り、物知らずな小娘と遊んだ己の所業を棚に上げたお貴族様は、こう言ったそうな。
「私は子を成せると証明したのだ。これで貴女を妻にしてやれる。精々私に尽くすように」
気の毒に、聞かされたお姫様は卒倒したらしいよ。
可哀想に、箱入り娘には刺激が強すぎた。
お姫様のお父上は激怒されてね。首を落とされそうになったらしい。
泡を食ってご実家に逃げ帰るも、門は固く閉ざされたまま。
お姫様のお父上の逆鱗に触れたことに震え上がって、ご家族はお貴族様とのご縁を切ったらしいんだよ。
情の無い話だが、とても似ているご家族だねえ。
さて、その日の寝床もなくなった元お貴族様。
ご友人を頼っては追い返され、空きっ腹を抱えた時、漸くアイヤの事を思い出したみたいだね。
頼れる人が、弄んで壊して捨てた下級の使用人の小娘しかないなんてね。
お貴族様は、また花を摘んだそうだよ。
アイヤへのご機嫌取りにね。あんなに殴っておいて中々の土産だ。感心するよ。
ああ、窓からはもう入れないよお貴族様。
彼処は、庭師が次の苗を育てるために使っているからね。外気が良くないから閉めきりさ。
アイヤを何処へやった?
人聞きの悪い。
アイヤを何処かへやったのは、お貴族様だろう?
おや、急におとなしいね?
私の顔が誰かに似ている?気のせいだろう?
王妃様の紫色の目?
ははあ、あんた、困った人だ。
そう自分に素直だと本当に長生きできないよ。
さて、蝋燭にも限りが有るからね。使用人の使える量は限られてるんだ。
お貴族様も歩き通しで足が痺れたろう?
何故知っている?
あんたみたいなお貴族様が汗みどろになっていたら、どんな平民も不審に思うさ。
そして、そんなナリで此処に忍び込めばね。
遅くまで夜に勤める使用人もいるんだよ?
あんたは気にしたことないだろうがね。
夜が更けても花を摘んでれば、目につくさ。
あんたはこれで3回花を摘んだねえ。
あの生け垣の花は綺麗だろう?
貴重なもんだよ?だって夜にも昼にも咲く花は珍しいからね。
彼処は長年かけて人が拵えた生け垣なんだよ。
アイヤ?
きっと、アイヤも同じ青色の花を咲かせてくれるだろうよ。
あの子はお貴族様だった母親譲りの青い目が自慢だったからね。
腹の子の色は、何色だろうね。
あんたと同じ、緑かね?
おや、顔色が良かないね。
あんた、血の気が多いからよく分かるよ。
ああ、騒がしくして済まないが、皆手伝っておくれ。
3回摘まれた花の補充分、最後が、来たよ。
「アイヤの子供がひとり余ったそうだよ」
「何だ、双子かい。よく生きてたねえ」
「世話は持ち回りかね」
何時もの井戸端で、我々と同じく、非常時の予備になる赤子を皆で構い、代わる代わる抱いてやる。
未だ目は開かないね。
「可愛いねえ」
「身を持ち崩すなよ」
「この生け垣の花にはなるんじゃないよ」
「かと言って、やらかしたお貴族様の補充には使われたくないねえ」
そういや、ついこの間庭師のひとりがお貴族様に呼ばれたきり、戻ってこなくなったからねえ。
幼い頃から此処で育った、綺麗な緑の目の仕事熱心な男だったんだが。
ああ、勿体無い。
生きたまま、お貴族様の世界へも生け垣の下へも入りたくないもんだ。
そんな日が来ないことを心底願うよ。
あんな気味悪い優しげな顔で、私らの手を汚させておいて追い込む王妃とは、同じ空気を吸えたもんじゃ無いからね。
何?似てきた?
あんた、ひっ叩かれたいのかね。
抜け出せるのは花になるか、貴族になるか。