とある野球部員が臨死体験をしてみた。
――聞こえる?
声が、聞こえた。
――もしもし、聞こえる?
ぼんやりとした思考の合間にどこからか声が届いた。
そうと知覚した瞬間、ふわっと意識が起き上がったかのような浮遊感。
……ああ、聞こえる。誰だ?
――ああ、よかた。ようやく、声聞こえた。
辺りは暗くなっていて手元さえも見えない暗闇。
あれ。俺は、さっきまでグラウンドに居たはずじゃ……。
夕暮れ前に部活が終わって、まだ動き足りないからって一人で居残り連して、それから……、それから先が思い出せない。
――そう。あなた、一人、遅くまで頑張った。偉い。チームのためできることなんでもやる。
ありがとう?
――でも死ぬ。
いや殺すなよ。
というかさっきから何なんだお前。
噂に聞く死神ってやつか? なんで片言なんだよ。
――大丈夫、死は痛くない。
聞けよ。
――死、痛くないし、危険ない。
お前ら死神の感覚で言われてもなー。
先生に言われなかった? 相手の立場になって考えろって。俺ら人間的に実際死ぬのってどうなんよ。俺、今普通にお前と話してっけど、これ精神世界ってやつだからね。現実じゃ俺、倒れ伏してるパターンだろこれ。超危険状態じゃん。
というかさお前、さっきから見えないんだけど人に話しかけるんだったらちゃんと顔と顔を合わせて話すもんだろうが。どんな教育を受けてきたんだっつーの。
はいこれでツーアウトね。ツーアウト。あと一つでお前攻守交代だから。サッカーだったらもうレッドだからね。退場だよ。ったく、俺が野球部だってことに感謝しろよ?
――あなた、死、怖くない?
いや怖ぇよ。けどよ、ここで泣き喚いたところでしょーがないじゃんっつーか。俺シャイなところあるからね。本音を出す相手は見極めてるっていう感じ。
その点さっき話しかけてきたばっかのお前じゃまだまだ俺からの親愛度低いからさ、プレゼント弾幕で俺の親愛度マックスにしてから出直して来い。
――何、言ってる?
死神界隈じゃソシャゲって無いの? まー俺も日本以外の国のことだってよく知らんし、死神のことなんてもっと知らんけどさ。でもお前仮にも仕事相手の国なんだからよー少しぐらい現地調査しとけっつーの。
――調べる。ちょと待て。
あー! スリーアウトだぞお前それ! 反則だ反則!
俺学生で部活一本だったからさ働いた経験ないけどよ、普通客を待たせておいて業務に関係ない調べものするか?
いいか? 日本じゃマック店員が会計中にいきなり動画とか見始めたら客はソッコウでネット炎上させっからね。俺レベルになると店長引きずり出すまでコンボ決めるわ。今日はお前んとこの店長いないみたいだから見逃してやるけど、次からは気をつけろよー?
ま、アウトに変わりはねーけどな。はいというわけでスリーアウト。交代ね。今から俺が死神すっからお前死んだふりな。どうせ実用性皆無の鎌とか持ってんだろ。よこせ。邪魔だろうけど持ってやるよ。んだよお前骨ばってんなー。指先がこれってお前、見えねえけど全身ガリガリっぽいなー。もっと肉を食え肉を。お、これが鎌か? おぉ重いけど思ったほどじゃねえな。やっぱこれが有るか無いかで心構えが変わるっつーの? へへっ俺もいっちょ前の死神だって感じがするんだよな。仮免だけどよ。まあ心配すんな。これからはお前の分までビッグになるわ。三途の川の向こうで見守っててくれよな。あばよ。
◇
「――ぱい、先輩! 起きてください先輩!」
「なんだよ。うるせぇなあ。眩しっ?!」
「先輩……」
起きたらグラウンドのライトが目をつんざいてきやがった。眩しい。
「あれ、俺、死神になったんじゃ?」
「何言ってんすか先輩。どっちかって言うと魂狩られる側の状態でしたよ……」
「いやそっからポジション変更して俺のターンになるはずだったんだが」
「言ってることが支離滅裂。先輩、やっぱり脱水症で脳が……。あれ、でも普段からこんなもんな気も」
「おい幾ら後輩でも言っていいことと駄目なやつがあるぞ」
「と、とにかく念の為救急車呼んでますからちょっと待ってくださいね」
そそくさと背を向けて逃げ出したかと思ったらなんかスマホで色々連絡し出したんで追求は見逃してやる。
グラウンドの隅っこで走り込みをしていたはずだったが、水道の近くのコンクリの上に寝っ転がっていた。どんな処置をしたのか、上半身がずぶ濡れだ。
あーあ帽子もぐちゃぐちゃだ。まだ動かしづらい腕を持ち上げると、金属質なキーホルダーが手のひらにあった。鎌がモチーフだなんて悪趣味だなあ。
見たこともないキーホルダーだ。後で落とし物として届けてやろう。一日一善。あぁなんて俺は品行方正なんだろうか。そりゃあ神様だって脱水症ごときで俺を葬ろうなんてしないわなガハハ。
ん?
よく見たらキーホルダーのチェーンが手首に回っているし、そのチェーンが外せねぇ。
――あなた、死神。わたし、天、行く。
なんだか幻聴が聞こえた気がした。