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レフュージア  作者: 一森 奥
6/9

アジア編6

ヒロとブルードレスはひたすらゲームを楽しんだ。ヒロがここまで純粋に娯楽に触れたのは何年ぶりだったろうか。

ゲームの合間合間には、取るに足らない話ばかり。取るに足らない話でも、そういうことでこそむしろ、お互いの感覚や視座を知ることができる。時折、ヘレスも交えながら、話は尽きる事なく続いた。



「……あのさ。そろそろ、帰るよ」


ここに来て4回目の朝食を終えるとヒロは切り出した。ヘレスは目にうっすら涙さえ溜めていた。ブルードレスがそれを横目に言った。


「そうか、帰ってしまうか。残念だが、いつまでも引き留めておくわけにもいくまい」

「取り敢えずバンコクの安全が確保されているってことはアルディオンに報告するよ。賢者の存在も伝えないわけにはいかないけど、無闇に近付かないようにとは言っておく。使いを寄越す場合は俺が信頼してる奴にするように頼んどくよ」

「あぁ、分かった。別に私の存在は秘密な訳ではないからな。くれぐれも変な奴は寄越さないように頼むよ」

「うん、まともな奴を行かせないと殺されるぞ、って言っておく。何にせよ、マレー半島の鎮定作戦は中止するように報告書に書いておくから」

「そうしろ。ここ辺りまでならまだしも、万が一ここのさらに南、旧インドネシア領を攻撃して反撃を受けた場合、私は助けないからな。なるべく人間の数が減らないような方策を取れ。科学がより発展することを私は願っているよ」

「残された時間がどれだけあるのか知らないけど、できるだけのことはやってみるよ」

「私も時間稼ぎくらいはするが、我が種族は君たちよりも時間の感覚がユルいからな、とにかく1年2年でどうこうということもなかろう。そうだ、ヒロにこれをやろう」


ブルードレスが中空に左手をかざすとその手の中に指輪が現れた。次に右手を服の中に突っ込むと2本の小瓶を取り出した。


「指輪はいいけど、その瓶はどこから取り出したんだよ」

「もちろん四次元ポケットからさ」

「……猫型ロボットのオマージュかよ」

「まぁ、持っていて損はないんだ。持っていけ」

「せっかくだから、もらうけどさ。ありがとう……って、この瓶、温くないか?」


ブルードレスは目線を斜め下に逸らして微笑むだけだった。

細身の金の指輪には細かく文字が彫ってあったが、認識阻害の魔法がかかっているようで何一つ読めなかった。ヒロはそれをしばらく色々な角度から眺めた後で左手の人差し指にはめてみた。


「で、この指輪は何かあるのか?」

「ピンチになったら、私が瞬間移動で助けにやってくる指輪だ」

「え、マジで。スゲーな。でも、いつも見られてるってこと?気色悪っ」

「気色悪いとか言うな。嘘だし」

「嘘かよ」

「瞬間移動なんてできたら、とっくに君たち人類は全滅してるよ」

「それもそうか。じゃあ、なんなの」

「あ、これ死ぬなと思った時になったらその指輪の力を使え。それに着けているだけで軽度の魔力消費軽減効果があるからお得だぞ。盗聴やGPS機能は本当に付いてないから安心しろ」

「そう言われると逆に疑いたくなるわ。使うって、どう使うんだ?」

「その時になれば分かるさ。それで、瓶のやつは色々強化するやつだ。効き目を調べるのも勉強だと思って、頑張れ」

「それ絶対説明が面倒なだけだろう」


少し名残惜しかったがいつまでも遊んでいるわけにもいかず、ヒロはすっかり重くなった腰を上げた。

帰り支度をしてから久々に部屋の外に出ると遠く南の空に稲光が見えた。

ヘレスがヒロの愛ワイバーン、トリを馬小屋ならぬ竜小屋から引いてきてくれた。

ヒロが鞍の調整をしている間に、ヘレスはもう1頭の真っ黒なワイバーンを連れてきた。トリよりも一回り以上大きく、鼻先には大きな角が生えていた。


「でかっ」

「格好良いだろう。我が愛竜 ノワールだ」


ブルードレスはキメ顔で言ったが、2人の間には何とも言えない空気が漂った。


「うん。一周回って格好良いのかも知れないな。知らんけど」

「なんだと、この漆黒の体躯にきらりと光る純白の一本角。ノワールの良さが君には分からないか」

「ノワール自体はとても良いワイバーンだと思うけど、命名がな。ていうか、でかいし体の色も違うけどノワールもワイバーンなのか?」

「あぁ、馬やら牛やらでも種類があるだろう。あれと一緒だ」

「……成る程」

「さぁ、行こうか。私もたまには見回りをしないといけないからな。ついでにそこまで送って行ってやる」


ブルードレスが颯爽とノワールに乗るとヘレスもその後ろに乗った。彼女が軽く足をノワールの腹に当てると、一気に上空に舞い上がった。

ヒロも慌ててトリに飛び乗りそれを追いかけようとするが、トリは2度3度羽ばたいてからでないと舞い上がることができず、彼女たちのいる高度まで上昇するのにも多少の時間を必要とした。


「図体でかいのに、随分と素早いんだな」

「ふはは、そうだろう。我が相棒ノワールの凄さが分かったかね。通常の3倍だ。少し北の方まで送ってやろう。手加減はしてやるが遅れるなよ」


言うが早いか、ブルードレスはノワールの腹を少し強めに蹴った。ノワールは一瞬で加速すると、北へ向かって飛び去った。ヒロも慌てて追いかけたものの、全速力で追いかけてようやく追いつくことができた。


「賢者、待ってくれ。トリがもたない」


ヒロが呼びかけると、ブルードレスは左手を上げて魔法陣を浮かび上がらせた。


「人と竜が一体となれば、より早く飛ぶ事ができる。君も鍛錬を欠かさぬことだ。また、会おう!」


ブルードレスは向きを変えると飛び去っていった。

ヒロは手を挙げるのが精一杯だった。


「全然送ってもらってないけど……」


ヒロはトリを撫でながら話しかけるようにそう言うと、そのまま少し速度を落として北を目指した。



*****



ヘレスはブルードレスに必死にしがみ付いていた。


「賢者様、飛ばし過ぎです!急に方向転換するのはやめてください!」

「あぁ、悪かった。つい、格好を着けてしまったよ。ノワールも満更でもないようだよ」

「吹き飛ばされるかと思いました。もう少しゆっくり飛んでいただけませんか」

「分かった分かった」


スピードを落とすと、ヘレスが姿勢を正して言った。


「久しぶりに楽しんでおられたご様子。私も嬉しく思っております」

「かなりゲームが上手い奴で歯応えがあったよ」

「可愛らしい、坊やでしたね」

「好みだったか、ヘレス」

「愛嬌のある子でしたし、鑑賞する分には良い坊やかと」

「そうか、それは良かった。また、しばらく2人の生活だな。ヘレス、今日は何かご馳走を作ってくれ」

「承知いたしました。それでは、食材を探しにまいりましょう」


2人は海岸線近くの漁村を目指して飛んで行くのだった。



*****



ヒロはブルードレスに見せられた魔法陣を真似てみながら、バンコクを目指した。彼我の魔力量に差があり過ぎてそのまま真似する事はできなさそうだったが、彼なりに活用できるよう、構成を分析すべく魔法陣と格闘し続けた。

途中で興が乗ってきたので、カバンからスピーカーを取り出すとそこそこの音量で曲を流しながら飛び続けた。

途中、ヘレスが持たせてくれた昼食を取ったりしつつも、真っ直ぐバンコクに向かうと15時過ぎには到着した。


バンコクには行政府と言える程のものはまだなく、中心部からやや北に行ったところに寄合所といった規模のものができていた。ヒロはそこの広場に直接ワイバーンで降りた。大音量で曲を流しながらの登場となったのでヤカラっぽくなってしまったが、そのお陰か大して間を置かずに周囲から人が群がってきた。


「アルディオンの関係者はいますか?」


彼は大声を張り上げた。登場の仕方と比べると随分とお行儀の良い口調だった。

すると初老の男性が1人歩み出てきて答えた。


「あいにくと関係者はいないが、私が窓口になっている。ここのリーダーのトーンだ。あんたは?」

「アルディオンのヒロです。よろしく」


2人は握手を交わす。こういった街は普通カタギには見えない感じの風貌の男性が仕切りがちだが、トーンはシャツこそ変な柄のものを着ているものの、メガネをかけており事務方っぽい風采をしていた。


「ヒロさん、待ってたよ。あんただけか?他に人はいないのか?」

「待ってた?いや、私はこの街の方にお伝えしたいことがあって、ここに立ち寄っただけですけど」

「なんだ。関係者はいるか、なんて妙な言い方するなとは思ったが、なんだ違うのか」

「違うって言うのはどういう」

「アルディオンは人を派遣すると一月も前に言ってきたきり、それ以降音沙汰がないんだよ。ここら辺の治安を良くしてもらうために、さっさと誰か寄越して欲しかったんだが、なんだあんた違うのか」


トーンはがっくりと肩を落とす。


「その様子だと直接アルディオンに連絡を取る手段もなさそうですね」

「あぁ、広域で通信できる設備なんかありゃしないよ。ヤンゴンと物のやり取りをする中で直接情報交換するのが精一杯さ。あっちはもうだいぶ良いみたいだな」

「そうですか。じゃあ、私がアルディオンに連絡を取る時に誰かしら早急に派遣するように伝えておきます」

「あぁ、それは助かる」

「それでお伝えしたいことなんですが」

「なんだ」

「私は国の任務でマレー半島一帯をざっと見てきました。その結果、この辺りは安全だということが分かりました。南に行き過ぎない限り魔獣の危険性はほぼありませんので安心してください。でも、南側は相変わらず危険です。海上ルートでも決してそちらには行かないでください。あと、南部からの避難者がこの街にくるようだったら、インドに向かうように伝えてください」

「そうか、ここ最近魔獣はほとんど見ないな。そう言う意味では安全なんだな、分かったよ」


ヒロは再びトリにまたがると空へと舞い上がった。

彼は行きにも立ち寄っていたのでアルディオンの関係者がいないことは確認済みだったが、今回は敢えて目立つように行動し、この街の住民に自分の存在を印象付けた。南に向かわないようにという警告がちゃんと伝わるように、そして最近ではとかく軽視されがちなアルディオンという国に多少は畏怖の気持ちを持ってもらう為に。国を離れてからだいぶ経つというのに、多少の愛国心めいたものをまだ持っていることにヒロ自身も驚いていた。


バンコクを離れた後、彼は考えていたよりも遠くまで移動してしまった。

ブルードレスから別れ際に教わった魔法陣の研究に夢中になっているうちに、当初の目的地ヤンゴンを通り過ぎてしまっていたのだ。

色々と魔法陣をいじるうちにようやく自分なりの仕上がりになってきた。もう少し上手く再構成できそうだったが、十分な効果を発揮し飛行スピードを大幅に上げることができるようになったので、そろそろひと段落付けることにしよう。そう思った時には既にヤンゴンは遥か後方に。仕方ないので、そのまま先を急いだ。

すっかり黒く沈んでしまった大地にポツリと灯った明かりのようにチッタゴンが光っているのが見えた。街に着いたのは20時にならんとする頃だった。


チッタゴンまで西に行くと行政府らしきものも機能していて、復興もそれなりに進んできている。暗くなってから到着した彼だったが、街に賑わいが戻り人の往来も激しくなっているからだろう、大して不審がられることもなくすんなり街に入れた。

役場で簡単な報告をして宿舎の一室を借りると、キムに音声通話で連絡を取った。


やぁ、久しぶりと上機嫌でヒロが挨拶すると、キムは不機嫌そうにこの前会ったばかりでしょうと答えた。


「随分上機嫌なのね、気持ち悪い。で、どうだったの」

「思ったよりも遥かに良い報告ができるよ。詳しくは後で報告書上げるけど、マレー半島の陸地には脅威はほぼ無いと思う。ほぼ全ての街が破壊されてたから住むには向かないけど、魔獣は皆無と言っていい程少ない。ということで、バンコクの当面の安全は確保されてる。だから鎮定作戦は中止してくれ。とにかく中止した方がいい」

「そんなに魔獣が少ないって、そんなことある?」

「事実そうだったんだから、仕方ないだろ。キムが俺を指名したんだから、信じろよな。明日中に画像付けて、もう少し詳しい報告書出すから。その後は1、2週間時間くれ。そしたら色々持って帰るから」

「帰ってくるなら、さっさと帰って……」

「約束どおり、ビザも用意しておいてくれよ。じゃあまたな」


キムが話し終えるのを待たずにヒロは通話を終わらせた。

食堂に行って残り物をかき集めて食べると部屋に戻って報告書を書き始めた。

バンコク以南に魔獣はいないが、ほぼ更地みたいなもので残された住民も極少数だということ、マラッカ海峡を渡った先の脅威はおそらく健在だが、動きは見られないことをはじめに報告し、鎮定作戦の中止を強く求めた。

次に、マラッカ海峡を使えない以上、海上での東西を結ぶルートの確立は不可能なため、バンコク・ヤンゴンルートの確立を当面の目標とし、東南アジア地域全体の復興を目指すことに注力すべきという内容で報告をまとめた。

ブルードレスと彼女の魔法技術、魔人側の動静については、ボカしにボカして書き、後日あらためて直かに報告したいと添えた。


かなり端折って書いたが、重要な部分をボカすのに苦労したせいで書き終えたのは真夜中だった。

ヒロはそのまま寝てしまうと、翌日昼前に起きてシャワーを浴び、遅めの朝食を摂ってからキムに報告書をメールで送った。送ってしまうと義務は果たしたと言わんばかりに返事も待たず、さっさとチッタゴンを飛び立ってしまった。



ヒロはインド亜大陸の中央に向かった。

この地域にはアルディオンから定期的に討伐隊が派遣されている。にも関わらず、北部と異なり魔獣が今もそれなりに活動していて、人はまばらにしか住んでいない。

ブルードレスと別れた直後から、ヒロはその広大な空き地でしばらくキャンプをしながら、魔法の研究をする事に決めていた。新しいオモチャで遊ぶのが待ちきれない子供のように落ち着きがなかったのは、そのせいだった。


陽が西に傾いた頃になって、ヒロはキャンプに適した場所を見つけた。さっさと設営を済ませてしまうと、すぐに研究を始めることにした。まずはブルードレスが見せてくれた魔法の数々を1つずつ丹念に分解し、効果を見極めていくことから始めた。


ワイバーンの飛行を補助する魔法は半日で自分なりにアレンジすることができたから、今回もスムーズに行くかなとヒロははじめ甘い考えを持っていた。が、実際はそう簡単ではなかった。

飛行補助の魔法陣は全部で5層構造になっていて、それを4層にするだけでもそれなりの効果が出せるものだった。さらに、よく使う魔法が3つ含まれていたので、理解も早かった。

だが、今回は違った。6層構造のものがある上に見た事もない魔法がほとんどだった。


実際に魔法をそのまま使って試すことができるのならば話は簡単なのだけれど、魔法は魔法陣を重ねるごとに指数関数的に消費魔力が増える。層を重ねるにつれ、1層増えた場合の消費魔力がとんでもなく跳ね上がる。層の数はそのまま魔法のランクである位階と呼ばれていて、ヒロがメインで使用するのが第2位階の魔法で、第3位階の魔法はとっておきの場合だけ、というのが現状だ。

普段使用する魔法の位階からも容易に想像できるように、ブルードレスと彼とでは魔力量にとてつもなく大きな差がある。ブルードレスが呼吸をするが如く簡単に使っているようなものでも、彼が使えば最悪、魔力が枯渇して死ぬ。即死しないとしても、下手を打てば1人で気を失うことになって2、3日してから死ぬ。


若い身空で孤独死するわけにもいかないのでヒロは1つ1つ慎重に分解しながら効果を探っていく方針にした。新しい魔法陣の効果をおっかなびっくり調べる間、彼は懐かしいアルディオンのスクール時代をしきりに思い出していた。

スクールの仲間との出会いこそ事故というか不条理なものだったが、スクールで過ごすのは楽しかった。仲の良い奴も悪い奴もいたけれど、魔法や魔獣の研究で議論を戦わせ、成果を競い合った。武術や戦闘の訓練では一緒に汗を流した。ともに戦場に出ることになった仲間たちとは、ただの友人とも違う特別な連帯感が生まれていった。小隊の仲間は家族も同然だった。


魔法という新しい世界の扉が開いてからしばらくは、自分たちこそが神に選ばれた存在であり、世界の中心で人々を導いていくのだということを信じて疑わなかった。魔獣だけを相手にする分には大した命の危険もなく、どこにいっても平和を守る英雄として歓迎されていた。

3年前に魔人たちが姿を現すまでは。

あの後、味わった絶望の日々を思い出すと浮かれた気分もすぐに吹き飛び、苦いものが込み上げてくる。自分が当の魔人に教わった魔法を楽しんで研究している、そんな状況を思うと自己嫌悪の感情も生まれなくはないが、魔人そのものが悪で人間それ自体は善なのか、と言われれば疑問を持たざるを得ないのが今の彼だ。もうスクール時代の10代の少年ではないし、新兵というような純朴さもない。人間社会の汚い部分には嫌という程触れてきた。いや、誰かを汚いと言える程、自分が綺麗なわけでもない。それでも、あいつら程汚くはない筈だ。あいつら同胞のふりをした裏切り者達よりは……

いつもの葛藤に彼はしばらくの間、囚われてしまう。無駄な煩悶と分かってはいるのにそれがいつも彼を苦しめる。


少しの間一人で悶々と頭を抱えていたが、やがて落ち着いてくると自分の胸にそっと手を当て大きく息を吸った。

次に息をゆっくりと吐いて大きく伸びをする。だだっ広い大地に立ち、上を見ると雲の少ない夕暮れの空が広がっていた。目を大袈裟に見開くと、今の自分が考える最も善い方向を目指して行動しよう、迷いを振り切るようにそう思い直した。


最も善い方向、いかにも神が言いそうな言葉で癪に触る、彼は独り呟いた。



ブルードレスが披露してくれたのは12種の魔法で、そのうち9種が第5位階、3種が第6位階だった。その中から第5位階の魔法6種を選び、それらをさらに魔法陣1つずつに分解して調査する。その作業だけで4日かかった。

重複はほとんどなく、効果が少しは想像できるものから、まるで分からないものまで様々だった。

実際に魔法を行使しながら効果を検証するので、当然ヒロ自身の魔力を消費する。行使したからといって明確な効果があるものばかりではなく、一見して何も起こっていないように見えるものもある。別の魔法を組み合わせてみると効果が分かったりもする。とにかく時間がかかった。


徐々に位階を上げながら魔法を試していくのにも大変な時間がかかった。ブルードレスが見せてくれたとおりの順で魔法陣を重ね、3層つまり第3位階までで効果が発揮されれば御の字だが、第4位階でギリギリ、第5位階にならないと効果が発揮されない場合はもうお手上げだ。魔力量の兼ね合いでヒロにとっては第4位階の魔法でも場合によっては命の危険があるからだ。


分からないなりにも地道に調査を続けていると、中には無意味な組み合わせがあることに気が付いた。あの変人のことだから、人をからかう為にフェイクを混ぜたのかとも思ったが、ヒロはブルードレスの何かしらの意図を感じた。ような気がした。

ヒロに魔法の知識の一旦を伝えるための教育的配慮……というよりも応用力を試されているのではないだろうか。彼女の挑戦的な表情が思い浮かんだ。

挑まれたからには、それをクリアしなければなるまい。ヒロは躍起になって解読に励んだ。途中、嫌になって別の魔法陣を解読したりと寄り道をしながら、1週間かけて解読に成功し、組み合わせ方を変えると新しい魔法が発動した。それは魔法陣を不可視化する魔法だった。


「そんなこともできるのか。あいつ、やっぱりワザと見せてやがった。何考えてるんだ」


そんなブルードレスの挑戦を受けて立ちながらもさらに調査を進めること数日、そろそろ時間もないかと思い始めて、これを最後にと取り掛かった魔法が思わぬ大発見だった。

彼が最後に見つけた魔法は消費魔力量をそれなりにカットするものだった。ゲームのように魔力を数値化する技術があるわけではなく、あくまでも体感なのだが2年前に発見された消費魔力抑制の魔法と比べると大幅に負担が減ったのが実感できる程だった。2年前のものでさえ革命的な大発見と言われていたのだから、これがどれだけ凄いことか。

ヒロが今まで使ったことのある魔法は最高でも第4位階のものだったが、この魔法のお陰で第5位階の魔法を使うのも夢ではなくなり、これで自分たちも奴等に一矢報いることができるのではないか。一瞬淡い期待を抱いたが、無償で公開してもらえるような代物だ。エルフの世界ではこの程度は初歩の初歩ということだろう。淡い期待はすぐに露と消えた。

普通に考えれば、ブルードレスが第5、第6位階の魔法をあれだけ並行して発動準備できたのだから、魔力抑制の魔法も桁違いのものを行使しているのに違いない。彼女は第7位階どころか、第8位階の魔法まで使えるのかもしれないということまで思い至ると、あまりの技術格差にかえって絶望すら覚える。

もはや人間じゃないな、彼は思った。もっともブルードレスは元から人間ではないのだけれど。


魔力の効率が良くなったことに機嫌を良くしたヒロは、本国との期日などどうでもいいやという気分になったので、さらに数日間魔法陣の調整を繰り返し、いくつかの魔法を新たに習得したのだった。

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