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レフュージア  作者: 一森 奥
4/9

アジア編4

ソムチャイ一行を見送ってから、ヒロはさらに南へと向かった。

ヒロは今回の調査でこれ程南方に行けるとは正直言って思っていなかった。太陽はかなり西に傾いてきていたが、とにかく行けるところまで行ってしまおうと思い立った。ブルードレスとかいう何かがどれ程恐ろしい存在なのか分からないが、何も分からないで帰る訳にもいかない。


南下してみたは良いものの、バンコク以南には思ったより残った住人が少なく、魔獣も少なかった。バンコクの安全を確保するための平定作戦の下調べだったが、作戦そのものの必要性も疑わしくなってきた。

途中2回テント泊をしつつ、ゆっくりマレーシア領を進んだが、3組の避難者グループに遭遇しただけだった。皆一様にこれ以上南には行くな、恐ろしい魔女ブルードレスがやって来るぞ、と警告して去っていった。どんな風に恐ろしいのか聞いてみたが、遠くの空を飛びまわりながら手当たり次第周辺を爆破してまわる、とにかく爆発が凄い、という情報だけしか入って来なかった。


3日目の昼過ぎにようやくマレー半島の旅も終わりが見えてきた。ブルードレスは南にいると聞いていたので、とにかくいつでも逃げられるように最大限警戒し、魔力感知も常時切らさず、低空飛行でゆっくりと進んだ。人類の不在をいいことに力を増した自然がそこら中にあるだけで、どこまで進んでも注意すべき何者も見つからなかった。

ヒロがそろそろ引き返そうかと思い始めた頃、唐突に高層ビル群が見えてきた。


「あれ、シンガポールか……?」


その景観の異様さにヒロは戸惑った。小さな街の大したことのない高さのビルですら壊れてもうなくなっていることの多いこの半島で、人類だけがこの地球の主役だった頃の風景がこの一帯にのみそのまま残っている。この景色は明らかに異常だった。

遠目からしばらく観察を続けてみたものの、車などが走る様子はおろか人影も全くない。鳥が好き放題に飛び回っていて、よく見てみればところどころ蔦に覆われている部分もある。

ヒロは巨大な廃墟と化した街に、海側から空港の跡地らしきところを越えて回り込むように侵入した。


街に入ると高層ビルの屋上で一人のスキンヘッドの中年男性が手を振っていた。魔力感知に反応しないことから普通の人間のようだった。普通の人間にしか見えなかったが、なぜか場にふさわしくないカッチリした格好をしていた。

ヒロは何故このような場所にそのような格好の人間がいるのかと疑問に思ったが、男性の周囲に魔力を持った存在はいないようだったので、降りてみることにした。


ワイバーンのトリから降りてヒロはゆっくりと男性に近づいた。男性は特にワイバーンに驚く様子もなく、淡々と口を開いた。


「こちらにお越しください。ご主人様がお待ちです」

「他にもどなたかいるんですね。私は避難を促しにやってきたのですが」

「それは、ご親切にありがとうございます。お話は私では承りかねますので、一度ご主人様にご挨拶ください」


ビルの最上階のペントハウスに招き入れられると女性が大画面テレビで1人ゲームをしていた。女性の黒く長い髪がソファーの背もたれを伝って床にまで届かんばかりに広がっていた。彼女は大きな胸が目立つタイトな濃紺のワンピースを着ているが、ソファーの上で胡座をかいて猫背でゲームをする姿は全く色気を感じさせなかった。

ゲームはひと昔前に流行ったモンスターを狩るゲームで、彼女は操作に難儀しているようだった。ヒロはそのゲームに思わず懐かしさを覚えた。


「あ、それ、タイミング違う」

「あぁ?」


そう言って不機嫌そうに女性は振り向いたが、すぐに笑顔になって言った。


「ちょっとやって見せろ」


ヒロはコントローラーを受け取ると女性の横に座ってプレイして見せた。ブランクがあったので数回失敗したが、慣れて勘を取り戻すと手際よく狩りを成功させることができた。


「お前、なかなかやるな」

「まぁ、だいぶ腕は衰えてますけど」

「そうか。もっとも私はこのシリーズを昨日始めたばかりだけどな」


何故か張り合ってくるこの少し年上に見える女性にヒロは少し戸惑いつつも、自分が自己紹介をしていないことに気が付いた。


「ご挨拶が遅くなってしまい済みません。私は雨木 宏です。アルディオン人です」


ヒロが名乗ると、先程の男性がスーッと脇から出てきて言った。


「こちらは闇色の賢者様です。今はこの地域で隠棲されています。私は賢者様の従者でヘレスと申します。宏様、お食事の用意ができておりますが、ぜひご一緒にいかがですか」

「ヒロで構いません、ヘレスさん。突然上がり込んで、お食事までいただくなんて」

「いえいえ構いません、ヒロ様。賢者様も久しぶりのお客様がいらしてくださってお喜びのご様子。早速、他にもゲームを用意されているようですが……」


ちらと視線を向けると、闇色の賢者と呼ばれた女性は別のハードに切り替えているところだった。


「賢者様、お食事が済んでからにしてください。冷めたお料理をお客様にお出しすることになってしまいます」


賢者は一瞬ビクッとしたが、平静を装って切り替え作業を終え、食事用のテーブル席まで行くとヘレスが椅子を引くのに合わせて座り、髪を後ろで手早くまとめた。それから澄ました顔をして、ヒロに向かい側の席に座るよう促した。

ヘレスは賢者にしたのと同様にヒロの席の後ろに回りこむと椅子を引き、ヒロを座らせてくれた。


「ヒロ、よく来てくれた。ここに客人が来るのは珍しくてね。しかも、ゲームが上手いとなると大歓迎だよ。上等な酒と食事を用意したので、ゆっくり楽しんでいってくれ」

「お酒もあるんですか。それは嬉しいです。ありがとうございます。賢者さんは…」


ヒロがそう言いかけると、ヘレスがスパークリングワインの栓を開け、ヒロのグラスに注ぎ始めた。注ぎながら小声で言った。


「賢者様とお呼びください、ヒロ様」

「あ……、はぁ」

「ヘレス!ヒロは、賢者さんでも構わないじゃないか、ゲームが上手いんだから。私は構わんよ」

「はっ。承知いたしました、賢者様。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません。ヒロ様、ご無礼をお許しください」

「いや、いいですよ、気にしないでください」

「さぁ、ヒロ。乾杯といこうじゃないか。この出会いを祝して」


ヒロはよく分からない主従のやり取りに戸惑いながらも乾杯するとスパークリングワインを一口飲んだ。少し甘いが酸味もありスッキリとした飲み口のワインだった。あまりにも飲みやすい口当たりなので、飲み過ぎないように注意しなければとヒロは思った。


「地元の漁師が今朝持ってきたカニをタイ料理のプーパッポンカリー風に調理いたしました」


ヘレスがそう言って大皿に盛った料理を持ってきて、それを2人分取り分けてくれた。カレーの匂いが食欲を誘う。口の中でカニの身の甘みと卵を溶いた餡が混ざり合う。


「美味しいです。これはどなたが作られたんですか?」

「ヘレスだよ。ヘレスは何でもできるんだ」

「昔、タイ人の友達が作ってくれたのより美味しいかも」

「はは、そうか。ヘレス、褒めてくれたぞ」

「ありがたいことです。ヒロ様、おかわりはいかがですか?」

「じゃあ、お願いします」


料理だけでなくワインもおかわりをした。ワインがなくなると、ヘレスはジントニックを用意してくれた。


「さぁ、ヘレス。さっさとメインを持ってきてくれ」

「承知しました。ですが、あまりお食事をお急ぎになられませんように」


プーパッポンカリーを平らげると、次はメインとしてご飯に蒸し鶏を乗せたカオマンガイ的な料理が運ばれてきた。ワンプレートに生野菜も盛られていて、栄養面にも気が配られているのが分かる。米にも鳥のダシが染み込んでいて味に奥行きがある。スパイシーなタレが味に変化をもたらし、飽きがこない。賢者とヒロは2人してガツガツと食べた。


「うん、これも上手いな。手早く食べられるし、良い料理だ」

「またそのような事を仰って。ヒロ様、申し訳ございません。本日は、賢者様のご希望通りのメニューでしたので、本来であれば前菜からご用意するところを……。何とか1品増やしましたが、2品での簡単なおもてなしになってしまい、申し訳ございません」

「え、そうなんですか。このご時世にこんなまともな食事が取れるだけでも、っていうか、とても美味しかったですよ。ご馳走さまでした」

「そのように仰っていただけて光栄で……」

「よし、ヒロ。続きをやるぞ。酒が飲みたきゃ、ヘレスに頼め。ただしプレイに影響が出るような飲み方はするなよ」


賢者はゲームをやる時間を確保するために、わざわざ簡単に食べられる料理を指定しているようだ。そんな賢者のゲームへの執着にヒロは呆れつつも、その言葉に従ってジントニックの入ったグラスを持ってソファーへと移動した。

2人はその後もひたすらゲームを続けた。賢者は古いゲームから歴史を追って遊んでいっているようだ。今度はヒロが中学時代にはまった難易度高めのゲームに切り替えた。よくクソゲー扱いされるゲームで、賢者はそれにハマってしまって進めなくなったらしい。ハマっていたところをヒロがネタバレをギリギリ回避しつつクリアするのを手助けしてやると、賢者は大袈裟な程に喜んだ。

その後も2人はしばらくゲームを続け、空が白む頃になるとそのままソファーで眠ってしまった。ヘレスはそれを見るとカーテンを閉め、それぞれにブランケットをかけてやった。



昼過ぎにヒロは目を覚ました。昨日少し飲み過ぎたのか、やや頭が痛い。ぼんやりする頭で隣を見ると女性が寝ていた。昨日ずっとゲームをやっていて楽しかった事を思い出した。こんなに何も考えずに過ごせたのは何年ぶりだろう、ゲームをやるだなんて、そんな事を考えている時にふと視界の端に違和感を覚えた。

女性の艶やかな黒髪の間から尖った耳が見えていたのだ。

尖った耳、それは人間のものではなく、エルフと呼ばれる種族が持つ特徴だ。ファンタジー設定の世界では。

しかし、現在のヒロにとってそれは侵略者の象徴だった。10年程前に突如、世界の裂け目を利用して侵入し、地球上の人類の半数以上を死に追いやった存在。彼等が魔人と呼び、今も世界各地で抵抗しているその相手、それがヒロの目の前に無防備に寝ていた。

ヒロは慌てて魔力感知の魔法を使った。

その女性からは確かに魔力が感じられた。

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