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レフュージア  作者: 一森 奥
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アジア編2

降りてきたのは、彼と同年代の20代後半の軍服のようなツナギを着た黒人女性だった。彼女はワイバーンから颯爽と降りるとヘッドギアとゴーグルを外す。結んでいた豊かな黒髪を解いて、もう一度頭の後ろでまとめ直すと丸メガネを掛けた。そして、ワイバーンに括っていた袋を取るとそれを両手に下げて、ヒロの方に歩き始めた。


「ハイ、ヒロ。久しぶり。多少機嫌は治ったかしら?」

「なんで、わざわざお前が来るんだよ、キム。お客が減って暇になったってわけじゃないだろ?」

「お客って……。最近じゃ異界だけじゃなくて、こっちのお偉いさん達のお相手もしなくちゃならなくなってるんだから忙しいに決まってるでしょ。そんな中でも、わざわざ旧友が来てあげたっていうのに随分とご挨拶ね。トリィおばさんがアンタの為に料理を作ってくれたからピクニックでもしようと思って来たんじゃない。ワインもあるし。あ、ディエゴが用意してくれたのとは、別だから安心しなさい」

「おばさんが…… 断れないじゃねぇかよ。先にディエゴのワインとビールもらっておこうか、忘れるといけないから」

「あのね、私、デリバリーに来たんじゃないんだけど。荷物はワイブに繋いであるから勝手に取ってきてよね」


ヒロはキムが乗ってきたワイバーンのワイブに近寄ると何度か撫でてやった。それから、繋いであった大きな麻袋を外して、戻ってきた。

キムは持参した袋から布を取り出して広げた。その上に手早く料理を並べていった。甘辛いソースのかかったチキンやサラダ、フルーツが並び、中央にはパンケーキが鎮座していた。


「トリィおばさんのパンケーキ久しぶりだな」

「ベリーのジャムもあるから、たっぷりかけなさいよ」


ヒロはパンケーキを取るとキムから手渡されたジャムを遠慮なくかけて、ガブりと噛り付いた。生地の素朴な甘みとベリーの酸味が口いっぱいに広がった。最近食べ慣れていない味だったのもあってか、ヒロは普通以上の懐かしさを覚えた。


「なに、涙ぐんでるのよ、アンタ」

「だって、相変わらず美味しいから。キムだって大好物だろ、これ」

「私は最低でも月イチは食べてるから、涙ぐむ程懐かしくないの」

「なんだよ、人の気持ちが分かるみたいな言い方しやがって。ワインくれよ」

「くれよ、ってアンタのママじゃないのよ、私は」


そう言いながらもキムはワインをグラスに注ぐとヒロに手渡した。

彼女はしばらく、ヒロが意地になってガツガツ食べるのを眺めていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……ハルコさんもカヤも心配してるわよ。いい加減、帰ってきなさいよ」

「そんな人質取ったみたいな言い方されたって、帰らないよ。今のままじゃ、トリーおばさんに会わす顔がない」

「そんなこと言ったってどうするのよ。あんたのせいでルーカスが死んだわけじゃないでしょ。私はアレックスのせいだとも思わない。アンタ達がそうやって意固地になることで、かえってトリーおばさんが苦しむのが分からないの」

「でも、俺たちが帰ったら、それはそれでおばさんは苦しい思いをするさ。むしろ、そっちの方がキツいかもしれない」

「本当に男達は面倒臭いんだから」


キムはヒロの前にグッとグラスを突き出して、ワインのおかわりを催促した。


「もう少し色々なところを見ておきたいんだよ、どこにも所属しない状態で」

「どこにも所属しないって言ったって、アンタがアルディオンの人間だってことはすぐに分かることじゃない」

「それでも、正式な組織の一員じゃないってのは大きいさ。エスペランサの所にも、アレックスさんの所にもまだ行けてない。少なくとも一度は行かなきゃいけないと思うんだ。だから、もう少し待ってくれよ」

「もう少し、もう少しって、あれから四年も経ってるのよ。いつまでもウジウジ自分探ししてないで、やるべきことをやりなさいよ。あのビーチャムのお貴族様だって、最近じゃ立派に指揮官やってるわよ。相変わらず性格悪いけど」

「あんな奴……あいつはあそこにいなかったじゃないか。そんな奴がご大層にノブレスオブリージュだなんだ言ったって、中身なんかありゃしないよ」

「アンタ、性根が捻じ曲がってきたわね。口は悪かったけど、そういう僻みっぽい事は言わなかったのに」


キムの大きな目が諭すようにジッとヒロを見つめた。ヒロは思わず目を逸らした。

二人はしばらく黙ったまま、料理を口に運び、ワインを飲んだ。

ボトルが空になるとキムが再び口を開いた。


「あの時のヒロ程度の力であの場をうまく解決できた筈なんてないんだから、そんなに責任感じるなって前から言ってるのに。本当にバカなんだから」

「うるせぇ。あんま、バカバカ言うな。真面目メガネ」

「それ悪口じゃなくて、ただの事実だから。でも、そんな風に呼ばれるのも随分久し振りな気がする」


あまり会っていなかったからか、二人の会話は親密さがありながらも途切れがちだった。その後も二言三言話しては黙るのを何度か繰り返した。やがて、意を決したようにキムが口を開いた。


「あのさ、2ヶ月後にマレー半島で大規模な魔獣退治をする予定があるの。ヒロ、その前にその辺りに行って調査して。来月までに報告書上げてくれたら、どうにかしてさっきの2つの国のビザ取ってあげるから」

「アレックスさんのアメリカはともかく、エスペランサの所もビザ要るのかよ、今」

「そうよ、エスペランサは、あの荒くれ男達ばかりの所帯をどんどんまとめ上げていってる。ただの軍閥だった中東連合も今じゃ立派な国家よ。アンタがフラフラしてる間にみんな仕事してるの」

「あー、分かったから、お説教はもういいよ。マレー半島って、タイの南部っていうかマレーシアっていうか、あっちの方だろ。最近は全然そっち側に行ってないんだけど、生きてる街とかあるの?」

「バンコクが最近やっと復興してきてるわ。あそこがちゃんと機能すると、東南アジア一帯の物流もかなりスムーズになる。シンガポールまで行ってマラッカ海峡が通れるようになればベストだけど、それは難しいと思うからせめてバンコクが安定して発展できるくらいの勢力圏が維持できないかって」

「北部にかろうじて逃れてた政治家さん達が、外が安全になったと知って、ようやく穴ぐらから這い出てきたわけだ」

「そうね、早く首都に戻って一番良い椅子に座りたいみたいよ。まぁ、そんな人たちでも座れる椅子がないよりはあった方が良いでしょ。でも、向こうの勢力圏が近いから何が出てくるか分からない。最近は大人しくしてるみたいだけど、安全は保証できないわ。その上でお願いするけど、受けてくれる?」

「ビザの他に、鏃と何か良い魔道具やらポーションも用意しといて。あと、酒。ウィスキーとかが良いかな、旅先でちびちび飲むなら」

「はいはい。お酒は本当に程々にしておきなさいよ。じゃあ、片付けるから手伝って」


二人は空になった容器を片付け、敷物にしていた布を畳んだ。

布を畳む時に二人の手が少し触れ合った。ヒロは一瞬どきりとした。彼はキムの顔をちらっと見たが、彼女は特に気にする素振りも見せなかった。二人はただの元クラスメートみたいなもので、今までお互いに特別な感情を抱くこともなかった。ヒロはそんな自分の心の動きに戸惑ったが、すぐに忘れることにした。


「それじゃ、私は帰るから。くれぐれも気を付けてよね。今回は状況を把握する為のただの偵察なんだから。もし何かいた場合は、相手が少なくても決して近付かないこと。つまらないところで復讐心を満たそうとしないで、分かった?」

「分かってるよ。単独で突っ込む程、馬鹿じゃないよ」

「そう?なら良いけど」

「心配してくれてんの?」

「そりゃ……当たり前でしょ。じゃあね」


キムは、そう言い残すとワイバーンに乗ってさっさと飛び去っていった。


「もう、きっとそれ程憎んでいるわけじゃない……」


ヒロはキムを見送りながら、小さな声でそう呟くと木陰に寝転んだ。

陽が少し傾いた頃に目を覚ますと、ヒロもまたジャイプールへと帰っていった。

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