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その1 風の檻

 この辺り一帯では一番大きな町ハーパライネン。そのハーパライネンにほど近い草原。

 今、この草原に殺気が立ち込めていた。


 一人ポツンと佇む小太りの小男。

 あるいは男が着込んだゴテゴテとした鎧甲冑のせいで、太っているように見えるだけなのかもしれない。

 そんな小太りの鎧男を、町から現れた、こちらも完全武装の男達が取り囲んでいる。

 その人数はざっと百人。一対百である。

 だが、圧倒的に優位のはずの百人の男達には余裕は見られない。

 全員、恐怖と緊張のために顔はこわばり、青ざめている。

 それに対して、小太りの男の方は何一つ気負った様子は見られない。

 百人もの武装した男達に取り囲まれているにもかかわらず、である。

 それもそのはず。小太りの男の肌は紫色。

 銀の髪に金色の目、額にはねじれた一本の角。


 人類の敵、魔人である。


 ひときわ立派な衣装を身にまとった髭の隊長が、魔人に向けてがなり立てた。


「魔人め! のこのこ町に現れおって! ローラン王国随一の精強を誇る我らハーパライネン魔法騎士団が、その首打ち取ってくれるわ!」


 良く見れば、彼の額には汗が浮かび、手にした魔法杖の先は細かく震えている。

 虚勢を張っているのだ。

 髭の隊長の言葉に、周囲の騎士団員も手にした魔法杖を魔人へと向ける。


 杖の先端におのおのが得意とする魔法が宿る。

 魔法の発動速度といい、一糸の乱れも無い動きといい、かなり練度の高い部隊であることが分かる。

 王国随一の精強を誇る、という先程の言葉も、あながち誇張や虚勢ではないのだろう。


 後は隊長の命令一つ。その破壊の力は一斉に目の前の魔人へと叩き込まれるだろう。

 正に一触即発。


 だがそんな中にあって、魔人は別のことを考えていたようだ。

 ぐるりと周囲を見渡すとガッカリした顔でポツリと呟いた。


「ここは外れかァ・・・」


 魔人の言い草に魔法騎士団の男達が気色ばんだ。


ナナナイタ(・・・・・)がここを通っていたなら、この程度の戦力とはいえ見逃すはずもねーしな・・・。どうもヤツは他の道を通ったよーだァ」


 そう言うと魔人は目の前の隊長に目を向けた。

 邪悪な金色の目に見据えられ、思わず隊長の足が一歩下がる。

 そして魔人は隊長が最も聞きたくなかった言葉を口にした。


「だが見逃す理由もねーなァ。お前達を殺し、ついでに(・・・・)町も滅ぼすと(・・・・・・)するかァ(・・・・)

「こ、攻撃開始ィィィィ!!」


 隊長の悲鳴、いや、命令を受け、騎士団員達は一斉に魔法を開放した。


 ズドーン! ドドドド!


 魔人に叩きつけられた魔法の力が大地を揺るがす。

 熱風に乗って吹き飛ばされた瓦礫が、彼らの体に叩きつけられる。


「――やったか?!」


 思わず隊長が失敗フラグを口にするほど、それは圧倒的な破壊力であった。

 そしてそのフラグは直後に回収された。


「ハハハハハハ!」


 どこからか響く笑い声。うろたえる魔法騎士団員達。

 彼らが慌てて辺りを見渡すと――


「あそこだ!」


 誰かが上空を指さした。


「バ・・・バカな・・・。空に浮いているだと?!」


 そう、魔人は足場もない空の上に浮かんでいたのだ。

 いや、良く見ると魔人の足元の景色が歪んで見える。


 風の魔法だ。


 魔人は桁外れな魔力量と、人間なら脳が焼き切れる程の魔力の精密操作を駆使して、自身の身体を宙に浮かせているのである。

 騎士団員達が驚きに声を失う中、魔人はふわりと大地に降り立った。

 ガシャリ。

 しんと静まり返った草原に、魔人の鎧が金属のこすれる音を立てた。


「複数の種類の魔法による一斉攻撃かァ。確かに防ぐには厄介だが、躱せないほどの速さでもねーなァ」


 まあまあだったよ。魔人にそう言われて、団員達の目に怯えの色が浮かんだ。

 今の攻撃はハーパライネン魔法騎士団の最大の攻撃だったのだ。

 それがああも容易く躱された以上、彼らに打つ手はない。


「では次はオレの番だなァ」


 パチン!


 魔人が指を鳴らすと、騎士団員達を取り囲むように風が吹き荒れた。


「こ・・・これは何だ?!」

風の檻(ウインドケージ)。オレのオリジナル魔法だァ」


 そう言うと魔人は装備していた鎧を触った。


 ジャキン! ジャキン! ジャキン!


 魔人が鎧のあちこちに触る度に、様々な部位から鋭い刃が飛び出した。

 カラクリ式の仕込み鎧である。

 全身刃物だらけになった魔人の体が再びフワリと宙に浮かんだ。


「オレは自分の手で直接相手を切り刻むのが好きでなァ。ちと少ないが前菜には丁度いーだろう」


 魔人はそのままスーッっと漂って魔法の渦―― 風の檻(ウインドケージ)に触れるや否や・・・


 パッ!


 目にも止まらぬ速さで騎士団員達の間を駆け抜けた。

 次の瞬間、何人もの騎士団員の体からパッと赤い血しぶきが上がった。


「ぐあああああっ!」

「手が! 俺の手が!」


 だが彼らに苦痛にあえいでいる時間はない。

 魔人はそのまま進行方向の風の檻に触れるや、今度は別の角度で騎士団員達に突っ込んだのだ。

 再び舞い散る血しぶき。恐怖の悲鳴を上げる騎士団員達。

 魔人はまるでピンボールの玉のように風の檻にはじかれるたびに角度を変え、更には速度を上げ、逃げ場を塞がれた騎士団員達にあらゆる角度から襲い掛かったのである。


 今や風の檻の中は、血煙の舞う阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 この地獄は魔人以外にこの場に誰も立つ者がいなくなるまで続いたのだった。




 魔人は町の中でもひときわ高い教会の屋根から、ハーパライネンの町を見下ろしていた。

 周囲は血と汚物の匂いが立ち込め、吐き気を催さずにはいられない。

 たった一日で、この町は誰一人生きる者の存在しない無人の廃墟となっていた。


「切り刻むのは好きだがァ、この臭ぇ匂いは好きになれねえー」


 この惨劇を生み出した本人は、そう言って不快そうに鼻に皺を寄せた。


 魔人の一人、ナナナイタが行方不明になったのはつい先日のことである。

 今も仲間の魔人がナナナイタの捜索を続けているが、成果は全く上がっていない。

 というより、力が全ての魔人達は根本的に――というよりも、種族的特徴として――協調性に欠けている。

 他人がどうなろうと知ったことではない。それが魔人の本性なのだ。

 こうして調査をしているのも、自分よりも力のある上位者から命じられたから。ただそれだけ。

 だから調査にも身が入らない。まともに調べているのはこの魔人くらいのものであろう。


 新参者であるナナナイタは、魔王軍の中で決して高くは見られていなかった。

 彼の力がどうこうというより、基本的に全員が自分の力に自惚れ、他者を下に見ているのだ。

 そんなまとまりのない集団を、一握りの圧倒的な強者が強引に力で押さえつけている。

 それが魔王軍の真の姿なのである。


 そんな中、この男だけがナナナイタのことを認めていた。

 ナナナイタは魔獣を使役することに長ける支援型、男は風の魔法を補助に使い、直接攻撃で相手を倒す前衛型。

 全く異なるタイプであったことが良かったのかもしれない。

 男はナナナイタの魔力量とその魔力制御の能力を高く評価していたのだ。


「確かこの町に来る途中に道が分かれていたよなァ。森に続く小さな道だったけど、あれはどこに行くんだろうなァ」


 魔人は答えのない問いをぼんやりと呟いた。


 やがて教会の屋根から魔人の姿が消えた。

 おそらくその”小さな道”とやらに向かったのだろう。

 魔人が言っていた小さな道。それはペリヤ村という小さな村につながっている。


 ペリヤ村。この物語の主人公、エタンの住む村である。

次回「森の中の二人」

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