その6 勝利者インタビュー
それは一枚の宗教画のような厳かな光景だった。
一段高い緑の台の上。
神々しい肉体を持つ覆面男が己の右こぶしを天に向かって突き上げている。
彼の前には息も絶え絶えな紫色の肌の優男。
グレートキングデビルと魔人ナナナイタである。
素朴な村人達には今、この場で何が起こっているのか分からない。
いや、この異世界アルダの人間には誰一人正確に理解することは出来ないだろ。
それは新たな神話の誕生。
かつて日本プロレスマット界を駆け抜け、多くのファンに惜しまれながらもケガによる引退を余儀なくされた覆面レスラー。
グレートキングデビルが、この異世界アルダで完全復活を果たそうとしているのだ。
ワアアアアアアッ!
謎の観客?の盛り上がりは最高潮を迎えた。
何も知らない村人ですら、次の一撃でこの闘いの決着が付くことを予感している。
人類が決して勝ちえない魔人が、今まさに目の前で打ち負かされようとしている。
その衝撃的な現実に頭の芯が痺れ、汗ばむ手にも自然に力が入っていた。
メキッ!
グレートキングデビルの太い腕が、さらに大きく膨らんだように見えた。
魔人ナナナイタはもはや何の反応も示さない。
フラフラと体を揺らしながら、無防備なまま棒立ちになっている。
それはかつて数多の強 敵達をマットに沈めたフィニッシュブロー。
その剛腕がナナナイタに。
降り下ろされた。
会場?は剛腕のあげるうなりを耳にした。
命中した瞬間、パッ! と汗が霧のように飛び散った。
あまりの衝撃に、ナナナイタの体は空中を半回転。顔面からマットに倒れこむ。
グレートキングデビルのフィニッシュブロー、剛腕ラリアットである。
ナナナイタはうつ伏せに倒れたままピクリとも動かなくなった。
カン! カン! カン! カン! カン!
ウオオオオオオオオオオオッ!!!
『なんと! なんとナナナイタの体が一回転ーん! ナナナイタ、マットに倒れて動かなーい!』
『スゲー! スゲー!』
解説の獣王タイガー・サンダーさんは、とうとう「スゲー!」しか言わなくなっていた。
会場?に試合終了のゴングが打ち鳴らされる。
グレートキングデビル対魔人ナナナイタ。5分30秒、レフリーストップにより、グレートキングデビルの勝利が決まったのであった。
観客?の割れんばかりのG・K・Dコールが次第に遠のいていく。
いつの間にか実況と解説の声も聞こえなくなっている。
それと共に地面に沈み込むようにして、エメラルドグリーンのリングが消えて行く。
後に残ったのは拳を天に付き上げるグレートキングデビルと。その足元でピクリとも動かない魔人ナナナイタ。
そして遠巻きに彼らを見つめる村人達。
彼らは今日、新たなる伝説の誕生を目の当たりにしたのだ。
村人達は頭ではなく、心でその事を理解していた。
グレートキングデビルはおもむろにナナナイタのかたわらに膝を付くと、フン、という掛け声と共にナナナイタを仰向けにひっくり返した。
「約束通りお前のマスクはもらっていくぞ」
いつそんな約束したのかはさっぱり分からないが、いつの間にかグレートキングデビルの中では、この試合は互いの覆面をかけたマスク剥ぎデスマッチになっていたようだ。
あるいは単に、ナナナイタの仮面がカッコ良く見えたので欲しくなっただけなのかもしれない。
ナナナイタはグッタリとしたまま、グレートキングデビルにされるがままとなっている。
本来の彼なら大切な仮面に触れられただけでも激怒して、相手を八つ裂きにしていただろう。
ナナナイタの仮面の下の素顔は・・・
普通に整った男前の美男子だった。
「そうだな。この偉そうな角ももらっていくぞ」
本来のナナナイタなら、命の次に大切な角に触れられるだけでも激怒して(以下略
最もこの瞬間、ナナナイタは現在進行形で生まれてきた事を後悔していた。
グレートキングデビルは無造作にナナナイタの頭の角を握ると・・・スポンと取り外した。
((((アレって取れるんだ?!))))
周囲で見守っていた村人達が心の中でつっこんだ。
人間には知られていないが、角は魔族の魔力増幅器官である。
魔獣を操る仮面を失い、魔力を底上げする角も失ったナナナイタは今後二度と魔族の中で浮かび上がってくることはないだろう。
魔族としてのナナナイタはこれで死んだのだ。
彼の今後の人生は、かつて虐げた相手からの復讐に怯え、逃げ隠れしながら惨めに野垂れ死にをする他はない。
弱い者は強い者の餌食になる。
魔族の弱肉強食は同族だろうと容赦はないのである。
「あ・・・あの、この村を助けて頂きどうもありがとうございました」
村長がおそるおそるグレートキングデビルへと感謝を述べた。
若干、腰が引け気味なのはしかたがないだろう。
魔人をも蹂躙する暴力の権化に、こうして声を掛けられるだけでも大したものである。
グレートキングデビルは怯える村長に振り返った。その背後には同様に怯えた村人達の姿も見える。
グレートキングデビルは彼らに言った。
「そうだな。このベルトが欲しいなら誰だって構わないから挑戦してくればいいんじゃねえの。だが、今日の試合を見たら分かったと思うが、ハンパな覚悟で来るヤツはタダじゃ済まねえから。ぶっ潰される覚悟のあるヤツだけかかってこいって事。俺はいつだってこのベルトをかけて戦ってやるから。以上だ」
といった内容を、「オォ?」とか「アアッ?」とか適度にオラつきながら語り切った。
村長を含めた村人達は、グレートキングデビルが突然何を言い出したのか分からずにポカンとしている。
話の中で出たベルトとは、一体何の事なのだろうか?
おそらくグレートキングデビル本人にも良く分かってないと思われる。
俺がチャンピオンだ、そういう彼なりの筋書きだったのだろう。
グレートキングデビルは言うだけ言って勝手に満足したのか、ナナナイタの長髪を掴むと、ボロ布のように引きずりながら村の外へと去って行った。
ナナナイタの頭皮のダメージが心配される。
後に残された村人達は、あっけに取られながらその後ろ姿を見送る事しかできなかった。
「・・・村は救われたのか?」
誰かがポツリと漏らした一言に、村人達は互いに顔を見合わせた。
やがてその言葉がじわじわと心に染み込んでいくと、彼らの顔は笑顔へと変わった。
「いやったあああ! 助かったんだ!」
「きゃあああ! 良かった良かったわ!」
あちこちから上がる歓声。手に手を取り合って喜び合う人々。
村は歓喜の渦に包まれたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはアメルン王国王城。かつてこの城は王国の権力の象徴であった。
先日、この国は魔族によって滅ぼされ、今では王城も完全に魔族の支配下にあった。
今、その王城の広間は軽いざわめきに包まれていた。
「ナナナイタのヤツが行方不明だァ?」
男の声が響いた。
「よもや人間に負けたのか?」「いやいや、いくらアイツでもそれはないっしょ」
どちらも若い女の声だ。よく似た声質である。姉妹だろうか?
「・・・まあ、ヤツは魔族としてはまずまずの魔力だったが、魔王軍の中では所詮ザコに過ぎんからな」
今度は若い男の声だ。声は若いが、どこか力強さと自信を感じさせる。
周囲に笑いの波が広がった。
もちろん、「ヤツは一番のザコ」というお約束のセリフに笑っているのではない。
この世界の人達は我々ほどスレてはいない。
これは男の言葉が事実であると認めたが故の笑いであった。
「ふむ・・・少々気になるな。よし、調べろ。報告は全てが判明してからでいい」
別の男の声に、声の主達が一斉にイスから立ち上がる音がする。
やがて複数の足音が去って行くと、部屋から人の気配が消えるのであった。
そう。グレートキングデビルの活躍によってペリヤ村は守られたが、ローラン王国を襲う惨劇はまだ始まったばかりなのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
地下食糧庫の扉を開けてエタンの母が姿を現した。
額には血の跡が見える。
エタンに魔獣が襲い掛かった時、運悪く魔獣の体の一部が彼女の体を掠めたのだ。
彼女はその衝撃で転倒。どこかに頭を打ちつけたらしく、つい今しがたまで食糧庫の中で気を失っていたのだった。
家の周囲は静まり返っている。
彼女がおそるおそる家を出ると、村の中心から村人達の歓喜の声が聞こえた。
あの恐ろしい魔獣達の姿はどこにも見当たらない。
もしや何かの理由でこの村を去ったのだろうか?
「おばさん!」
「リゼットちゃん! 無事だったのね!」
隣の家の娘の無事にエタンの母は笑顔を浮かべる。だが、いつもなら少女の隣にいるであろう我が子の姿が見あたらない。
「エタンはどうしたの?!」
「それなんだけど・・・」
リゼットの話によると、村の避難場所へ向かう途中までは確かに一緒だったそうだ。
だが、ほんのわずかな時間、目を離した隙に、彼はどこかへ姿を消してしまったのだそうだ。
絶望のあまり一瞬、エタンの母は目の前が暗くなった。だが、リゼットが言うには、今のところケガ人は出ていても、命まで失った村人はいないという。
エタンが唯一の例外となる可能性も無くはないが、無事である可能性の方が高い、とリゼットは言った。
「村の中心にはいなかったの」
「だったら、魔獣に追われて村の外に逃げたのかもしれないわね」
リゼットは村の中心からエタンを捜しながらここまで来た。
ならばこのまま村の外へと捜索の範囲を広げるしかない。
こんな時、夫が町に仕事で出てさえいなければ・・・。
エタンの母は焦る心を押さえながら、リゼットと二人でエタンを捜し始めた。
「エタン!」
エタンを見つけたのは母親の方だった。
村からほんの少しだけ外へ出た場所に、エタンは一人で仰向けに倒れていた。
胸が緩やかに動いている。命に別条は無いようだ。
体にケガを負っている様子もない。
汗にまみれているが、単に気を失っているだけのようだ。
なぜ見ただけでそこまで分かるのか? それは
「なんで裸なの?!」
リゼットが思わず叫んだ。
そう。エタンは全身汗だくのまま全裸で倒れていたのだ。
慌てて駆け寄るエタンの母。
リゼットは流石にその場で後ろを向いた。
「エタン! エタン!」
「・・・あ、お母さん?」
母親に抱きかかえられ、エタンは目を覚ました。
特に苦痛を訴えることもない。どうやら本当に気を失っていただけのようだ。
「――って、あれ?! なんで僕、裸なの?!」
「自分で覚えていないのかい?」
エタンは頭を捻るがどうも記憶が曖昧である。
自分がマスクを被って魔人と戦ったような気もするが、流石にそんなことはありえないだろう。
「そうだ! リゼットは?!」
エタンは不思議な空間で、魔獣に襲われるリゼットの姿を見た事を思い出した。
「リゼットちゃんならほら、そこに」
後ろを向いたままで手を振るリゼットに、エタンは今更ながら自分が全裸であることを思い出した。
エタン真っ赤になって股間を隠してうずくまる。
(くそ~っ! 最悪だよ。リゼットに裸を見られた~っ!)
羞恥に悶えるエタンと、息子の無事に安堵する母親。
そんな二人を背後にリゼットは手で胸を押さえながら、さっき見たエタンのやせっぽちの裸を思い出していた。
(覆面男の裸を見た時と違って、全然ドキドキしないのね・・・)
リゼットは頭の中でこっそりエタンの裸とグレートキングデビルの裸を比べるのだった。
次回「Fight.2 血戦!金網デスマッチ」