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その5 うなる剛腕

 コーナーポストに追い込まれた魔人ナナナイタ。

 彼の前に立ちはだかるグレートキングデビル。

 ナナナイタの目に初めて怯えが浮かんだ。


(これが弱者が強者に感じる感情・・・いや、馬鹿な! 私が弱者だと?! そんなことはありえない!)


 ナナナイタは魔族のエリートだった。

 彼の魔力が父親を超えたのは10歳のころ。

 それ以来、彼は自分が弱いと感じたことは一度もなかった。

 確かに魔王軍内には自分を超える魔力を持つ者はいる。

 しかし、それも”今は届いていない”というだけで、いずれは彼らに追いつき追い越すつもりでいた。そして、自分にはそれができるという自信も自負もあった。


 ナナナイタはグレートキングデビルの雰囲気にのまれつつある。

 だがまだ彼には自分を支えるプライドが残っていた。


(私の鎧は人間の攻撃などでは決して破壊する事は出来ん。警戒すべきは防御されていない部分だが、素手のヤツにそこを攻撃する事など・・・)


 パァン!


「ぐはぁあ!」


 オオオオオオオッ!


『グレートキングデビル、水平チョップ! 会場に凄い音が響き渡るー!』


(ば、馬鹿な! コイツ一体何を考えている?! 鎧の上から素手で叩くとは!)


 ナナナイタは信じられないモノを見る目でグレートキングデビルを見た。

 だが、その彼の目の前でグレートキングデビルはさらに信じられない行動を取った。


 パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!


 オイ! オイ! オイ! オイ! オイ!


『グレートキングデビル、水平チョップの乱れ打ちだー!』

『よしよし、いいぞ! 決めちまえ!』


(よ・・・鎧を貫通して・・・ダ・・・ダメージが)


 そう、鎧は刃物による斬撃や魔法による攻撃は防御できるが、打撃の衝撃からは中の体を守ってくれない。

 高性能な鎧も、グレートキングデビルの鍛え抜かれた手刀の前には何の効果も持たなかったのである。


 ナナナイタは痛みのあまり、みっともなく背中を丸めて身を守ろうとする。

 だがそれを許すグレートキングデビルではない。

 その腕力で強引に引き戻すと再び剛腕を振るう。


 パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!


 オイ! オイ! オイ! オイ! オイ!


(い・・・いつまで続くんだ・・・)


 痛みのあまり、ナナナイタは身じろぎすらできない。

 激痛に耐える事しばらく。

 ようやくグレートキングデビルのチョップ攻撃がやんだ。


(た・・・助かった)


 ナナナイタは心の底から安堵のため息を漏らした。目尻に涙が浮かんでいることにすら気が付かない。

 いつもの彼ならこの隙を見逃すことは無かっただろう。

 回復魔法を使うなり、攻め疲れた相手に得意の攻撃魔法を叩き込むなりしていたはずだ。

 だが今のナナナイタはそんなことを考える余裕も無かった。

 ただただ攻撃が終わったことに安堵していた。


 しかし、グレートキングデビルの攻撃は、これで終わったわけではなかった。


「いくぞ―――っ!」


 拳を握り、観客?に向かって大きくアピールをするグレートキングデビル。

 次の瞬間――


 パパパパパパパパパパパパ・・・・!!


 ワアアアアアアッツ!


 今までの攻撃は何だったんだと言わんばかりの連続チョップが、ナナナイタの体に叩き込まれた!

 多くのレスラーに「あの技だけは勘弁してくれ」と言わしめた、グレートキングデビルのマシンガンチョップである!

 あまりの衝撃に、ナナナイタの体がじりじりとコーナーマットにめり込んでいく。

 同時に自慢の鎧も形を変え、歪んでいく。


 ペキン!


 ついに金属疲労が限界を超え、鎧が壊れた。

 ナナナイタは絶望の表情を浮かべた。

 いや、絶望ならさっきからとっくにしている。

 今の彼は自慢の鎧が壊れた事にすら気が付いていなかった。


 グレートキングデビルはその場でクルリと一回転。

 遠心力を乗せた回転袈裟斬りチョップをナナナイタの首筋に叩き込んだ。


 ドシィ!


 鈍い音が会場?に響き渡る。

 遂に膝を折り、崩れ落ちるナナナイタ。

 目からは完全に光が失われている。


 ワアアアアアアッツ! ドン! ドン! ドン!


 観客?は熱狂の渦に包まれる。観客は歓声を上げ、足を踏み鳴らした。


『休むな休むな、ここで畳みかけろ!』

『グレートキングデビル、ナナナイタの腕を取り、無理やり起こしました!』


 ナナナイタは完全に心が折られていた。

 ここから逃げ出したい。頼むから逃がしてくれ。ただそれだけしか考えられなかった。

 まだ幼いころ、親の言いつけに背いた彼は父親からぶたれたことがあった。

 あの時は父親が恐ろしかった。彼が生まれて初めて経験した本物の暴力だった。


 だがあんなものは極楽だ。


 目の前の圧倒的な暴力とは比べモノにはならない。

 暴力とはただの力ではない。理不尽な力そのものなのである。

 もしあの時の自分がこの暴力を知っていたなら、父親に対して鼻で笑ってヘソで茶を沸かしたに違いない。


 ナナナイタの体に激痛が走った。


「ぐわああああっ!」


『グレートキングデビル、ナナナイタにコブラツイスト! 全く攻撃の手を弛めません!』

『行けーっ! そうだそうだ、それでいいんだ!』


 解説の獣王タイガー・サンダーさんは、さっきから解説者と言うよりは観客のようになっている。

 これが彼流の解説であり、それだけ試合を熱心に見ているという事でもある。いわゆるファン目線というやつである。


 ナナナイタは今まで一度として味わった事の無い激痛に耐えきれず、思わず後ろに倒れ込んだ。

 グレートキングデビルは対戦相手の動きに逆らわず、あえて一緒に倒れこむ。

 そう。これは彼の得意とする流れなのだ。

 グレートキングデビルは倒れ込みながらナナナイタの股間に手を差し込み、抱え込むようにしてロック。そのまま倒れる勢いを利用してクルリと後方一回転。

 いや、一回転に留まらず、自らの首を中心に二回、三回と回転を重ねる。

 これがグレートキングデビルの得意技。回転揺り椅子固めローリング・クレイドルだ!


『グレートキングデビルのローリング・クレイドル! 一体何回転するのか?! ナナナイタの三半規管がやられてしまうー!』


 ゴツン ゴツン ゴツン・・・・


 ナナナイタは、自分の頭がエメラルドグリーンのマットに叩きつけられる度に、意識が遠のくのを感じた。

 防御魔法の込められたサークレットを頭に着けていなければ、とっくに首の骨をやられていただろう。

 絶え間ない衝撃に、混濁し始めた意識の中で彼は思う。


(なぜこの男は私の鎧を破壊したのに、鎧のない体を攻撃しないんだ? この男の力を受ければ私の体などひとたまりもないだろうに)


 プロレスでも、当然、相手選手の弱点を狙うのは基本となる。

 首に爆弾を抱えている相手には首を、膝に爆弾を抱えている相手には膝を狙うのは、むしろ勝負の鉄則と言ってもいい。

 だがそれでも、プロレスラーは相手の首を折ったり膝を折ったりすることはない。


 プロレスラーが折るのは、”対戦相手の心”なのである。


 「もう駄目だ。俺では何をしてもコイツには勝てない」そう相手に思い知らせるため、レスラーはあえて危険を承知の上で相手の得意技すらも受けるのだ。

 当然、相手選手も同じことを考える。

 こうしてリングの上で行われる男達の熱い意地の張り合いに、観客は心を打たれ、魅了されるのである。


 ゴツン ゴツン ゴツン・・・・パタッ!


 回転が止まり、グレートキングデビルがフォールの体勢に持ち込んだ。ローリング・クレイドル・ホールドだ。

 どこからともなくレフリーのカウントが入る。


「ワン! ツー!・・・」


 ピクリ・・・


 ナナナイタの腕がわずかに動いた。

 もちろんその程度ではガッチリ決まったこのフォールの体勢は崩れない。

 そもそも我々なら常識として知っている「肩を上げてフォールを返す」という当たり前の動作をナナナイタは知らない。

 腕の筋肉がけいれんでもしたのだろう。

 だが、その動きに何を感じたのか、グレートキングデビルはロックを解くとスックと立ち上がった。


『あ―――っと、どういうことだ?! グレートキングデビル、みずからフォールの体勢を解いてしまった!』

『完全に決めに行く気ですね。ナナナイタ選手はまだ心が折れていないと判断したんじゃないですか?』


 そんなはずはない。すでにナナナイタは心もプライドもバキバキにへし折られて見る影もない。

 魔獣も効かない。魔法も効かない。自慢の鎧も壊された。そもそもさっきのように関節を極められてしまったら鎧は最初から意味がない。


(駄目だ・・・私では・・・魔族はこの男に勝てない・・・)


 無理やり引き起こされたナナナイタの目には、グレートキングデビルが握った拳を高々と掲げる姿が映った。 

次回「勝利者インタビュー」

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