表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/42

その3 マイクパフォーマンス

 それは簡単な任務のはずだった。

 端正な顔立ちの奇妙な風体の男だ。

 長身で長髪、瞳は金色。銀色の髪は頭の後ろでくくられた、いわゆるポニーテールにしている。

 だが、男の姿で先ず目につくのはその髪の色ではない。

 地肌の色が紫なのだ。

 そして頭の両側からはねじれた角が生えている。


 男は人類の敵、魔人であった。


 その端正な顔の左半分は、ガイコツのようなおどろおどろしい仮面に覆われている。

 そして魔人の露出している右半分の顔は困惑の表情を浮かべていた。


「何だ、あの男は?」


 ちなみにこの世界では、言葉を話す全ての生き物は共通の言語を話す。


 仮面に覆われた魔人の左目には、彼の使い魔である魔獣の見た景色が映っている。

 この仮面は”魔道具”。魔人はこれを使うことで魔獣を使役していた。

 魔道具は人間のような貧弱な魔力では使用する事すら出来ない。

 いや、魔人でも使いこなすには強い魔力と集中力を必要とする。

 その事からも分かるように、彼は強力な魔人であった。


 少し前まで、彼の魔道具には村の少女が魔獣の生贄になる直前の光景が映っていた。

 目を覆わんばかりの残酷な光景も、魔人の心には何も響かなかった。


 弱い者は強い者の餌食になる。


 彼が特別、残虐な魔人なのではない。魔族の世界は弱肉強食。弱者が強者に虐げられるのは至って当然の事なのである。


 だが今、彼の支配下にある魔獣の目は少女の姿を映していない。

 魔獣が見ているのは村の入り口。

 先ほどまでは誰もいなかったはずのその場所に、突如として奇妙な姿をした男が現れたのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 村の入り口に立っているのは身の丈2mの美丈夫。

 頭部は黒いマスクを被り、体はガウンに覆われている。

 明らかに怪しい謎の男。

 覆面レスラー・グレートキングデビルその人であった。


 今まさに魔獣に蹂躙されつつある村に勇ましい音楽が流れ続ける。


 G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 さらにどこからか合の手のような謎のコールが聞こえてくる。

 グレートキングデビルは観客?のコールを浴びながら、堂々と村の中に足を運んだ。


 G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 次の瞬間、リゼットを襲っていた魔獣がグレートキングデビルに襲い掛かった。

 魔人が魔道具を使って、謎のマスクマンを襲うように命令したのである。


 ビリッ!


 ラメの入ったガウンが魔獣の爪に引き裂かれる。

 だがそこにはグレートキングデビルの姿は無い。

 魔獣は手応えの無さに軽くたたらを踏んだ。


「ヤツはどこに行った?!」


 突然、後ろから聞こえた男の声に、リゼットは驚いて振り返った。

 そこにいたのは銀色の長い髪を伸ばした紫色の肌の長身の男。

 頭からはねじれた角が生えている。


 人類の敵、魔王軍の魔人だ。


 リゼットは恐怖のあまり、はだけた胸を隠す事も忘れて硬直した。

 まるで蛇に睨まれた蛙である。

 だが蛇の方は彼女の事を見てもいなかった。

 謎のマスクマンの姿を捜し、周囲に視線をさまよわせている。


 魔人は眉をひそめると、端正な顔の左を覆う仮面に手を当てた。

 その途端、彼の指示を受けた魔獣達が村の食糧庫から飛び出し、辺りを警戒する。


 続いて村の男達が、おそるおそる食糧庫から顔を出す。

 リゼットは自分があられもない姿である事を思い出し、慌てて片腕で胸を隠した。

 悲しいかな。彼女の控えめな胸はそれだけで問題なく隠された。

 それから彼女は、先程見つけた誰かの洗濯物を拾い上げる。

 幸い男物の大きめのシャツだったようだ。リゼット頭からシャツをすっぽりと被り、裸体を覆い隠したのであった。


 リゼットが乙女の矜持を守る戦いに身を投じている間にも、魔獣の群れは忙しく村中を走り回っている。

 これほどの数の魔獣を支配下に置いていたとは。

 この魔人が強大な魔力を持っていることの証である。


「おのれ! 姿を現さんか卑怯者!」

「俺はココだ!」

「何?!」


 まさか返事を返されるとは思ってもいなかったのだろう。魔人は慌てて声のした方へと振り返った。


 グレートキングデビルの姿はいつの間にか村の見張り台の上にあった。

 腕を組み、村を見下ろすその姿。


「きゃあああああ! なんで裸なのよ?!」


 リゼットの絹を裂くような悲鳴が響いた。




 ここでグレートキングデビルの名誉のために言っておくが、彼は決して裸ではない。

 ストロングスタイルの象徴、黒いビキニパンツを履いている。

 もちろんレスリングシリーズも履いている。

 当然マスクも付けている。

 至って普通のレスラースタイルだ。


 だが純朴な村娘のリゼットにはその姿はあまりにも刺激的すぎた。

 鍛え上げられた肉体を惜しみなくさらけ出したグレートキングデビルの姿は、リゼットにはエロチックすぎたのだ。

 男性の乳首を見たのは、昔父親の体を見て以来初めての経験だった。彼女はグレートキングデビルの肉体美から目が離せなくなっていた。


 リゼットの声に村の女達もこわごわ食糧庫から顔を出す。

 当然彼女達の目もグレートキングデビルの裸体にくぎ付けになる。

 というか何が起こっているのか分からない。

 若い女性の中にはこんな事態だというのにのんきに頬を染める者もいる。

 総じてこの世界ではグレートキングデビルの姿は露出が過ぎるようだ。


 自分が視線を集めていることに気が付いたのであろう、グレートキングデビルは大胸筋をピクピク動かして謎のアピールをした。

 女性達から黄色い悲鳴が上がる。

 そうして全員の視線を集めていることを確認したグレートキングデビルは、おもむろに魔人へと向き直った。


「こんにちは」


 有名なラッシャー〇村選手のマイクアピールのリスペクトである。

 当然この場の誰にも伝わっていない。

 グレートキングデビルは村人の反応をスルー。何事もなかったかのように魔人を指さした。


「オイ! そこの銀髪ポニーテール!」


 ポニーテールが何を意味する言葉なのかは分からないものの、自分に対して呼びかたことだけは分かったのだろう。不快感に魔人は眉をひそめた。

 彼のような力を持つ魔人にとって、上から目線で指さされるようなことは今まで経験したことがなかったのである。


 力の劣る同族からは畏怖され、人間からは恐怖の視線を受ける。

 それが今までの彼にとっての常識だった。

 だがグレートキングデビルはそんな常識を軽々と打ち破る。


 謎のマスクマン・グレートキングデビルは、魔人に向けていた指をヒョイと下に向けるとこう言い放った。


「お前本当は弱いだろ?」


 ビキッ!


 魔人の額に青筋が立った。

 彼はかつて誰からも自身の力を疑われたことは無かった。


 オオ~~ッ


 グレートキングデビルの巧みな煽りに、G・K・Dコールをしていた謎の観客からどよめきが上がった。


「今なら、その仮面を置いて俺の前から逃げ去ることを許してやる!」


 そう言うとグレートキングデビルはゆっくりとガニ股になり、自分の足元を指し示した。


「俺の股をくぐってとっとと村から出て行くんだな」


 ビキッ! ビキッ! ビキッ! ビキッ! ビキッ!


 魔人の額にかつてないほどの青筋が立った。


 ワアアアアアアッ!!


 グレートキングデビルの素敵なマイクパフォーマンスに観客は大興奮だ。


「殺れ! あの愚か者を八つ裂きにしろ!」


 魔人の命令を受け、何匹もの魔獣がグレートキングデビルに襲い掛かった。

 固唾をのんで事態を見守っていた村人達から悲鳴が上がる。

 彼らは魔人に盾突いた無謀な半裸男が魔獣に八つ裂きにされる姿を幻視した。

 いや、魔人もそう思っただろう。

 だがここにいる男はそんな予想を覆す。


「フッ!」


 グレートキングデビルは大きく息を吐くと、先頭の魔獣の目の前でクルリと一回転。体重を乗せた肘打ち(エルボー)を側頭部に叩き込んだ。


「ギャン!」


 魔獣がひるんだ所を、すかさず羽交い締めリバース・フルネルソンで捉える。


 ムキッ! 盛り上がる僧帽筋。


 そのまま全力で振り回す!


「バ・・・バカな! 魔獣の巨体を軽々と振り回すだと?!」


「ギャイン!」「キャン!」


 情けない声を上げ、次々と吹き飛ばされる魔獣達。

 グレートキングデビルは群がる周囲の魔獣を全てなぎ倒すと回転を止める。

 羽交い締めにされたまま、ようやく地面に後ろ足を付く魔獣。だがグレートキングデビルの攻撃は終わった訳ではない。


「むんっ!」


 魔獣は今度はそのまま縦に回転。グレートキングデビルの人 間 風 車ダブルアームスープレックスだ!

 魔獣の体は綺麗な弧を描き、背中から地面に叩きつけられた。


 ゴキリッ!


 何かが砕ける音がして、魔獣は紐がほどけるようにその姿を崩していった。

 残ったのは魔獣の残骸である黒いブヨブヨした塊と、見事なブリッジを見せるグレートキングデビル。

 腰を悪くしてからは見ることの出来なくなっていた、全盛期を髣髴とさせる美しいブリッジに、観客?からは称賛の拍手が沸き起こるのだった。

次回「リングに上がれ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ