その6 完全復活
非道にも再びグレートキングデビルのマスクに手を掛けるケケケイニィー。
なすすべなくマスクを奪われたグレートキングデビルだったが、その下から現れたのは歌舞伎役者のように派手にペイントされた顔だった。
その異様な顔を見た実況?が興奮気味に叫んだ。
『グレートキングデビルのマスクの下は、まるで歌舞伎役者のような隈取りの顔だ! いや、これはグレートキングデビルの新たな姿! 言わばグレートキングカブキだー!』
謎の実況命名のグレートキングカブキは顔を上げると――
プッ!
「ぐわっ! き・・・貴様、俺に何をした?!」
グレートキングカブキは緑色の液体を、まるで霧吹きのようにケケケイニィーの顔面に浴びせかけたのである。
『謎の霧によってケケケイニィーの顔面が緑に染まったーっ! これはグレートキングカブキの毒霧殺法だーっ!』
「何?! 毒だと?! くそっ、何て卑劣な!」
実況の言葉にケケケイニィーは慌てて顔を拭った。
ケケケイニィーは実況の説明を真に受けたようだが、プロレスの毒霧は人体にとって安全な毒である。これはプロレスファンならずとも誰もが知る常識だ。
しかし、残念ながらこの異世界アルダに生まれたケケケイニィーには地球の常識が通用しなかった。
そもそも体に悪い毒(?)なら、グレートキングカブキが口に含んでいる時点でアウトであろう。
あるいはそんな事にすら気が付かないほど、ケケケイニィーはうろたえていたのかもしれない。
ケケケイニィーが慌てふためく間に、グレートキングカブキは素早く立ち上がった。
グレートキングカブキは負傷して足を痛めていたのではないだろうか?
ケケケイニィーは懸命に顔に付いた毒(笑)を拭おうとしているあまり、グレートキングカブキが目の前に立つまで気が付かなかった。
慌てて顔を上げたケケケイニィーだったが・・・
「プッ!」
「うぎゃああっ!」
『グレートキングカブキ、再びケケケイニィーに毒霧攻撃だーっ! ケケケイニィー、毒霧が目に入ったのかたまらずダウーン!』
『おうおう、効いているぜーっ!』
これにはかつて数々のラフファイトをこなしてきた解説の土壁さんも大喜びだ。
「くそっ、もういい! ここで死ね! ・・・し、しまった!」
グレートキングカブキに対して手を突き出すケケケイニィーだったが、彼の魔法は上手く発動しなかった。
万能にも思えるケケケイニィーの空間跳躍魔法だが実は弱点がある。
目視していない空間は起点として使用する事が出来ないというものだ。
空間跳躍魔法はA地点とB地点を繋げる魔法だが、起点となるA地点はちゃんと目で見て位置と範囲を決める必要があるのである。
視力を取り戻そうと慌てて目をこするケケケイニィー。
しかし、このチャンスを逃すグレートキングカブキではなかった。
『グレートキングカブキ、ケケケイニィーをグランドのコブラツイストに捉えた! そのまま後方回転! これはグレートキングカブキのローリングクレイドルだーっ! 回り出したらもう誰にも止められなーい!』
グレートキングカブキは倒れたケケケイニィーを絡み付くように捉えるとそのまま後方回転。
穴だらけのマットの上を、大きく丸い円を描きながらグルグルと後方回転する。
ケケケイニィーは回転する度に勢い良くマットに頭を打ち付けられ、更には連続回転によって三半規管にもダメージを蓄積されていく。
ワアアアア!
「G・K・D! G・K・D!」
リゼットは謎の観客と共に盛り上がり、手を振り上げて声援を送っている。
二号はさっきまで狐につままれたような顔をしていたが、ようやくグレートキングデビルの仕掛けた罠に気が付いた様子で大きな声を上げた。
「ちょ・・・アイツ何で平気で動いているし? あっ! ひょっとしてやられたふりをしていただけだし?!」
そう、グレートキングデビルは切断されたロープが足を打った時、咄嗟にそれを利用する事を思い付いたのである。
グレートキングデビルは周囲にバレないように自分の足を叩いて大きな音を立て、あたかもロープがすごい勢いで当たったかのように演出した。
全ては相手の油断を誘い、攻撃のチャンスを作リ出すため。
流石は”悪魔の頭脳を持つ男”と呼ばれるレスラーである、グレートキングデビルの隠れたファインプレーであった。
「何がファイプレーだし! ただのインチキだし! あーもう! 本気で落ち込んだアタシの心を返すし!」
怒りの感情を持て余して、二号の手がバシバシとマットを叩く。
そんな二号の横にエタンの父、マックスが駆け込んだ。
「グレートキングデビルさん! これを! 貴方のマスクです!」
マックスが手にしているのは、さっきケケケイニィーが投げ捨てた、いつもの黒いグレートキングデビルのマスクだった。
マックスはあの時に拾って、ずっと持っていたのである。
マックスの声が届いたのか、グレートキングカブキは回転を止めて技を解いた。
途端にケケケイニィーは大の字に倒れる。
ピクリとも動けない所を見ると、かなりのダメージが蓄積しているのだろう。
マックスは間近でグレートキングカブキの隈取りメイクを見てぎょっとしたが、懸命にリングサイドから手を伸ばしてグレートキングカブキにマスクを手渡した。
「んっ? これは?」
「あ~、申し訳ない。適当な紐が目に入らなかったので、僕の靴の靴紐を使ったんだけど・・・ダメだったかい?」
そう言われてみると、確かにマックスの靴は片方の紐が無かった。
グレートキングデビルのマスクの紐は、先程ケケケイニィーのナイフで切られている。
マックスは咄嗟に自分の靴紐を使う事でそれを代用したのである。
「いや、問題ない」
実際、靴紐はマスクを結ぶには若干短かったが、足りないというほどでもなかった。
グレートキングカブキは素早くマスクを被ると後ろできつく紐を結んだ。
ここに再びグレートキングデビルはいつもの姿を取り戻し、完全復活を果たしたのである。
『グレートキングカブキ、マスクを被って再びグレートキングデビルに戻るとケケケイニィーに襲い掛かった!』
「G・K・D! G・K・D!」
ケケケイニィー必死に這って逃げようとするが、まだ三半規管にダメージが残っているのかその体は頼りなくフラフラと揺れている。
今や完全復活を果たしたグレートキングデビルは、ケケケイニィーの肩を掴むと一つだけ無傷で残っていたコーナーマットに押し付けた。
グレートキングデビルの逞しい右腕が、勢い良く振り抜かれる。
パアン!
「ぐはぁっ!」
グレートキングデビルの水平チョップが、ケケケイニィーの鎧を通して直接体にダメージを与えた。
(ば・・・馬鹿かコイツ?! 鎧の上から素手で叩くとは!)
ケケケイニィーは信じられないモノを見る目でグレートキングデビルを見つめた。
この時、ケケケイニィーの視線が、たまたまリング下の三号の姿を捉えた。
三号は何故か気の毒そうにそっと目を反らした。
えっ? その反応はどういう事だ?
混乱するケケケイニィー。
しかし、グレートキングデビルは彼に考える時間を与えてはくれなかった。
パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!
オイ! オイ! オイ! オイ! オイ!
(ま・・・待て。お前いつまで殴り続けるつもりだ・・・)
一撃ごとに体にズシリと重い衝撃が伝わってくる。
あまりの痛みに、ケケケイニィーはグレートキングデビルが攻撃を止めてくれる事を願いながら、じっと耐えることしか出来なかった。
いつまでも続くかと思われた痛みの拷問の末、ようやくグレートキングデビルのチョップ攻撃がやんだ。
(た・・・助かった)
ホッとしてその場に崩れ落ちそうになるケケケイニィー。
しかし彼の受難はこれで終わった訳ではなかった。
「いくぞ―――っ!」
パパパパパパパパパパパパ・・・・!!
ワアアアアアアッツ!
今までの攻撃は何だったんだと思わせるようなグレートキングデビルの連続チョップ。
これぞ多くのレスラーに、「あの技だけは勘弁してくれ」と言わしめたグレートキングデビルのマシンガンチョップである。
怒涛の連続攻撃にケケケイニィーの鎧が軋みを上げ、体が徐々にコーナーマットにめり込んでいく。
(ば、馬鹿な・・・この私が自らの手で作った鎧だぞ。コイツ、まさか鎧を素手で壊そうというのか?)
バキン!
『なんと! グレートキングデビルのマシンガンチョップでケケケイニィーの鎧が壊れてはじけ飛んだ!』
鎧を破壊したところでようやくグレートキングデビルの攻撃は止んだ。
やっと終わった・・・
フラフラになりながらマットに崩れ落ちるケケケイニィー。
しかし、グレートキングデビルの左手が伸びると、ケケケイニィーの胸倉を掴み、倒れる事を許さない。
ケケケイニィーは力のない目でグレートキングデビルを見た。
全身血に染まったグレートキングデビルは彼には地獄の悪魔に見えた。
「貴様は悪魔か・・・いや、もしやもう一人の魔王様なのか?」
ケケケイニィーは朦朧とした意識の中、不意に口をついて出た自分の言葉が、不思議と心にストンと落ちるのを感じた。
確かに、これほどの暴力の権化を彼は魔王以外には知らない。
そう言えば男女の違いこそあれ、グレートキングデビルの姿は彼らの魔王とどこか相通じる意匠を感じさせた。
そう、実は魔王もグレートキングデビルのようなマスクを被っているのだ。
グレートキングデビルこそは人間側に生まれた魔王ではないのか?
そのケケケイニィーの疑問を、グレートキングデビルは一言で切り捨てた。
「魔王? 違う。俺はプロレスラーだ」
(ぷろれすら? 何だそれは? 新手の魔人の称号か?)
激しく混乱するケケケイニィー。
グレートキングデビルは左手一本でケケケイニィーを吊り上げると、リングの中央まで運んだ。
驚くべきグレートキングデビルの膂力である。
ドン! ドン! ドン!
グレートキングデビルが一歩踏み出す度に、会場に詰めかけた観衆?が足踏みで答える。
グレートキングデビルはリングの中央まで来ると、その右腕を高々と掲げた。
次回「勝利者インタビュー」




