その5 空間跳躍
ペリヤ村の入り口に突如現れたリングの上に立つのはグレートキングデビル。
いつもの黒いマスクではなく白地に金色のマスクである。
覆面レスラーの中にはちょくちょくマスクのデザインを変える選手がいるが、グレートキングデビルはデビューから一貫してマスクのデザインを変えなかった。
しかし、例外的に特別なデザインのマスクを被った事もある。
それがこの通称”リベンジ・マスク”と呼ばれる白いマスクであった。
そんなグレートキングデビルをリングの下から見上げているのは長い銀髪の長身の男。
魔将軍ケケケイニィーである。
魔法五行属性を超越した空間跳躍魔法を使う恐るべき魔人だ。
ケケケイニィーは手にした大型ナイフを弄んでいた。
『ケケケイニィー、慎重にグレートキングデビルの様子を伺っている』
『おい、あいつビビってんじゃねえか? オウ、早くリングに上がれよ』
解説の土壁さんの辛口トークが聞こえたからではないだろうが、ケケケイニィーはフラリと体を前に傾けると――
その姿を消した。
と、思った次の瞬間、ケケケイニィーの姿はグレートキングデビルの背後に現れた。
ケケケイニィーの空間跳躍魔法である。
グレートキングデビルに襲い掛かるケケケイニィーの大型ナイフ。
しかし、グレートキングデビルもこの展開を読んでいた。咄嗟に体を捻りながら前に倒れ込む事で辛うじてナイフを躱した。
いや、完全には躱しきれなかったようだ。グレートキングデビルの逞しい腕に血しぶきが舞う。
さらにケケケイニィーは空いた手を突き出した。
体勢を崩しながらもそれを打ち払うグレートキングデビル。
その瞬間、ケケケイニィーの手の先にあったリングの角が丸くえぐり取られたように消滅した。
『何とケケケイニィー、瞬間移動で突然グレートキングデビルの背後から襲い掛かった! グレートキングデビル、ケケケイニィーの猛攻を辛うじて凌いだーっ!』
『オイオイ、アイツ今何をやったんだ?! すげえな!』
ケケケイニィーは空間を歪める事で、自分を含めて様々な物質を別の場所に瞬間移動させることが出来るのである。
膝を付いたままケケケイニィーに掴みかかるグレートキングデビル。
しかし、グレートキングデビルの目の前からケケケイニィーは姿を消した。
「むっ」
「今の攻撃を良く凌いだな。お前本当は人間じゃなくて魔人なんじゃないか?」
ケケケイニィーの姿はコーナーポストの上にあった。
謎の観客からどよめきが上がった。
「まあどのみち死ぬのは時間の問題だがな」
そう言うとケケケイニィーはナイフに付いたグレートキングデビルの血を指で拭った。
『ああーっと! またケケケイニィーのナイフにグレートキングデビルが切り裂かれた!』
『オイオイ、一方的じゃねえか! 何とか出来ねえのかよ?!』
ケケケイニィーの姿が消えると同時に背後に振り返るグレートキングデビル。しかし、ケケケイニィーはさらに一瞬早く姿を消すと、再びグレートキングデビルの背後に現れた。
グレートキングデビルは体勢を崩しながらも咄嗟に身を投げ出して躱す。
その背中をケケケイニィーのナイフが浅く薙ぎ払った。
リング上にまたしてもグレートキングデビルの血しぶきが舞う。
辛うじて致命傷だけは防いでいるものの、グレートキングデビルの体はケケケイニィーにいいように切り刻まれ、すでに満身創痍の状態となっていた。
流れる汗と血で首から下は赤いインクが流れたようになっている。
そしてケケケイニィーの空間跳躍魔法によってあちこち穴だらけになったリングは、グレートキングデビルから流れ落ちる血で赤黒く汚れていた。
「G・K・D! G・K・D!」
謎の観客の掛け声に合わせてリゼットが喉も裂けよと叫ぶが、村人の多くは声も出せずにこの残酷なショーを見守っている。
中には見ていられずに目を覆い隠してすすり泣いている女性もいる。
「ふむ。身体能力と反射神経はエルエルカンウーを上回るか。魔法を使えない所以外は完全にエルエルカンウーの上位互換といったところだな」
グレートキングデビルの血糊の付いたナイフを、ケケケイニィーは切り裂かれたコーナーマットでふき取りながら興味深そうに呟いた。
リングの下では最後の魔獣をグレートキングデビル二号が仕留めた所だった。
ケケケイニィーがグレートキングデビルとの戦いに集中した事で魔獣のコントロールが外れ、好き勝手に人間に襲い掛かり出したために、返って始末に手間取ったのだ。
少し前に倒れた三号は、エタンの父マックスによって治療中である。
やはり足からの出血が堪えているようだ。青白い顔でぐったりと横たわり、息も大きく乱している。
「そういえばお前の体だが、あの時不思議な変化をしたな」
ケケケイニィーはふと、森で最初にグレートキングデビルに会った時の事を思い出した。
あの時、マスクを奪われたグレートキングデビルは彼の目の前で二回りほど小さくしぼんだように見えた。
「さっきの謎の魔法といい、殺してからじっくりお前の体を調べてやろうとは思っていたが、あの変化は生きている間にしか起きないかもしれん。殺す前に疑問は解消しておくべきか」
どうやらケケケイニィーはまたグレートキングデビルのマスクを狙うつもりのようだ。
血まみれのグレートキングデビルの体に緊張が走る。
この時、ケケケイニィーの意識は完全にグレートキングデビルの方に向いていた。
傲慢な彼は、まさか自分の配下の魔獣が全て片付けられ、グレートキングデビル二号が最後の魔力を振り絞って自分を背後から狙っているとは思いもしなかったのである。
「今だし!」
二号の放った攻撃魔法は完全にケケケイニィーの不意を突き、彼を背後から捉えた――かと思われた。
しかし、一瞬早く姿を消したケケケイニィーはグレートキングデビルの背後に立っていた。
「しまった!」
「何っ?」
予想もしなかった方向からの攻撃に驚くケケケイニィー。
自分の奇襲攻撃が外れた事に臍を嚙む二号だったが時すでに遅し。彼女の攻撃魔法は空を切り裂き、たまたまその方向にあった唯一残っていた最後のロープを切断していた。
芯にワイヤーの入ったロープは跳ね上がると――皮肉にも大きな音を立ててグレートキングデビルの足を打った。
「ぐわあああっ!」
衝撃と激痛にグレートキングデビルは勢い良く倒れ込んだ。
相当なダメージを負ったのだろうか。痛みをこらえて動けないようだ。
二号は自分の招いた最悪の結果に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。
「何だ? コイツに当たったのか。良くやったぞ、エルエルカンウーの血族! まさか俺への不意打ちが味方に誤爆するとはな! そうだな、お前に俺からこの褒美の言葉をくれてやろう――」
ケケケイニィーはそこで言葉を切ると、機嫌よく二号の方へと振り返った。
「マ・ヌ・ケ・め。アハハハハハ!」
二号の悔しがる姿が心底楽しいのだろう。口を大きく開けて嘲笑うケケケイニィー。
二号は唇から血がにじむほど嚙み締めている。
三号はそんな痛ましい姿の姉を見つめていた。
「ね・・・姉ちゃん」
「ハハハハ! ああ、久しぶりに心から笑わせてもらったぞ。さて、思わぬ余興も入ったが、実験の続きといこうか」
ケケケイニィーはまだ足を押さえて動けないグレートキングデビルに背後から近付くと、彼のマスクを掴んだ。
リング下では息をのむリゼットの姿があった。
(あの時、後ろからチラリとしか見えなかったけど、絶対にグレートキングデビルの素顔はエタンだった。もしそうならあのマスクの下の顔は・・・)
「さて、マスクを取ってみせろ」
やはりまだ痛みのために動けないのだろうか? 無抵抗なグレートキングデビルのマスクの紐をケケケイニィーは大型ナイフで切断した。
『ああーっと! ケケケイニィー、卑怯にもグレートキングデビルのマスクに手をかけた!』
『何やってんだ! オイ、誰かアイツを止めろ!』
ケケケイニィーの反則行為に慌てふためく謎の実況席。
だが、ケケケイニィーは非情にもグレートキングデビルのマスクを掴んだ手に力を入れると――
あっさりと引き剝がした。
汗に濡れてへばりついた明るい茶色の頭髪が現れる。
リゼットは驚きに目を見張った。
その下に見えたのは、リゼットの良く知る可愛い系少年の顔・・・
なのか?
「な・・・お前、その顔は何だ?!」
そう、その下から現れたのは赤や黒、原色で隈取られた、まるで歌舞伎役者のような顔だったのである。
驚いて動きが止まるケケケイニィー。グレートキングデビルはそんなケケケイニィーに向かって顔を上げると――
プッ!
「ぐわっ!」
グレートキングデビルの口からケケケイニィーの顔に緑色の霧が吹きかけられた。
次回「完全復活」




