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その2 蘇る伝説

 ――力が欲しいか?――


 再度、謎の男の「声」がエタンの頭に響いた。


 ここは真っ暗で何も無い世界。

 さっきまで村を襲った魔獣から逃げ回っていた村の少年エタンは、気が付くとこの世界に立っていた。

 相変わらず遠くから力強く、一定のリズムを刻む群衆の掛け声が聞こえている。

 そして目の前には、見た事も無い緑色の台――プロレスのリング。

 だが当然、異世界アルダの住人であるエタンにはそのことは分からない。


「力って・・・何の力ですか?」


 エタンはおそるおそる「声」に尋ねた。


 ――悪の力だ――


 ええっ?! エタンは驚きに目を見開いた。

 善良な彼には、悪の力などを欲しがる人間がいるとはとても思えなかった。


 ――悪と戦うための悪の力だ――


 かつて日本のプロレス界では元悪役(ヒール)でありながら正統派に転身。

 悪役(ヒール)と戦う元悪役(ヒール)となった覆面レスラーがいた。

 「声」の問いかけはそのレスラーの存在を思い起こさせる。

 だが当然、エタンがそんなことを知るわけはない。

 エタンは重ねて「声」に尋ねた。


「あの・・・悪と戦うのなら、それは正義の力じゃないんですか?」


 ――悪と戦う力でも悪は悪――


 エタンは頭を捻った。


「理由はどうあれ、戦うことは悪いことだと言っているんでしょうか?」


 ――力が悪ではない。力には善も悪もない――


 この禅問答のようなやり取りは、素朴な村人であるエタンには難易度が高すぎた。

 そういうものの考え方をするような教養が無いのである。

 今や群衆の掛け声は何か意味のある単語を成そうとしている。

 その声に耳を澄ましていたエタンは、ふと、今はこんなことをしている場合ではない、ということを思い出した。


「あの、僕を村に返してもらえませんか?」


 すると突然、黒い世界に窓のような枠が開いた。その中に見えたのは――


「リゼット!!」


 魔獣に押し倒される彼の幼馴染の少女の姿だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 時間は少し前に遡る。


 ペリヤ村の中央には、他の建物よりも頑丈に作られた大きな食糧庫があった。

 ここはいざという時には村の避難場所になっている。

 今、そこは詰めかけた多くの村人でごった返していた。

 全員恐怖の表情を浮かべ、落ち着かない様子でジッと入り口を見つめている。

 僅かなきっかけですぐにでもパニックが起こりそうだ。


「おい、早く扉を閉めろ! 魔獣がそこまで来ているんだ!」


 酒焼けた赤鼻の男が怒鳴った。

 入り口にいたリゼットが振り返った。


「待って、まだエタンが外にいるの!」

「ふざけんな! エタンのために俺達全員に死ねって言うのか!」

「そんなこと言ってないじゃない!」


 赤鼻の男とリゼットの言い争いが続いた。

 その時、リゼットの視線の先、木の陰にエタンらしき姿が見えた。


「エタン?!」


 リゼットは慌てて食糧庫から飛び出した。


 バタン!


 その背後で音をたてて扉が閉まる。

 中で言い争う声がする。

 どうやら赤鼻の男が自分勝手な判断で扉を閉めたようだ。

 リゼットは一瞬、背後の扉を振り返ったが、今はそれどころではないと判断すると、すぐに木の陰へと走り出した。


「エタン! どうしたの!」


 だがそこに彼女の幼馴染の少年の姿は無かった。

 あったのは木の枝に引っかかった洗濯物のシャツだった。

 洗濯物が風になびいて、たまたまリゼットの見た角度からは人の姿に見えたのだ。

 リゼットは慌てて取って返そうとしたが・・・


 ズドン!


 彼女の目の前で食糧庫の扉が吹き飛ばされたのが見えた。

 土の魔法だ。

 そして魔物は魔法を使えない。


 魔人がもうここまで来ている!


 倉庫の中から村人の悲鳴が聞こえた。

 魔物が倉庫の中に次々と飛び込んでいく。

 リゼットは中にいる家族を心配して歯を食いしばる。

 だが、彼女が他人のことを心配していられる時間はここまでだった。

 横合いから飛び出してきた魔獣に彼女は押し倒されてしまったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「リゼットォォォォォォォ!!」


 エタンは今まで一度も出した事のない程の大声を上げた。

 頭にカッと血が上り、最悪の予感に背筋は氷を差し込まれたようにゾッとする。


 ――力が欲しいか?――


 また例の「声」が頭に響いた。

 群衆の声は今では音の津波のようだ。


 G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 言葉の意味は分からない。

 だが不思議と強く心が揺さぶられる掛け声である。

 エタンは姿なき「声」に向かって叫んだ。


「分かった! 僕は悪になる! だから・・・だから!」


 G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 ――我々の業界では悪ではなく悪役(ヒール)と言う――


 業界? 何の話だ? 悪役(ヒール)? いや、今はそんな事を言っている場合じゃない!


「そうだ! 僕は悪役(ヒール)になる! だから僕に力を下さい!! 魔獣を倒し・・・みんなを守れる力を!!」


 エタンの声が、魂の叫びが、群衆の声を圧倒するように響き渡った。

 「声」がどこか満足そうに答えた。


 ――二代目グレートキングデビル(G・K・D)の誕生をここに宣言する!――


 オオオオッッッ! G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 群衆の掛け声は今や天を衝かんばかりだ。

 声だけではない。ドンドンと足を踏み鳴らす音が響き、暗闇を揺るがす。

 エタンの目の前に小さな袋が落ちてきた。

 いや違う。これは覆面レスラーのマスクだ。

 かつてこの世界とは異なる世界――日本マット界で、元悪役(ヒール)でありながら悪役(ヒール)と戦った男のマスク。


 エタンはためらうことなくマスクを手に取ると一気に被る。

 完全に頭部を覆う形のマスク。吊り上がった目と三日月のような笑みを浮かべる口にはそれぞれ黒いメッシュが入っていて装着者の顔は外からは完全に見えない。

 額には般若の面のシルエットと朱塗りのG・K・D。


 途端にエタンの体からモリモリと盛り上がる筋肉!

 ナイスバルク! 僧帽筋が並じゃないよ! 背筋がたってる! 肩メロン!


 骨が音を立てて身長が伸びる!

 その身長は優に2mに届いた!


 オオオオッッッ! G・K・D! G・K・D!


 もはやそこに立っているのは小柄でやせっぽちの可愛い系の少年ではない。

 悪鬼羅刹の跳梁跋扈するリングの上で戦う男。百戦錬磨のヘビー級レスラーだ。


 覆面レスラー・グレートキングデビルが、今、この異世界アルダに再誕したのである!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 リゼットの命は今まさに摘み取られようとしていた。

 魔獣の牙に服は引きちぎられ、一度も他人の目にさらした事のない白い胸元があらわになっている。

 魔獣は人間のはらわたを溶かして貪るという。

 少女のむき出しの手足には火箸を押し当てたような跡が付いている。

 溶解効果を持つ魔獣の体液を浴びたためだ。

 リゼットは痛みと恐怖に狂ったように暴れるが、魔獣の力の前には正に蟷螂の斧。魔獣は何の痛痒も感じていない様子である。

 それどころか彼女の抵抗は、むしろ魔獣の嗜虐心を刺激し、喜ばせるだけであった。

 魔獣は生きの良い獲物の抵抗を楽しむかのように、ゆっくりとその鼻づらを彼女の腹部に押し当てると・・・


 ビクリ!


 突然聞こえてきた音に頭を上げると周りを見渡した。

 この時、ようやくリゼットの耳にもその音楽が聞こえてきた。


 聞いた事のない音楽だ。ただの村娘にはどんな楽器で奏でているのかも分からない。

 命の危険にさらされながら、厳かなメロディーは彼女の心を強く捉えた。

 もし天上の音楽を聞くことがあるのなら、きっとこんな曲が流れているのではなかろうか?

 そんな事を思わせる演奏であった。

 時折ギューンと弦楽器の音が入る。

 それがアクセントとなり背筋を震わせる。

 いつの間にか村人の悲鳴も消え、村には荘厳な音楽だけが流れていた。

 全員が恐怖を忘れて聞き入っているのだ。

 そして・・・


 これまでと一転、突然アップテンポな曲に変わる。

 勇ましい。体が自然と動き出しそうな、魂を揺さぶるリズムだ。

 G・K・D! G・K・D! G・K・D!

 どこからか合の手のような謎のコールが聞こえてくる。


 バーン!


 その時、村の入り口に爆発音が響いた。

 驚いてリゼットの上から飛びのく魔獣。

 リゼットははだけた胸元を隠すのも忘れて村の入り口に振り返った。


 そこに立つのは身の丈2mの美丈夫。

 そう。覆面レスラー・グレートキングデビルその人であった。

次回「マイクパフォーマンス」

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― 新着の感想 ―
もう三回目読んでますがやはり良い。 この謎空間の演出凄く気分盛り上がりますね。 やせっぽちでとても戦えやしない少年が筋骨隆々の大男に変身するとか興奮です。初回変身のこの回は感動すら覚える。 プロレス…
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