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その2 森での遭遇

 村長の家に集まったのは村の主だった男達。

 彼らの中心にいるのは村長とエタンの父――マックスである。

 今から始まるのは村の方針を決めるための集まりだ。

 マックスは今日の議題の中心人物としてこの場に呼ばれていた。



「では領主様の所から、調査官様がやって来る事に決まったんだな?」


 村の男衆の言葉にマックスは重々しく頷いた。

 おおっ・・・ と、周囲からどよめきが上がった。


「今は隣町――ハーパライネンの調査をしているという連絡があった。調査官は明日にでも騎士団を連れてこの村にやってくる予定だ。」


 エタンの父親マックスは、領主の館で事務の仕事をしている。

 農繁期や冬場には帰ってくるが、基本、一年の半分以上は領主の館のある町で暮らしている。

 そんな彼が今この村にいる理由は、調査官に先行して下調べをするためだ。


 ペリヤ村の周囲では、再三魔人が現れては謎の覆面レスラー・グレートキングデビルによって撃退されている。

 実際にこのペリヤ村も一度、魔獣を従えた魔人に襲われている。

 その時の事を含む諸々の調査の下調べのために、ペリヤ村出身のマックスが派遣されたのである。

 もちろん、村に住む家族を心配する彼を家に帰すという温情人事の側面もある。

 尤も、今は町での浮気がバレて、その妻から家を追い出されているのだが・・・


「それで、領主様はこの村の事をどうされるおつもりだろうか?」

「それは調査結果次第だと思うけど・・・ 僕は多分、現状維持になる可能性が一番高いと思う」


 マックスは言い辛そうに言葉を絞り出した。

 この言葉に男衆の間に不満が充満した。


 村の周囲に頻繁に出現する魔人に、最近、村ではこの村を出て棄民になるかどうかの相談が真剣にされていた。

 領主が何もしないのであれば、その考えが現実味を帯びて来ることになる。


「みんな落ち着いて聞いてくれ。ここはハッキリ言おう。僕は今まで通りこの村にいた方が良いと思う」


 マックスの言葉に不満げに顔を見合わせる男衆達。


「僕は村に帰って来る前にハーパライネンの街にも立ち寄った。それは酷い破壊の跡だったよ。僕は領主様の館とこの村を往復する際に何度もあの町を訪れているけど、今の廃墟があのハーパライネンの街だなんて、自分の目で見た今でもとても信じられない」


 ペリヤ村にはハーパライネンの街に行った事のある者も多い。

 というよりは、ペリヤ村の村人にとって”街”と言えばハーパライネンの事を指すのだ。

 それほどハーパライネンは、この辺り一帯の村々を繋ぐ中心地の――ハブ都市の役割を果たしていた。


 自分達も良く知る街の悲惨な現状を聞かされて、思わず息をのむ男達。


「ハーパライネンには領主様も頼りにされていたほどの精鋭魔法騎士団があった。・・・まだ調査の結果は出ていないのでハッキリとした事は言えないけど、そんな彼らがたった一人の魔人にやられたという情報が領主様の下には届いている」


 驚きと不安にざわめく男衆。

 この話はまだ聞いていなかったのか、村長も驚きの表情でマックスを見た。


「でも、リゼットの言葉が正しければ、その魔人と思わしき存在は村のそばの森でグレートキングデビルと戦って撃退されている。日にちから考えて、多分二人目の魔人だね」


 町を襲った魔人はすでに撃退されたらしいと聞いて、男衆の間にホッとした空気が漂った。

 村長もコッソリと胸をなでおろした。


「現在この村の周辺はあり得ない程の数の魔人が目撃されている。でも、君達も知っての通り、その全てはグレートキングデビルによって撃退されているんだ。そして忘れてはいけないのが、唯一この村以外で魔人が確認されているハーパライネンは、国で有数の魔法騎士団に守られていたにもかかわらず、たった一人の魔人に滅ぼされたらしいということなんだよ」


 マックスは息をのむ男衆を見渡して言葉を続けた。


「今、この村はこの国で一番魔人の脅威にさらされている場所かもしれない。でも、おそらくこの国で、グレートキングデビルに守護されたこの村以上に安全な場所は、どこにもないとも考えられるんだ」


 実際にグレートキングデビルの雄姿を目の当たりにした事のある村人達の反応は劇的だった。

 目に見えて彼らの間にマックスの言葉に対する理解と安心感が広がった。

 村長は十分に彼らが納得したことを確認した上で告げた。


「では村を棄てて逃げるという議題は一旦様子見で良いな?」


 頷く男衆。

 最初の緊迫した空気はどこへ行ったのやら。

 そこにはグレートキングデビルに対する絶大な信頼があった。

 それほど人類にとって魔人は恐るべき脅威であり、その魔人を倒したグレートキングデビルという存在には絶対的な支持が集まっていたのである。


「では、次は最近村にやってきたグレートキングデビル二号と三号の件だが、彼らの事を素直に領主様の調査官様に話して良いものかどうかの議論を交わしたいと思う」


 ああ・・・まだその話題があったか。

 ホッとしたのもつかの間、一難去ってまた一難。

 彼らにとって頭の痛い議論はまだまだ続くのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはペリヤ村近くの森の中。

 自分達の事が議題に上がっているなどつゆにも知らないグレートキングデビル二号と三号は、エタンとリゼットに連れられて森に仕掛けられたウサギの罠を確認に来ていた。


「確かこっちにも仕掛けられていたはずだ」


 大男の三号がナタを振るって藪漕ぎをしながら先導する。


「すごいね三号さんは。村の誰よりもこの森に詳しいんじゃないかな」


 エタンがしきりに感心しながら三号の後に続く。

 大柄な三号が切り開いた後は小柄なエタンにとっては非常に歩き易い。

 いつもより楽に森の中を歩ける事に、エタンは三号をとても頼もしく感じていた。


「まあこの森はアタシたちの庭みたいなもんだし」

「何であなたが偉そうにしてんのよ。あなたは何もしていないでしょうが」


 グレートキングデビルに敗れた魔人姉弟は、グレートキングデビルに見つかるまでしばらくこの森に身をひそめていた。

 その時に弟であるエルエルカンウー(現三号)は森の隅々まで食べ物を探し歩いているが、姉であるシャンシャンドゥ(現二号)は不貞腐れてずっとテントに引きこもっていた。

 今も二号はくっついて来ているだけで何もしていない。

 リゼットの言うように二号が偉そうにする理由はどこにもないのだった。


「可愛い子~。メスガキがまた意地悪言うし~」

「はわわっ!」


 可愛いモノ好きの二号が前を歩くエタンに抱き着く。

 はわわ少年エタンは背中に感じる異性の体温にどうして良いか分からずに真っ赤になった。


「だからいちいちエタンに甘えない!」

「あ~、ウチ(・・)もエタンみたいな弟が欲しい~」


 感極まった様子で、抱き着いたままエタンのぷっくらしたホッペに頬ずりをする二号。

 つい言葉使いに地が出てしまっている。

 可愛いモノ好きの二号にとっては、ゴツイ大男の三号は愛情を注ぐ対象になり辛いのかもしれない。

 エタンは前を歩く三号が背中で泣いているように見えた。


「ていうかあなた達、最初に会った時には人間なんて歯牙にもかけていなかったのに、随分と村に馴染んでいるじゃないの」


 リゼットの指摘に二号はキョトンとする。

 三号も立ち止まってリゼットの方を振り返った。


「そりゃまあ、あの時のアタシ達は今より桁違いに魔力が強かったし。強者が弱者を従える。そんなの魔人にとってみれば当たり前の事だし」

「二号の言う通りだ。それとも人間の社会には支配者が存在しないのか?」


 当たり前のように問いかけられた二人の言葉に、リゼットは咄嗟に返事が出来なかった。


「・・・そうだよね。確かに人間だって王様や貴族は当たり前のように僕達平民を従えているよね」

「そーそー、それそれ。アタシら魔族の中では王様みたいなものだったし」

「いや、王様は言い過ぎだよ姉ちゃん。せめて貴族くらいにしとこうぜ」


 二号がエタンの答えに乗っかると、調子に乗る二号を三号が窘めた。


「まあでも、今は一号に角を取られた事で俺達は弱くなった。だからお前達と生活するのも変じゃないだろ? これってどこかおかしいか?」

「アタシは片方残ってるけどだし。でも今じゃ魔王軍に居場所が無いのは弟と一緒だし」


 姉弟の何ら屈託の無い態度にリゼットは思わず呆れ返った。

 しかし、エタンは二人の考えが――魔人の価値観が何となく分かった気がした。


 つまり、魔人は完全な実力主義社会を営んでいるのだ。強ければ上にのし上がり、弱ければ蹴落とされる。

 逆に魔人である彼らから見れば、本人の実力によらない人間の社会――貴族の子に生まれれば貴族になり、村人の子に生まれたら村人になる――が全く理解出来ないのだろう。

 当然だ。

 人間の社会では、もし頭が良くて強くて勇敢な平民と馬鹿で弱くて腰抜けの貴族がいたとしても、勇敢な平民は一生腰抜け貴族より下でいなければならない。

 実力のある者が生まれの違いだけで虐げられる社会。

 彼らにとってみればこんな馬鹿げた理屈はあり得ないのだろう。理不尽極まる不公平な社会だとしか思えないのだ。


 もちろん中には弱者をいたぶり殺すことに愉悦を感じる残虐な魔人もいる。しかし、それを言ってしまえば人間だって酷い貴族や悪い王様の話には事欠かない。

 結局、魔人だろうが人間だろうが良い悪いは本人次第。

 この姉弟魔人はたまたま話の分かる魔人だった。

 要はそういう事だったのだろう。


「誰だし!」


 その時、二号が叫ぶと魔法を発動。手から水の弾丸を射出した。

 三号は全員の盾になるべく、ナタを構えて素早く前に出た。

 急な事態に、エタンは二号に抱き着かれたまま体を硬直させる事しか出来なかった。

 二号から放たれた水の弾丸は藪の向こうの大きな木に命中した。


「何よ? 何も・・・」


 リゼットはよく見ようと身を乗り出すが、三号は彼女の動きを手で制した。その目は油断なく二号の攻撃が命中した木を睨んでいる。

 森に緊迫した空気が張り詰める。

 やがてどこからともなく若い女の声が聞こえたかと思うと、木の陰から何者かが姿を現した。


「お前はいつもそうだった。抜けているようでしたたか(・・・・)。緩いようで案外隙が無い」

「あ・・・アンタ・・・」


 こちらに向かってゆっくりと歩いて来るのは全身銀色の甲冑の女。

 兜のせいで若干声はこもっているが、二号と同じくらいの年齢の若い女性の声だ。

 いや、良く聞けば二号とそっくり同じ(・・・・・・)声にも聞こえないだろうか?


「・・・ウェイウェイドゥ姉ちゃん」


 グレートキングデビル三号こと魔人エルエルカンウーがポツリとこぼした。

 驚きにエタンとリゼットがハッと息をのむ。


「久しぶりだな、エルエルカンウー。いや、今はグレートキングデビル三号だったか。そしてシャンシャンドゥ。鎧と覆面、双子の姉妹(・・・・・)がお互いに顔を隠して再会とは、運命というのは面白いものだよ」

次回「双子の魔人」

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