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その1 村の珍入者達

 ペリヤ村の朝は早い。

 男は家畜の世話に野菜の収穫、女は水汲みに朝食の支度と、朝日が昇る前から村人達の活動は始まる。


「おはようございます」

「あらおはよう三号さん。今朝はどうしたの?」

「角のおばあさんに頼まれて家畜の餌やりに。最近腰を悪くしているそうなので」

「本当に三号さんは働き者ね。ウチの息子も見習って欲しいもんだわ」


 共同井戸で水汲みをしている村のおばちゃん達に捕まっているのは、身長2mを超える大男。


 異様な男である。

 粗末なシャツから覗く逞しい腕や、七分丈のズボンから覗く脛の色は紫色。

 しかし、彼が異彩を放つのはその肌の色だけではない。

 頭に黒いマスクを被っているのである。


 それは完全に頭部を覆う形の黒いマスクだ。

 吊り上がった目と三日月のような笑みを浮かべる口にはそれぞれ黒いメッシュが入っていて、装着者の顔は外からは完全に見えない。

 額にはローマ数字でⅢと書かれている。


 彼こそは数日前からこの村で生活しているグレートキングデビル三号であった。



「いやいや、おかしいよね。あれ絶対にあの時(・・・)の魔人だよね」


 物置小屋から、どこか納得いかない表情でその様子を眺める無精ひげの男。

 人好きのするちょい悪オヤジ、といった風体の男だ。


「何だマックス、今朝はそんな所にいたんだ」


 丁度顔を洗おうと外に出たエタンは、物置小屋に無精ひげの男――自分の父親を見つけて立ち止まった。

 どうやらマックスは、昨夜は家の物置小屋を仮の寝床としたらしい。


「お母さんに見つからないように替えの下着を取ってきてあげるよ」

「それは助かるが、我が愛しの息子よ・・・ お前は一家の大黒柱たる父が物置小屋で寝て、あの魔人が家で寝ている事を疑問に感じないのか?」


 いや、それマックスの自業自得だし。

 エタンは父の言葉にイヤそうな顔になった。

 彼の父親マックスは町での浮気が――本人は頑として否定しているが――バレて、妻に家を追い出されているのだ。

 そんなエタンの耳にお隣の家からの喧噪が聞こえて来た。


「早く起きなさい! いつまで寝てるのよ!」

「・・・ホントに毎朝毎朝うるさいし。アタシの事はほっとくし」

「そんな訳にはいかないのよ! ウチで面倒みてやってる限り、アンタにちゃんとした生活をさせる責任があるんだから!」


 いつものようにお隣の家から若い女性の言い争う声が聞こえて来た。

 やがて家のドアが開くと、黒いマスクを被った女が姿を現した。

 額にはローマ数字でⅡの文字。グレートキングデビル三号の姉、グレートキングデビル二号である。


 三号と異なり二号のマスクは、口元が露出しているタイプだ。我々がプロレスのマスクで見慣れた形といえば分かるだろうか?

 ちなみに頭の両脇にも穴が開いていて、右からは巻いた角が、左からはサイドテールのような形で銀色の髪の毛が露出している。

 確かに彼女に良く似合ってはいるのだが、紫色の肌と相まって魔人であることがモロバレである。

 尤も、本人に隠す気はゼロの様子だが。



 魔人は人類の天敵である。


 その魔力は到底人間の及ぶところではない。

 魔人はすでにこの大陸にも上陸しており、このペリヤ村も先日魔獣を従えた魔人の襲撃を受けていた。

 尤もその魔人は、謎の覆面レスラー・グレートキングデビルによって撃退されているのだが。



「あら、可愛い子だし。ねえアタシもアンタの家に行きたいんだけど? あの家メスガキがうるさくってさぁ」


 まだ眠いのだろうか、二号はふらりとエタンに抱き着くとぐったりと体を預けた。

 いくら相手が魔人とはいえ、いきなり若い女性に抱き着かれたことで真っ赤になって慌てるエタン。


「コラ! エタンに絡まない! ほら、顔を洗ってシャンとする!」


 手に桶を持った少女がエタンから二号を引き離した。

 エタンの幼馴染、リゼットである。


「お・・・おはよう、リゼット」

「おはよう」


 エタンはリゼットの前で真っ赤になった顔を誤魔化すためか、どこか挙動不審になった。

 しかし、リゼットはそんなエタンにさほど興味なさげにあいさつを返すと、二号を引きずって共同井戸の方へと歩いて行った。

 二号の相手で手一杯でそれどころではない、といった感じだ。

 基本的に世話焼き体質なリゼットは、奔放で自堕落な二号をほっとけないのである。


(何だか二号にリゼットを取られた気がする・・・)


 今まではずっとリゼットの世話焼き行為は自分に向いていた。

 エタンは常々リゼットに自分を一人の男として見て欲しいと思っていたが、実際にこうやって彼女に世話を焼かれなくなると、それはそれでどこか満たされないモノを感じていた。

 自分の気持ちを持て余して、二人の背中を釈然としない思いで見送るエタン。


「息子よ僕の下着は・・・」

「持ってくるから黙っててくれないかな」


 エタンは父親に素っ気なく返すと家に引き返した。

 一人残されたマックスは妻に見つからないように、コッソリと物置小屋の中に隠れるのだった。




 グレートキングデビル二号と三号こと、魔人シャンシャンドゥとエルエルカンウーの姉弟が、このペリヤ村にやってきたのは一週間ほど前の事となる。

 どう見ても魔人にしか見えない男女の登場に村はパニック・・・にはならなかった。


 二人がグレートキングデビルのマスクを被っていたからである。


 グレートキングデビルが、その驚くべき力で幾度となく魔人の襲撃を退けている事は、村に住む者なら誰でも知っている。

 逆に言えば、魔人にとってみればグレートキングデビルは天敵のはずである。

 そんなグレートキングデビルのマスクを何故魔人が被っているのか?

 混乱した村人達は遠巻きに二人を見守る事しか出来なかった。

 尤も村人にも、「もしこの二人の魔人が村で暴れても、またどこからともなくグレートキングデビルが現れてやっつけてくれるんだろうな」という妙な安心感があった事も否めないのだが。


 さて。ビックリしたのはエタンの父親マックスである。

 何せ彼はペリヤ村の者達ほど魔人に慣れていないし、この二人はどう見ても自分が先日森でグレートキングデビルと共に戦った魔人達である。


 まさかグレートキングデビルのいないこのタイミングを狙って復讐しに来たのだろうか?


 そう考えると彼は生きた心地がしなかった。


「あ! あの時のザコオヤジだし。ちょっとお前、村の奴らに説明するし」


 そんなマックスを目ざとく見つけた女の魔人、シャンシャンドゥが彼に話しかけて来た。

 マックスがシャンシャンドゥから聞かされた話は信じられない内容だった。



「そういう訳で、今のアタシ達はアイツの仲間。デビル軍団なんだし」

「ええっ・・・それでいいのかな?」


 戸惑うマックス、と村人達。

 全員が答えを求めるように村長の方を見た。

 もちろん村長にだって分からない。

 しかし、彼は村を預かる責任感に駆られ、意を決して魔人の前に立った。


「あの・・・魔人様」「いや、アタシはグレートキングデビル二号だし」「俺はグレートキングデビル三号だ」


 魔人の姉弟はグレートキングデビルに敗れた後、ずっと村の近くの森に隠れていた。

 しかし今日、突然現れたグレートキングデビルに二人はスカウトされ、今後はデビル軍団としてやっていく事にしたのだと言うのだ。


((((・・・胡散臭え~~))))


 村人の心は一つになった。


「お二方はグレートキングデビル様からこの村に行けと言われたのですね?」

「そうだし」「そうだ。ペリヤ村のエタンの家を頼れと言われた」


 全員の視線が一斉にエタンの父、マックスに向いた。

 マックスは困った顔で目を泳がせる。


「あ~、え~と、その、今はちょっと・・・」

「お前、あの時グレートキングデビルの仲間じゃなかったし?」

「俺達はグレートキングデビルからお前の家に行けと言われて来たんだが?」


 マックスは何やら言い辛そうにしている。

 彼を良く知る村長はマックスが気の毒になり、彼の代わりに説明をすることにした。


「その・・・マックスは今家を追い出されていますので。彼の一存では決められないかと」

「「?」」


 あの日、町での浮気がバレたマックスは、家を追い出されて今は知り合いの家を転々と訪ね歩いて泊めてもらっているのだという。

 村人達はいたたまれなくなってマックスから目を反らす。

 そして呆れ顔になる――マスクで隠れているが――魔人姉弟。


「お前何やってるし」


 二号のもっともな指摘に、マックスは情けない表情を浮かべるのだった。

次回「森での遭遇」

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