その4 父親の意地
「なんでアタシまで戦わなくちゃいけないし・・・」
半べそで青コーナーに立つ魔人シャンシャンドゥ。
かたわらに立つ大男の魔人はそんな姉を冷めた目で見ていた。
自業自得だ。
男の目は雄弁に物語っている。
翻って、赤コーナーに立つのはこれまた大男、グレートキングデビルその人である。
かたわらには洒落たチョイ悪親父、エタンの父親マックスが並んでいる。
エタンの母は青ざめた表情で夫の背中を心配そうに見つめている。
グレートキングデビルの勝ちを信じて疑わないリゼットは、のんきに黄色い声援を送っている。
『さて、本日はここペリヤ村近くの森特設リングから、グレートキングデビル・マックス組対魔人シャンシャンドゥ・魔人エルエルカンウーの姉弟タッグチームによるタッグマッチ、時間無制限一本勝負をお送りいたします』
どこからかいつもの謎実況中継が聞こえてくる。大男の魔人の名前はエルエルカンウーと言うらしい。
『解説は”天・地タッグ”で数々のベルトを巻いたことのある、猛牛ファイトでお馴染みの天さんヒロシ選手でお送りします』
『よろしくお願いします』
「ま・・・待ってくれ! 人間が魔人にかなう訳がないだろう!」
なし崩しにリングの上に引っ張り上げられたマックスが、グレートキングデビルに泣きついていた。
「なら魔人に村を好きにされて黙って見ているのか?」
「だ・・・だが・・・そうじゃないが・・・それは・・・」
グレートキングデビルの言葉にマックスは歯切れの悪い返事を返した。
彼の言っている事は分かる。だが、この世界には立ち向かった所でどうにもならない相手もいるのだ。
それほど魔人の力は圧倒的なのである。
本来、魔王軍の下級兵である魔獣ですら、国の魔法騎士団が総がかりで挑まなければ相手にならない。
ましてや、その魔獣の上位に君臨する魔人の力ともなれば、想像の遥か上をいく。
ただの村人であるマックスが百人集まっても足元にも及ばない。
魔人とはそういう存在なのだ。
「もしお前がやられても、その時は俺が必ず仇を討つ。それでも戦わないか?」
グレートキングデビルの言葉に、今まで恐怖で怯えていたマックスの心に一筋の光明が差した。
彼は当然、領主の所に報告に来たペリヤ村の若者から話を聞いていた。
今までの話から判断して、何度も魔人を倒して来たのはこの男に違いない。
当然、自分は魔人には敵わない。
だが、自分が共に戦うことで、人類の敵、魔人を倒す英雄が必ず魔人を倒してくれると約束したのだ。
マックスは村のため、家族のため、グレートキングデビルと共に戦う覚悟を決めた。
「・・・約束ですよ」
「もちろんだ。さあ行け」
「えっ?」
グレートキングデビルはマックスを残してロープの外に出た。
赤コーナーにポツンと一人佇むマックス。
この展開にリング下で見守るマックスの妻オレリアは卒倒寸前となった。
「ちょ、い、一緒に戦ってくれるんじゃないんですか?!」
「何を言っているんだ? 最初にタッグマッチだと言っただろうが」
マックスは慌ててロープの向こうのグレートキングデビルにすがり付いた。
しかし、グレートキングデビルはすげなく振り払うと呆れた様子で首を振った。
「あ! あのザコ親父が相手ならアタシアタシ! アタシが出る!」
絶望の表情から一転、グレートキングデビルの望みが一対一の戦いであることを察したシャンシャンドゥが必死に手を上げて宣言した。
相変わらず抜け目のない魔人である。
カーン
ワアアアアアアッ!
ゴングが打ち鳴らされると共に試合が開始された。
ほら行け、とばかりにグレートキングデビルに突き飛ばされるマックス。
シャンシャンドゥは不満顔の弟をロープの外に追い出し、にししと余裕の笑みを浮かべた。
『さあ試合開始のゴングが鳴らされました。天さんさん、この試合どうご覧になりますか?』
天さんの名前は実況的には少し言い辛そうである。
天さんさんはリングの上では猛牛だがリングを下りるとシャイなオジサンだ。
何やらもじもじと小声で話しているがよく耳に入らない。
『おーっと、ここでシャンシャンドゥ、手に魔力を集めだした! これは彼女の得意とする水の魔法か?!』
シャンシャンドゥは手に水の魔法を宿した。
マックスは慌てて懐から魔道具であるワンドを取り出した。
『マックスは防御魔法を使うようだ! だが果たして間に合うのか?!』
マックスはこれでなかなかの腕前のようだ。ギリギリのところで防御の魔法を完成させる。
とはいえ、間に合ったところで、そもそも魔人の攻撃を人間の魔法程度で防げるわけはない。
シャンシャンドゥはマックスの死を確信した。
会場?に絶望の悲鳴が上がる。
シャンシャンドゥの魔法が発動、マックスに死神の刃が襲い掛かろうとしたその瞬間――
バッ!
マックスの後ろ、コーナーポストのグレートキングデビルが、突然タッチロープを放して右腕を振り上げた。
思わずビビッてのけぞるシャンシャンドゥ。
発動された水の魔法は、ギリギリで彼女のコントロールを離れ、マックスから大きく外れて明後日の方向へと飛んで行った。
だがその余波はマックスの発動させた防御魔法を粉砕、少なくないダメージをマックスに負わせた。
「ちょ・・・これは一対一だし! 今のは反則だし!」
シャンシャンドゥの抗議に、グレートキングデビルは振り上げた右手でわざとらしく頭のてっぺんを掻いている。
何のコト? 俺は頭が痒かっただけだけど? 言葉にはしないが、そういうアピールをしているようだ。
ぐぬぬぬ・・・と唸り声を上げるシャンシャンドゥ。
「ま、まあいいし。今の攻撃がかすっただけでもうその親父は死にかけだし。どうせ次で止めだし」
シャンシャンドゥの手に再び水の魔法が宿る。
フラフラになりながらも立ち上がるマックス。彼はワンドを掲げ、再び防御の魔法を完成させた。
シャンシャンドゥは今度は騙されまいとチラチラとグレートキングデビルに目をやる。特に手の動きには注意しているようだ。
彼女が今度こそマックスの死を確信して魔法を発動しようとしたその時――
サッ!
グレートキングデビルはロープをくぐってリングの中へと入って来た。
慌てて飛び退くシャンシャンドゥ。
ロープをくぐってリングの中に入ってきたグレートキングデビルは、そのまま隣のロープをくぐると何をする事もなく外に出て行った。
シャンシャンドゥの目が点になる。
ちなみに発動された魔法は、再びマックスから大きく外れて明後日の方向へと飛んで行った。
もちろんその余波はマックスの発動させた防御魔法を粉砕。今度も少なくないダメージをマックスに負わせる事となった。
「反則反則反則だしー! アイツ今この中に入ってきたしー!」
足を踏み鳴らし、真っ赤になって(肌は紫色だが)怒り狂うシャンシャンドゥ。もちろんグレートキングデビルは知らん顔である。
その隙にマックスは震える足を踏みしめて立ち上がった。
夫の姿を見ていられなくなったのだろう。彼の妻オレリアはグレートキングデビルにすがり付いた。
「もう止めさせて! これ以上続けたらあの人が死んでしまいます!」
グレートキングデビルはリング下のオレリアを見下ろした。
「お前の夫が信じられないか?」
そういう問題じゃない。そう言いたげなオレリア。
「あの男はチャランポランの能天気、ダメ男のロクデナシ、口ばかり上手いペラペラの薄っぺらいペラ男だ」
・・・そこまで言われるほど酷い男じゃ無いと思う。こんな状況でありながらもオレリアは少しムッとした。
「だが、家族を大切に思うあの男の気持ちは本物だ」
その言葉にオレリアはハッと胸を突かれた。
彼女の脳裏にマックスの家族と過ごす姿が走馬灯のように浮かんだ。
回想の中の家族は常に笑顔が絶えることが無かった。(※浮気がバレた時以外)
「今度こそ食らうし!」
シャンシャンドゥの声に、オレリアはハッと我に返った。
グレートキングデビルはリング上に振り返ると――
「わっ!!」
と、大声を上げた。
突然の声に驚いて魔法を外すシャンシャンドゥ。
「いや、お前が急に大声で叫ぶから驚いちゃったよ。俺この人と話していたところだったから」
ぐぬぬなシャンシャンドゥにグレートキングデビルは白々しい言い訳をする。
「ちょっとお前、いい加減にするし! ほら見ろ、卑怯すぎてメスガキだってドン引きだし!」
シャンシャンドゥは地団太を踏むと、呆れ顔のリゼットを指差した。
この瞬間、この場にいる誰もがリングの上のマックスに注意を払っていなかった。
そしてマックスはこの好機を待っていったのである。
「姉ちゃん! 前!」
「え? あ痛っ!」
マックスのワンドから飛んだ土のつぶてがシャンシャンドゥの額を直撃した。
だが所詮は人間の小さな魔力で生み出した魔法。シャンシャンドゥにはデコピン程度のダメージしか与えられなかった。
マックスは魔人に一撃を入れた事に満足したのだろう、ニヤリと笑うと崩れ落ちた。
とうに彼の体は限界だったのである。
グレートキングデビルはリングサイドから飛び降りると、ローブの下から手を伸ばしてマックスの服を掴んだ。
グレートキングデビルの怪力で、マックスの体は一気にリングの外まで引きずり下ろされた。
マックスはグッタリと力が抜けている。どうやら気を失っているようだ。
それはやり遂げた男の顔だった。
急いで駆け寄るオレリア。
彼女は夫を抱きしめると涙を流す。
この光景に思わず涙ぐむリゼット。
グレートキングデビルはそんな二人を見下ろした。
「男を見せたなマックス。安心して寝ていろ、約束は必ず守る」
次回「喧嘩男」




