その4 最強魔獣
今まさに魔人の少女が、使役する魔獣を呼び出そうとしたその時、森にあの音楽が鳴り響いた。
今まで異世界アルダでは聞くことの無かった音楽だ。
重厚な伴奏は一体どれほどの数の楽器によって奏でられているのだろうか?
時折入る弦楽器の音がアクセントとなり、聞く者の心を震わせる。
魔人は突然聞こえて来た音楽に警戒心を抱きながらも、その完成された厳かな音色に強く心が揺り動かされるのを止めることが出来なかった。
そして・・・
これまでと一転、アップテンポな曲調へと変わる。
勇ましい。体が自然と動き出しそうな、心が沸き立つリズムだ。
G・K・D! G・K・D! G・K・D!
どこからか合いの手のようなコールが聞こえてくる。
謎の群衆の声に、慌てて辺りを見渡す魔人。しかしここには彼女達二人しかいない。
そしてそんな彼女を嘲笑うように――
バーン!
森の中に大きな爆発音が鳴り響いた。
驚いて飛び上がる魔人。
リゼットは期待に鼻息も荒く辺りを見渡す。
いた!
リゼットの見つめる先、彼女達を見下ろす大きな木の枝の上に、身の丈2mの美丈夫の姿があった。
覆面レスラー・グレートキングデビルその人である。
「きゃあああああっ! G・K・D! G・K・D!」
リゼットは両手を振り上げて黄色い声を張り上げる。
魔人少女はさっきまで怯えていた少女の突然の変貌についていけなかった。
「とうっ!」
グレートキングデビルはコーナーポストの上――ではなく、高い木の枝の上から飛び降りた。
前回は迂闊にも失敗し、魔獣の頭の上に飛び降りてしまったグレートキングデビルだが、今回は狙い通りの場所に着地出来たようだ。
無事着地したグレートキングデビルは、体を丸めて溜めを作る――ように見せながら高い所から落ちた際の足の痺れに堪えた。
バサッ!
十分に溜めた後、グレートキングデビル大きくガウンを跳ね上げながら立ち上がった。
「キャアアアアアッ!」
「ギャアアアアアッ!」
期せずしてリゼットと魔人の叫び声が重なった。
リゼットの声は歓喜の叫び。
魔人の声は単純に悲鳴だ。
「ななななんでパンツ一丁だしーっ!!」
魔人の叫びが彼女の悲鳴の意味を答えている。
ええ~っ、これがいいのに。リゼットがそんな冷めた目で魔人を見た。
女性の叫び声がグレートキングデビルのサービス精神を刺激したのだろう。
グレートキングデビルはおもむろに半身になると、たくましい大胸筋を小刻みに震わせた。
「筋肉をピクピク動かすなし!!」
「キャアアアアアッ!」
「なんでアンタは喜んでんのよ! 頭がおかしいんじゃない?! アイツどう見たって不審者じゃない!」
頬を染めて歓声を上げるリゼットに魔人がマジギレする。
グレートキングデビルは辺りを見渡し、そこそこ開けた場所を見つけるとそちらに手を向けた。
「リングカモン!」
グレートキングデビルの掛け声でスキル「環境魔法」が発動。
森に突然プロレスのリングが出現する。
マットの色はエメラルドグリーン。「プロレスリング・エメラルドグリーン」のリングである。
「魔法――じゃない?! ウソ?! 何かのトリック?!」
目の前のあり得ない現象に魔人が驚愕に目を見開く。
グレートキングデビルは魔人の方に向き直ると、紳士的な態度でリングへと彼女を誘った。
「さあどうぞお嬢さん」
「全然意味が分からないし!」
グレートキングデビルは困った顔(マスクに隠れて見えないが)をしたかと思うと、巨体に似合わない意外な速さで魔人の背後に回り込み、彼女を羽交い締めにした。
グレートキングデビルはそのまま魔人をヒョイと持ち上げるとリングに向かって歩き出す。
魔人はパニックになり必死に足を延ばすが、長身のグレートキングデビルに持ち上げられた体は地面に足が届かない。
というかグレートキングデビルよ。最初の紳士的な振る舞いはどこに行った。
「ギャアアア! 離せこのムキムキ男ォォ!!」
魔人は半狂乱になって暴れるが、万力のようなグレートキングデビルのかいなに囚われた体はビクともしない。
グレートキングデビルは魔人を抱えたままエプロンサイドに上がると、そのままロープをくぐってリングへと上った。なんというか器用な男である。
リングの中央でグレートキングデビルは魔人を解き放った。
急いで逃げ出す魔人。ロープを掴むとリングから降りようとする。
「なんだ、逃げるのか?」
心底バカにした声に魔人の動きが止まった。
魔人が人間にバカにされる? あってはならないことだ。
魔人は人間にとって恐怖の対象であって、嘲笑の対象になるなど間違えてもありえない。
動きを止めた魔人の背中に、グレートキングデビルの言葉の追い打ちが叩き付けられる。
「ナナナイタとエルガルガルは俺から逃げなかったぞ」
「なっ・・・」
グレートキングデビルの言葉に、魔人少女は驚愕の表情を浮かべて振り返った。
「なんでお前があの二人のコトを知っているし!」
グレートキングデビルはその言葉には答えず、黒いレスラーパンツの中に無造作に両手を突っ込んだ。
目の前の男の突然の奇行にギョッとする魔人。
何故か黄色い悲鳴を上げるリゼット。
グレートキングデビルの手がパンツの中から取り出したのは、三本のねじれた角だった。
「そ、それはまさか魔人の魔力増幅器官?!」
正直彼女は二人の角の形を覚えていない。興味を持てないことは覚えられない性格なのだ。
だがこの流れでこの男が取り出した以上、それは彼女の捜しているナナナイタとエルガルガルの角であることは間違いないだろう。
「さあ、リングの上で決着をつけようじゃないか!」
グレートキングデビルは両手を広げると魔人に宣言した。
うひひひひ・・・。リングの上に女の笑い声が響いた。
「まさか捜していた相手がわざわざ自分から出てくるなんてね」
魔人は心底可笑しそうに笑うと、かけていた大きなメガネに手を当てる。
「むっ?!」
途端にリングの外から太いブヨブヨした蛇のようなものが集まってくる。
足元を這う黒い物体に、リングの外で観戦中のリゼットが悲鳴をあげて飛び退いた。
黒い蛇はグレートキングデビルの前に集まるとグネグネと絡み合い、やがて巨大な二本脚の生物――魔獣へと姿を変えた。
「これがアタシのオリジナル魔法! 最強魔獣だし!」
グレートキングデビルをはるかに超える魔獣に、リゼットが思わず息を呑んだ。
魔獣の巨体にリングの中が一気に狭く感じられた。
「ムキムキ男。死ぬ前に二人に何があったか喋るし」
「二人ともこのリングの上で俺が倒した」
「・・・ふうん。まあ、やせ我慢もいつまでもつか見物だし」
魔人はグレートキングデビルの言葉をまるで信用していないようだ。
彼女の最強魔獣に比べればグレートキングデビルはまるで大人と子供である。
少なくとも彼女と同じ魔王軍の魔人を、魔獣に比べて見劣りする人間が倒したとは思えない。
(いや、ひょっとしてさっきこの舞台を作った謎の技にやられたのかもしれないし)
この舞台――リングを一瞬にして作り上げた謎の技を彼女は警戒した。
彼女は男の視線が巨大な魔獣に遮られ、彼女に届かなくなったスキをついて素早くリングを降りた。
(どんな技だか知らないけど、さっきやったように周りを見渡してから手をそちらに向けて行う技なら、アイツの視界の正面に入らなければ良いだけだし)
うひひひひ、と、笑い声を漏らす魔人。
瞬時にそこまで計算して行動できるとは、なかなか抜け目のない魔人である。
リングの上でにらみ合う魔獣とグレートキングデビル。
カーン!
どこからかゴングが打ち鳴らされた。
試合開始のゴングである。
突然の鐘の音にビクッとする魔人。
『さあ、本日はここペリヤ村近くの森特設リングからグレートキングデビル対魔人シャンシャンドゥと最強魔獣コンビの1対2・変則マッチ、時間無制限一本勝負をお送りいたします』
どこからか謎の実況中継が聞こえてくる。どうやら魔人少女の名前はシャンシャンドゥと言うらしい。
『解説は”聖なるバリア”でお馴染みのミラフォATさんでお送りします』
『よろしくお願いします』
次回「ガッデム」




