その6 勝利者インタビュー
用途不明の金網に囲まれたエメラルドグリーンのマットの上。
全身から血を流す男が小太りの男を片手で持ち上げている。
日本マット界を沸かせた名レスラー・グレートキングデビルと魔人エルガルガルである。
グレートキングデビルの右腕は天に向かって高々と突き上げられている。
メキッ!
拳に力が入ると、グレートキングデビルの右腕は一回り大きく膨らんだように見えた。
会場にどよめきが広がる。
金網の外、一人見つめるリゼットは、まるで祈りを捧げるように胸元で手を組み息を呑んだ。
ゴウッ!
剛腕が空気を引き裂く音がした。
エルガルガルの胸元でパッっと汗と血の混じったしぶきが上がる。
グレートキングデビルの鋭い振りに、剛腕が鎧を打つ鈍い音は遅れて聞こえた。
ドシイッツ!
ワアアアアアアッ!
『グレートキングデビルの剛腕ラリアット! エルガルガルの体が一回転! 顔面からマットに倒れた!』
『これぁ立てねえぜ。完全に決まったんじゃねえか?』
ワ~ン ツゥ~
どこからともなくカウントが流れ出す。
会場も一体になってカウントを数える。リゼットも手を振り上げてカウントに加わる。
ナイ~ン ・・・テェン!!
カン! カン! カン! カン! カン!
ワアアアアアアッ! G・K・D! G・K・D!
『カウントテン! グレートキングデビル、魔人ナナナイタに続きエルガルガルも下しました!』
『スゲー戦いだったよ。オオ。いい試合だったぜ』
解説のスイープ土壁さんも満足そうだ。
彼もかつては数々の流血試合をこなした選手である。この試合には感じるものがあったのだろう。
ここにグレートキングデビル対魔人エルガルガル、8分20秒テンカウントによるグレートキングデビルのK.O勝利が決まったのであった。
会場?を揺るがすG・K・Dコールが次第に小さくなってゆく。
金網に囲まれたリングが大地に吸い込まれるように消えてゆく。
残ったのはうつ伏せに倒れた魔人エルガルガルと、仁王立ちのグレートキングデビル。そして少し離れた場所に立つリゼットの三人だけであった。
「じゃあ約束通りお前のマスクはもらっていくぞ」
相変らず謎の理屈を口にし、グレートキングデビルはうつ伏せのエルガルガルを仰向けにひっくり返した。
「ムッ」
だがエルガルガルはマスクをつけていなかった。
というか試合をしていて気付いていなかったのだろうか? どうしたのだグレートキングデビル。
グレートキングデビルはエルガルガルの体をあちこちまさぐると、やがて仮面舞踏会にかけて行くような洒落た仮面を見付けた。
エルガルガルが魔獣を操る時に付けていた仮面である。
「まあこれでいいや」
どうやらこの仮面は彼の美意識に合わなかったようである。渋々取り上げるとレスラーパンツの中にねじ込んだ。
「この角ももらっていくぞ」
グレートキングデビルはエルガルガルの頭の角を握ると・・・スポンと取り外した。
グレートキングデビルは知らないことだが、角は魔族の魔力増幅器官である。
魔獣を操る仮面を失い、魔力を底上げする角も失ったエルガルガルは先日のナナナイタ同様、今後二度と魔族の中で浮かび上がってくることはないだろう。
魔族としてのエルガルガルはこれで死んだのだ。
彼の今後の人生は、かつて虐げた相手からの復讐に怯え、逃げ隠れしながら惨めに野垂れ死にをする他はない。
弱い者は強い者の餌食になる。
魔族の弱肉強食は同族だろうと容赦はないのだ。
「あ・・・あの・・・」
リゼットは意を決してグレートキングデビルに声を掛けた。
グレートキングデビルは少女の声に振り返った。
「先日に続き、今日も助けて頂きどうもありがとうございました!」
そう言うとリゼットはペコリと深く頭を下げた。
しばらくの間黙って少女の頭を見ていたグレートキングデビルだが、リゼットがいつまでも頭を上げないのを見て優しく彼女に声をかけた。
「デスマッチも久しぶりだったからな。前半はいいようにやられたけどよ。本気出せばこんなもんよ。魔人? 知らねえよそんなモン。角生やして偉そうにしてるだけで、大した事はなかったぜ。覚悟が違うんだよ覚悟が。ハンパな気持ちでこのベルトに挑戦して来るから返り討ちに遭うんだっての。悔しければまたいつでも挑戦して来い。まあ、受けるかどうかは分からないがよ。以上だ」
という内容を「オォ?」とか「アアッ?」とか適度にオラつきながら語り切った。
これのどこがリゼットに優しく声をかけたことになるのだろうか? 適当なことを言わないで欲しいものである。
グレートキングデビルは言うだけ言って満足したのか、エルガルガルの鎧の襟首を掴むと、ボロ布のようにズリズリと引きずりながら歩き始めた。
リゼットはグレートキングデビルの謎の言動にしばらくポカンと呆気に取られていたが、直ぐにハッと我に返った。
彼女は少しあたふたした後、ぐっと手を握るとその拳を付き上げて叫んだ。
「じ・・・G・K・D! G・K・D!」
グレートキングデビルは少女の声に立ち止まると、少女に背を向けたまま拳を作ると天に付き上げた。
リゼットは頬を染めると笑みを浮かべ、大きな声で叫び続ける。
「G・K・D! G・K・D! G・K・D! G・K・D!」
少女の叫びはグレートキングデビルの姿が森の奥に消えるまで続いたのだった。
「エタン! エタン!」
幼馴染の少女の声にエタンの意識はゆっくりと覚醒した。
ぼんやりとした頭で目を開けるとそこにはリゼットの姿が・・・
一瞬で意識が戻るとエタンは慌てて跳ね起きた。
「リゼット! 無事だったんだね!」
「いいから服を着なさい」
「え?」
自分の体に目を向けると、汗まみれの小柄でやせっぽちな――全裸の自分の体が目に映った。
「きゃああああっ!」
「きゃあじゃないわよ全く」
私が死にかけている時にあんたは何をやっていたのよ。と、リゼットに呆れた顔で言われてもエタンには説明することが出来ない。
彼にも自分の身に何が起こっているのか分かっていなかったからだ。
(ま・・・またリゼットに裸を見られた。しかも今回はかなりしっかりと見られたし)
エタンは股間を隠したまま、真っ赤になってブルブルと羞恥に震えた。
リゼットが平然としていることがせめてもの救いだが、それはそれで男として釈然としないモノを感じる。
多感な思春期の男の子心であった。
結局、二人がかりで探してもエタンの服は見つからなかった。
「しかたがないから私の上着を貸してあげるわ」
だがリゼットの上着では小柄なエタンでもお腹の下までしか丈が届かなかった。
エタンは真っ赤になって叫んだ。
「これじゃ大事なところが丸出しだよ!」
「そうね。なら木の実の入った籠を前に抱えていけばいいんじゃない?」
「どのみち後ろから見たらお尻が丸出しじゃないか!」
結局、森の入り口までその格好で帰り、リゼットが先に村に帰ってエタンの服を取って来ることになった。
「もう。手間かけさせないでよね」
「ご・・・ごめん」
しょぼくれるエタン。森を吹き抜ける風が彼の股間を吹き抜け、袋がキュッと縮こまる。
(どうしていつもこうなるんだろう・・・)
リゼットが無事だったのは嬉しいが、どうせなら素直にそのことを二人で喜び合いたい所だった。
エタンは裸足で歩く足の痛みと、むき出しの股間の頼りなさにへっぴり腰になりながら、前を歩くリゼットに付いて行くのであった。
次回「Fight.3 男の意地!男女対決」




