その5 流血試合
謎の実況が解説のスイープ土壁さんに尋ねた。
『解説のスイープ土壁さん、この試合は金網デスマッチとなりますが、土壁さんも金網デスマッチで戦われたことがありますよね。いつもの試合と何か違いはあるのでしょうか?』
『お前ら単に金網で囲まれただけじゃんとか思ってんだろ? 全然ちげぇんだよ』
それはそうと、先日の闘いの時もそうだが、この実況はどこで行われているのだろうか?
『まずレフリーがいねえだろ? 反則を止めるヤツがいねえんだよ』
『そうですね。それにプロレスのルールでは5秒以上の反則は禁止されています』
『おお、それよ。それに金網に邪魔されてリングの外に逃げられねえ。ずっとリングの上で戦わなきゃいけねえんだよ。さらにレフリーがいねえってことは――』
『レフリーがいなければロープエスケープもできませんよね』
『・・・お、おう。分かってんじゃねえか』
どうやらスイープ土壁さんは言いたいことを先に言われてしまったようだ。
『テメエ、分かってんなら俺に聞いてんじゃねえよ!』
『あ、ちょっ、スミマセン。』
どうやら解説のスイープ土壁さんが、照れ隠しに実況に襲い掛かったようだ。
ゴツン、ゴツンとマイクが何かに当たる音がする。
「ハハハハハハ!」
四方を高さ3mもの金網に囲まれたエメラルドグリーンのマットの上。
突然笑い出した魔人エルガルガルに、グレートキングデビルは訝し気に首を傾げた。
「これでオレの 風の檻を無効にしたつもりかァ? お前バカじゃないのかァ」
魔人エルガルガルは意識を集中した。
足に風の魔法の力が集まる。
フワリ
再びエルガルガルの体が浮き上がった。
エルガルガルはそのままフラフラとロープに近づくと・・・
ヒュン! ガシャン!
エルガルガルが風を纏った足でロープに軽く触れたと思った瞬間、エルガルガルの体は目にも止まらぬ速さで移動、瞬時に対角線上の金網へと飛び移っていたのだ。
おお~っ! 観客のどよめきが上がる。
『魔人エルガルガル! 凄い速度で一瞬にして金網にしがみついたー!』
ここで実況が復活。どうやら放送事故にならずに済んだようだ。
『魔人エルガルガルは、足に纏わせた風魔法の反発する力で高速移動を可能にする模様!』
ガシャン。
金網から手を離して飛び降りる・・・かと思いきや、そのまま何も無い空中に留まるエルガルガル。
「自分から檻に閉じ込められるとはなァ。こんなバカ初めてみたぞ」
エルガルガルはニヤニヤ笑いながら鎧に触れた。
ジャキン!
鎧から刃が飛び出す。
『おーっと、エルガルガルの鎧には刃物が仕込まれていた! エルガルガルが鎧に触る度に刃が飛び出して来る!』
『オイオイ、アイツどれだけリングに凶器を持ち込んでやがるんだ? 全身刃だらけじゃねえか』
解説のスウィープ土壁さんの言う通り、今やエルガルガルは全身刃物に覆われている。
「オレはデカいヤツが好きなんだよなァ。なにせ切り刻み甲斐があるからなァ」
エルガルガルが空中で笑うと全身の刃物がガシャガシャと音を立てる。
グレートキングデビルは「はん!」と鼻を鳴らした。
「俺はチビは嫌いだぜ? どこに行ったのか見つけるのに苦労するからな」
グレートキングデビルはそう言うとキョロキョロを辺りを捜すジェスチャーをした。
エルガルガルの額に青筋が立った。
「死ね!」
リングの上のグレートキングデビルにエルガルガルの猛攻が襲い掛かる。
ガシャン! ザシュッ! ガシャン! ドシュッ! ガシャン! ザクッ! ガシャン!・・・
たちまちのうちにグレートキングデビルは切り刻まれ、全身を血に染める。
「キャアアアッ!」
悲惨な光景にリゼットが甲高い悲鳴を上げた。
観客からも大きな悲鳴とどよめきが上がる。
『エルガルガルの狂器攻撃! グレートキングデビル、エルガルガルのスピードになすすべがありません!』
ハハハハハハッ!
エルガルガルの笑い声と、ガシャン!ガシャン!と金網を揺らす音、そしてグレートキングデビルの肉体が切り刻まれる音が響く。
リゼットは顔面蒼白だ。今にも意識を失いそうになっている。
ぐらり・・・
ついにグレートキングデビルの体が傾いた。
「バカが、死ね!」
エルガルガルが獰猛な笑みを浮かべた。
ふらりと顎を上げたグレートキングデビル。その喉元目がけて、エルガルガルのとどめの一撃が迫る!
だがそれはグレートキングデビルの誘いだった。
グレートキングデビルは足を踏ん張ると体を起こし――
ドシュッ!
鍛え上げられた大胸筋で喉元を狙った刃を受け止めたのだ。
「な・・・なにィ?!」
驚愕に一瞬動きを止める魔人エルガルガル。
彼の目が捉えたのは振りかぶられたグレートキングデビルの太い腕だった。
ドシイッ!
『決まったーっ! グレートキングデビルの剛腕ラリアット! エルガルガルは相手の喉を狙って逆に喉に攻撃をくらってしまった!』
『おう、今のはいいんじゃねえか? かなり効いたと思うぜ!』
ワアアアアッ! 観客?の歓声が上がる。
「キャアアアッ!」
リゼットも黄色い声援を送る。
これぞラリアットの中でも最も難易度の高い、「食らった攻撃を我慢してからラリアット」である。
攻撃が決まったと油断した相手に対し、意表をついた形で叩き込まれる攻撃の威力は、プロレスファンの中では「相打ちラリアット」よりも上と考えられている。
同時にマットに倒れこむ二人。
だが先に立ち上がったのはグレートキングデビルであった。
そう、プロレスは「後出し有利」。食らった攻撃を我慢してからラリアットは、こちらの攻撃の方が後に当たるため、相手より先に行動する事が出来るのだ。
エルガルガルの胸元に、体重を乗せた肘打ちを叩き込むグレートキングデビル。
グレートキングデビルのエルボードロップだ。
エルガルガルは息が詰まり、呼吸困難におちいった。
(バ・・・バカな。これだけ出血しておきながら、なんでこんな力があるんだァ)
彼に切り刻まれた獲物は、自らの出血に戦意を失い、哀れに逃げ回る事しか出来ない。そのはずであった。
だがグレートキングデビルは、流血してなお闘志が湧き上がり立ち向かってくる。
エルガルガルかつてない展開に混乱していた。
もしエルガルガルが有名なプロレスシミュレーターゲーム、「ファ〇ヤープロレ〇リング」を知っていれば、決して混乱したりはしなかっただろう。
「ファ〇ヤープロレ〇リング」通称「ファ〇プロ」には「流血」というパラメーターがある。
普通、流血した選手は体力や呼吸の回復にマイナス補正が付くが、中には流血時に不屈の闘志で攻撃力が上がる選手もいる。
そしてもちろん、我らがグレートキングデビルも流血時に攻撃力が上がる選手の中に含まれているのである。
「ファ〇プロ」のデーターが現実に則していることは、プロレスキッズなら誰もが知る周知の事実であり、歪めようのない真実でもある。
グレーター司馬山には技がかけられないのも、ヴィクトリア武蔵川がラリアット以外の技耐性が軒並み高いのも、全て事実に則しているのだ。けっして「ゲームだから」ではないのである。
『おーっと、エルガルガル、全身の凶器をしまった!』
刃をしまうと体を丸め、咳き込むエルガルガル。
全身に刃を配置してしまった弊害で、あの状態では自分の喉を押さえることも出来ないのである。
そんな対戦相手のスキを見逃すグレートキングデビルではなかった。
グレートキングデビルはエルガルガルの背後からにじり寄ると、腰の位置でクラッチをした。
ガシッ
グレートキングデビルはエルガルガルの胴体を抱くと、背筋に力を込める。
エルガルガルがハッとする間こそあれ。そのまま抱え上げると、「むん!」。体を反らして背後に投げ捨てた。
グレートキングデビルの投げっぱなしジャーマンだ。
首からリングに落ちるエルガルガル。
激痛に呼吸も出来ず、リングの上をのたうち回る。
自分の膝で鼻の頭を打ったのかダラダラと鼻血まで流れている。
「ひ、ひいいいっ!」
他人に血は流させても、自分の血が流れるのは苦手なのか、エルガルガルは這うように逃げ出した。
どうやら完全に戦意を喪失してしまったようだ。
だがこれは金網デスマッチ。リングは金網に覆われ、下りることは出来ない。
そして動揺のためか、足に風の魔法を纏わせて空を飛ぶことも出来ないようだ。
ドン! ドン! ドン!
グレートキングデビルが腰をかがめると足踏みをする。
ドン! ドン! ドン!
合わせて足踏みをする観客?。リゼットもリズムに合わせて足踏みに参加する。
会場?の異様な雰囲気に、エルガルガルは怯えた表情で慌てて振り返る。
この時初めて彼は理解した。この檻に閉じ込められた哀れな獲物は自分の方だったと。
いつまでも立ち上がらないエルガルガルに焦れたグレートキングデビルは、待ちきれずにダッシュ。
その巨体が宙を舞い、コーナーにすがりついていたエルガルガルの顔面を両足で捉えた。
グレートキングデビルの串刺し式低空ドロップキックである。
ワアアアアアッ 沸き立つ観客。
『グレートキングデビル、コーナーのエルガルガルに串刺し式の低空ドロップキック!』
『オオ、エルガルガルがたまたまコーナーにいたからあの技を喰らっちまったんだな。あれは効くぜェ~』
鼻骨が折れてしまったのか、鼻血が止らないエルガルガル。
だがレフリーストップはない。これは完全決着式の金網デスマッチなのだ。
まあ、そもそもエルガルガルはレフリーの存在も知らないのだが。
グレートキングデビルは倒れたエルガルガルの鎧の胸元を掴むと、無理やりグイッっと立たせる。
鎧を着込んだ大の大人を片手で持ち上げるとは、なんという膂力であろうか。
エルガルガルはとめどなく鼻血と涙を流しながら、絶望の表情でグレートキングデビルを見上げる。
彼の目にはグレートキングデビルが右腕を高々と掲げる姿が映っていた。
次回「勝利者インタビュー」