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その4 金網デスマッチ

 森の中、全身甲冑の小太りの男が一人、仮面に手を当てて佇んでいた。

 肌の色は紫。銀の髪に金の瞳、頭にはねじれた一本角。


 先日、ハーパライネンの町を滅ぼした、例の魔人である。


 仮面は魔人が魔獣を使役する際に使う魔道具だ。

 男は目元を隠す仮面を使って、魔獣を操っている最中だった。


「ああ、弱ったなァ。どうもオレは魔獣の制御が苦手だァ」


 男の視界には魔獣の目が見た景色が映っている。

 魔獣は素朴な服装の少女を追いかけているようだ。

 男は魔獣に人間の集落を探すように命じていた。決して少女を追い回すように命じていた訳ではない。

 どうやら男は魔獣を制御出来ていないらしい。


 人類にとって圧倒的な強者となる魔人だが、当然彼らにも得手不得手という物がある。

 先日、ペリヤ村を襲った魔人ナナナイタは、複数の魔獣を同時に操り、完全に支配下に置いていた。

 だが、この魔人は、魔獣の支配を苦手としているようだ。どうやら一匹の魔獣すらコントロール出来ていないようである。


「まあ良いかァ。もう一人子供がいたし、あっちを追えば人間の集落に着けるだろう」


 もう一人の子供とはエタンのことである。

 どうやら魔人は、完全に魔獣の制御を諦めたらしい。


 魔獣は魔人によって生み出された魔法生物だが、生物である以上、命を奪い肉を喰らう。

 だが実のトコロ、魔法生物である魔獣は、食事をとらなくても魔力さえあれば生きていけるのだ。

 生き物の命を奪って喰らうことは、魔獣にとっての本能――狩猟本能を満たすためのゲームに過ぎないのである。


「適当にいたぶり殺して満足したら、オレの言う事も聞くだろう」


 魔人は仮面から手を離そうとして――ふと視界の端に映ったモノに気が付き、その手を止めた。


「なんだあれはァ」


◇◇◇◇◇◇◇


 リゼットは必死に森の中を逃げていた。

 心臓は破れそうな程に早鐘を打ち、肺は僅かでも酸素を求めてゼイゼイと喘いでいる。

 手足はいつの間にか草木で切れ、うっすらと血がにじんでいる。

 明日になれば青あざだらけになっているだろう。

 もちろん無事に明日を迎えられる可能性は、限りなくゼロに等しいのだが。


 魔獣はその狩猟本能の赴くまま、獲物をいたぶりつくして殺すことにしたようだ。

 魔人のコントロールが甘いことが、逆にリゼットに幸いしたようだ。

 そうでなければ、リゼットはすでに魔獣の魔の手にかかり、はらわたを溶かされた屍になっていたに違いない。

 もっともそれは、彼女の恐怖を長引かせる結果にもなっているのだが。


 リゼットの限界はもう間近に迫っている。

 魔獣は高まる期待を抑えきれずに、口の端から涎をダラダラと流している。


 あっ!


 遂にリゼットの疲労が限界を迎えてしまったようだ。

 足がもつれ、彼女の体は勢いよく地面に投げ出される。

 幸い森に積もった腐葉土がクッションになったようで、大きなケガはしていないようだ。

 しかしホッとするのも僅かな時間。

 彼女の背後から、死を呼ぶ獣が襲い掛かろうとしていた。

 魔獣がリゼットにのし掛かかろうとした正にその瞬間だった。


 ビクリ!


 魔獣が突然何かに反応して、その動きを止めた。

 魔獣はパッと身を翻すと、落ち着きなく周囲を見回した。

 この時になってようやくリゼットも気が付いた。

 どこからともなく流れて来る荘厳な音楽。


 リゼットの目が驚きに見開かれた。

 そう、彼女はこの曲を知っている。

 先日、村が魔獣に襲われた日に聞いた、あの音楽だ!


「俺はココだ!」


 男の声に、リゼットと魔獣ははじかれたように大きな木を見上げた。

 枝の上に立つ謎の大男。

 頭全体を覆うデザインのマスク。

 服装はラメ入りのガウンを纏っている。

 だが、ガウンの下は黒いパンツ一枚の、鍛え上げられた肉体であることをリゼットは知っている。


 そう、彼こそは日本プロレスマットの上で数多の名勝負を演じた、伝説的なヘビー級レスラー。

 そして先日リゼットの村を襲った魔人ナナナイタを打ち破った破壊の権化。

 異世界アルダの人類を救うために地球の神が遣わした救世の英雄。

 最強の覆面レスラー・グレートキングデビルその人なのだ!




 音楽のテンポが一転、アップテンポなリズムに変わる。

 勇ましい。体が自然と動き出しそうな、魂を揺さぶるリズムだ。


 G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 どこからか合の手のようなコールが聞こえてくる。


 バーン!


 突然の爆発音に魔獣がビクリと反応する。

 リゼットの風の魔法では何も感じなかった魔獣がこの反応。

 グレートキングデビルの威容に完全に呑まれているのだ。


「とうっ!」


 コーナーポストの上から――ではなく、高い木の枝の上から、魔獣めがけて飛び降りるグレートキングデビル。

 魔獣は蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ない。


 グシャッ!


 グレートキングデビルの巨体が魔獣の頭の上に着地した。

 グレートキングデビルのフットスタンプである。

 魔獣はグレートキングデビルの足に頭を踏み抜かれて絶命した。

 だが、日頃、華麗な技を見せるグレートキングデビルにしては、フットスタンプとはまた珍しい技を出したものである。

 現役時代にも見た事はない。

 ここ異世界アルダで新たな引き出しを開けたということだろうか?

 いや違う、グレートキングデビルは「あ、ヤベ」と小さく呟いている。

 どうやら普通に着地しようと飛んだところ、うっかり距離感を誤って相手の頭の上に飛び降りてしまったようだ。


 魔獣は紐がほどけるようにその姿を崩していった。

 残ったのは魔獣の残骸である黒いブヨブヨした塊。そしてその上に立つグレートキングデビル。


 G・K・D! G・K・D! G・K・D!


 観客?は、未だに入場テーマに合わせてコールを続けている。

 しかし、対戦相手となる魔獣はもういない。

 どうする? グレートキングデビル。観客の期待に応える術はあるのか?


 マスク越しにもハッキリとグレートキングデビルの焦りが分かる。

 しかしグレートキングデビルも百戦錬磨の古強者。この手のアドリブも手慣れたものだ。

 バサッ! 大きくガウンを翻すと鍛え抜かれた肉体美を露わにする。


(キャー! やっぱり裸じゃないの!)


 今回は間近でその肉体美を目にしたリゼットは、真っ赤になりながらも吸い寄せられたように目が離せない。

 心臓がドキドキして今にも喉から飛び出しそうだ。


(やっぱりエタンの裸とは違うわ) 


 リゼットは分厚い肉体の持つ圧倒的な存在感に声も無く魅入られた。

 グレートキングデビルはそんな彼女を振り返ることもなく、少し開けた場所に手を向ける。


「リングカモン!」


 グレートキングデビルの掛け声でチートスキル「環境魔法」が発動。

 森に突然プロレスリングが出現する。

 マットの色はエメラルドグリーン。「プロレスリング・エメラルドグリーン」のリングである。


 ヒラリ


 グレートキングデビルはリングに上がるとその中心に立った。


「いるのは分かっているぞ、猛獣使い! 決着を付けてやるからリングに上がってこいやーっ!」


 わあああっ! 何の決着のことを言っているのかは分からないが、素敵なマイクアピールに謎の観客の歓声が上がる。

 グレートキングデビルは手を叩いて観客を煽る。

 観客はグレートキングデビルの手に合わせて手拍子を打つ。


「一体何だァ、この雰囲気はァ」


 森の奥から鎧姿の小太りの男が出て来た。紫色の肌に銀の髪。魔人である。

 魔人はこの謎展開に付いていけていないようだ。

 グレートキングデビルは、「しめた!」とばかりに相手を挑発をした。


「オイオイ、ノリの悪い奴だな。テメエも銀髪ポニーテールの仲間だろうが。仲間の仇をうちたくねえのか?」


 グレートキングデビルは「アアッ?」とか「オオ?」とか適度にオラ付きながら魔人を煽る。


「銀髪ポニーテールだァ? ひょっとしてナナナイタのことを言っているのかァ?」


 魔人が剣呑な空気を漂わせる。どうやらグレートキングデビルのアドリブがクリティカルヒットした様だ。

 グレートキングデビルはレスラーパンツの中に手を突っ込むと「キャア!」――リゼットの叫び声を受けながら、二本のねじれた角を取り出した。

 それはそうと、どこに入れているのだグレートキングデビル。そしてどうやってそんな大きな物をパンツに入れていたのだグレートキングデビル。


「ああ。コイツの持ち主だろ?」

「そ、それはナナナイタの魔力増幅器官!」


 魔人の目が驚愕に見開かれた。

 角は魔族にとって命の次に大切な魔力増幅器官である。

 それを失ったナナナイタは死んだか、死んでいないとしてももはや魔人としては死んだも同然である。

 魔人の目に怒りの炎が宿った。


 魔人はフワリ。空を飛んでリングの上へと上がる

 おお~っ。謎の観客からも驚きの声が上がった。


「今決めたぞ。お前はなぶり殺しにしてやる」


 魔人がそう呟いた途端、突然、リングを中心に囲むように風が吹き荒れた。


「これは・・・」


 さしものグレートキングデビルも驚いて辺りを見渡した。


「オレのオリジナル魔法、風の檻(ウインドケージ)だァ。オレはかつて一度もこの檻に囚われた相手を生かして逃がした事はねえ」


 グレートキングデビルは恐れおののき――などということは当然なかった。


「これが檻だと? ならばお前に本当の檻という物を見せてやる」

「何ィ?!」


 グレートキングデビルは手を上げると、スキル「環境魔法」を発動。

 リングの周囲、ロープのすぐ外に音を立てて金網が立ち上がる。

 高さはコーナーポストより上、3mほどの高さだろうか。

 リングの外に立つリゼットからは、一瞬でリングが金網に囲われたように見えた。


「おおっ?!」


 突然の変化に驚く魔人


「これがプロレス界の檻。そしてこの檻で行われる試合こそが”金網デスマッチ”だ!」


 わあああっ! この派手な演出に観客もヒートアップ。歓声が森に響き渡る。


 カーン!


 ここでどこからともなく、試合開始のゴングの鳴らされる。


『さあ、本日はここペリヤ村近くの森特設リングから、グレートキングデビル対魔人エルガルガル、時間無制限一本勝負をお送りいたします』


 そしてどこからか謎の実況中継が聞こえてくる。魔人の名前はエルガルガルと言うらしい。


『解説はスイープ土壁さんでお送りします』

『オウ! よろしくな』

次回「流血試合」

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