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プロローグ ある覆面レスラーの引退

 今日、とある病院で一人の男に”死”が宣告された。

 ”死”とは言ったが、実際に命を失うわけでは無い。

 しかしそれは男にとって死の宣告に等しい内容であった。


「現代の医学では貴方にこれ以上プロレスを続けさせることは不可能です」


 その瞬間、男の大きな体は一回り小さくなったように見えたという。


 『プロレスラー・グレートキングデビル引退』


 翌日のスポーツ新聞の格闘技欄に報じられた記事は、あっという間に世間に広まった。

 それはかつて日本プロレスマット界を席巻した覆面レスラーの引退というショッキングな内容であった。




 プロレスではマスクを被り、正体を明かさない”覆面レスラー”と呼ばれる選手達がいる。

 その源流はメキシコのプロレス、ルチャリブレにあり、ルチャでは多くの選手が覆面レスラーで、その選手達が日本でも人気を博したことから和製覆面レスラーが誕生したと言われている。

 アメリカのプロレスでは大型選手同士の迫力ある戦いが売りだが、メキシコのルチャリブレは小柄な選手が走り回ったり飛んだりするアクロバティックな試合を売りにしている。

 その経緯を汲んでか、日本では覆面レスラーはジュニアヘビー級と呼ばれる体重100kg未満の階級の選手がほとんどで、ヘビー級選手の覆面レスラーはあまり存在しない。(ヘビー級のレスラーが一時期名前を変えて覆面レスラーとして活躍することはある)

 グレートキングデビルは日本のマット界では珍しい、ヘビー級で活躍しながら最後までマスクを脱がなかったレスラーだった。

 元々、悪役(ヒール)として登場したものの、やがて正統派に転身。

 悪役(ヒール)と戦う元悪役(ヒール)

 悪の王、キングデビルを名乗り、リングの上で数多(あまた)の名勝負を演じた。

 しかし、その過激なファイトは次第に彼の体を蝕んでいった。

 近年は巡業(ツアー)を休み、入退院を繰り返すまでになっていた。

 そして今日、遂にドクターストップが告げられたのであった。


 彼の所属する団体、「プロレスリング・エメラルドグリーン」のオフィシャルホームページには情報を求める多くのファンが殺到した。


 もう一度グレートキングデビルの試合が見たい。

 ファンはいつまででも待っているから諦めないで。


 そんなファンからの熱い声援に、誰よりも辛い思いをしていたのは他でもない、グレートキングデビルその人であった。


 彼は今、所属するプロレス事務所から家に向かって歩いている。

 退団のための手続きをした帰りである。

 いつもなら車を使うが、今日は歩きたい気分だった。

 練習のために道場に置いていた荷物は、すでに宅配便で自宅へと送っている。

 残っているのは、彼の手に握られたグレートキングデビルのマスクだけだった。


「――分かっている。俺だって、まだまだグレートキングデビルとして戦いたいんだ」


 だが、体はいうことを聞いてくれない。


 生まれ変わってもう一度ケガのない体でやり直せたら・・・


 そんな益体のない考えまでもが浮かんでくる。


 その時、彼はふと目の前の道路に目を向けた。

 次の瞬間、彼の目は驚愕に見開かれた。

 彼の目の前――ほんの数メートル先で男の子がふいに道路に飛び出したのだ。

 迫る大型トラック。運転手も男の子も互いに気が付いていないようだ。


「危ない!」


 男は道路に飛び出した。

 考えての行動ではない。

 鍛え上げられた体が目の前の命を救うために反射的に動いたのだ。


 タイミングはギリギリだった。

 子供は助かるかもしれないが、男は命を失うだろう。

 そんな際どいタイミングだった。


 それは運命のいたずらだった。

 突然強い風が吹き、男の手からグレートキングデビルのマスクを奪い取った。

 風に舞ったマスクは、まるで吸い寄せられたようにトラックのフロントガラスに張り付いた。

 運転手は驚いて咄嗟にブレーキを踏む。男の子も大きなブレーキ音に驚いて飛びのいた。


 偶然の上に偶然が重なった。

 ギリギリでトラックは男の子をかすめて停車した。

 男は男の子を抱きしめ、安堵の息を吐いた。


 だが、この時誰も気が付いていなかった。

 男の子の命を救った真の功労者――グレートキングデビルのマスクがどこにも見当たらないことを。


 マスクは一体どこに消えたのか?


 その答えは文字通り神のみが知っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 我々人間の住むこの宇宙のことを「風輪(ふうりん)」と呼ぶ。

 風輪(ふうりん)とは虚空間に浮かぶ巨大な円盤状の世界である。

 その風輪(ふうりん)の上には、我々には観測の出来ない高次元空間「水輪(すいりん)」が存在している。

 さらに水輪(すいりん)の上には、より高次元の空間「金輪(こんりん)」が存在し、その中心には高さ56万kmの「須弥山(しゅみせん)」がそびえ立っている。

 須弥山(しゅみせん)はこの宇宙の中心であり、神の住まう領域である。


 その須弥山(しゅみせん)の山頂。霞のごとく神気漂うこの場所に、ポツンと佇む一軒の東屋。

 白いゆったりとした服を身にまとった好々爺が、困った顔で頭を抱えていた。

 この老人こそがこの世界の神、その人であった。


「参ったのう。なんでこうなってしまったのか・・・」


 神は目の前の小さな布を見てため息をついた。

 黒地にラメの入った派手な布。この小さな布こそ、先程我々の世界から姿を消したグレートキングデビルのマスクである。


「本当は彼が子供を助けるはずじゃったのに」


 そう。今の言葉からも分かる通り、実はあの事故は神が仕組んだ”試練”だったのだ。

 男が身を挺して子供を助けて死ぬことで、男の魂は功徳を積み、この空間に――神の住みたもう場所に訪れる。そうなる予定だったのである。


 神ともあろう存在が、なぜ人の命を奪うような試練を用意したのだろうか?

 決まっているではないか。異世界転生をさせるためである。


「もうアルダの神には約束してしもうたしのぉ~。どうすれば良いモノかのぉ~」


 異世界アルダの人類は今、滅びの危機に瀕していた。

 虚空間から現れた「混沌」に支配された「魔族」の侵攻によって、人類の命運が尽きるのはもはや時間の問題であった。

 異世界アルダの神は他の「須弥山」の神々に救いを求めた。

 その声に答えたのが我々の世界の神の一柱、つまり今頭を抱えているこの神であった。


 神の取った方法は、「日本人にチートスキルを与えて異世界アルダに転生させる」というものだった。

 なぜ日本人なのか? 

 理由は色々とあるが、異世界転生に憧れがあって心理的な抵抗が少ない国民であることが最終的な決め手となった。

 素直で人の言うことを聞きやすい国民性も都合が良かった。

 過去には「お前は信仰する神(アッ〇ー)ではない! さては神を騙り私を堕落させようとする悪魔だな!」などと言いだす人間もいたのだ。どこの国の人間かは言わないが。

 トラックにひかれて死ぬのも、その方が選ばれた本人も状況が理解しやすいだろう、と考えての事である。

 つまり、「よくあるパターンだから受け入れやすいに違いない」、という神のお計らいだったのである。



 本来なら男は神からチートスキルを授かり、異世界転生を果たすはずであった。

 そして、成長した暁にはリングの上で戦った経験とチートスキルを駆使して、「魔族」の侵攻から異世界アルダの人類を守る勇者になるはずだった。

 神は入念に準備を重ね、ついに今日、計画を実行に移したのである。


「それがどうしてこういうことになったのやら・・・」


 そう、身を挺して男の子の命を救ったマスクが(・・・・)、試練を達成したことで転生の条件を満たしてしまったのである。


 神は目の前のマスクを手に取った。

 そしておもむろに頭に被った。


 目の前にレスラーのマスクがあれば被ってみたくなる。


 それは人間だけではなく、神にも通じる真理であったようだ。


「ワシ、もう知らん。なるようになれじゃ」


 神はマスクを脱ぐと、手の中のマスクに力を込めた。

 マスクは光りを発したかと思えば、風も無いのにフワリと浮き上がり、やがて虚空にその姿を消した。


「一応、用意しておいたチートスキルは込めておいたからの。後は見つけた者がどうにかするじゃろうて」


 そう言うと神の姿はかき消えた。

 物質に干渉することは、神の力をもってしても負担が大きいのである。

 今後数百年は実体を持つことは出来ないだろう。


 そしてこの空間には何も無くなった。光も無く闇も無い。

 ただ存在だけが満ち溢れた、本来の姿を取り戻したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 こうしてグレートキングデビルのマスクは我々の世界から姿を消した。


 次に姿を現すのは魔法の存在する異世界。


 そこは人類が魔族の侵攻におびやかされている異世界アルダであった。

次回「Fight.1 再誕!異世界デビュー戦」

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