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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
97/243

97_1と8、それとガンマン


「なんであの不殺剣士が役者に」


カーバンクルが怪訝な口ぶりで言った。

同感だ、と思いつつ田中はチラシを隅々まで読み込むが、演劇の簡単な概要が書いてあるだけだ。

キョウが何故そんなことをやっているかなどは、当然書かれていなかった。


「まぁ、この場にいるのはわからなくもないかもね。

 彼女は君にゾッコンで、しかも聖女の中でも第四聖女は情報を掴みやすい」


言いながらも、しかしカーバンクルは納得していない口ぶりだった。

当然だろう。だって意味がわからない。

キョウとは“たまご”で別れたっきりだった。

そして何時かまた会うだろうとは思っていたのも事実であるのだが……


「行ってみるかい?」

「は?」

「だから、せっかくやってるんだ? いってみるのもアリじゃないかい?」


カーバンクルが不敵な笑みを浮かべて言った。


「でも、任務中だろう?」

「どうせしばらくは待機、すなわちは暇だ。だったら行ってもいいだろう?

 あの不殺剣士が大根だかハムだかを演っているのをさ」

「だけどな」


田中は戸惑いつつ答えようとしたが、ふとその時、


「そこの異端審問官!」


不意に響き渡った大きな声で遮られた。


顔を上げると、そこにはロングコートを羽織った男がいた。

鳶色の髪をした美丈夫であり、その足元には白い猫が座り込んでいる。


「その演劇だが、どこでやっているのか知らないか?」

「誰だ、お前は」

「俺か! 俺はしがないガンマンだな!」


そう言いながら彼は懐から銃を抜き去り、くるくると指で回し始めた。

田中は目を丸くする。

その黒光りする銃は、田中にとっては偽剣ソードレプリカなどよりも余程現実味があった。


「落ち着きなさい。あんなもの、現実じゃただのオモチャよ」


カーバンクルが耳元で囁いた。

どちらかが現実だ、と言いそうになるが、しかしそれ以上に突如現れたこの男が理解できなかった。


「ふふふ……銃と硝煙の物語でないのが残念だが、しかあし逃げ隠れしつつも、待っていた甲斐があったもの」


一体何を言っているのかわからず、田中が当惑していると、足元の猫がその爪で男の足をひっかいた。


「ぬぅ! おいサアよ、一体何をする」


彼は痛そうに足を抑えつつ、サアというらしい猫に呼びかけていた。

しかし猫は「にゃあ」と呆れたように言うだけであった。


「演劇なら、そこの劇場でやってみたいだね」

「ふむ、そうかそうか」


猫と戯れつつ、男はカーバンクルに手を上げて返礼を示す。


「ありがとう! さらば!」


そう快活に言って彼は去っていく。

後を追って白い猫もまたその後ろを追っていくのだった。


「なあに? あれ?」

「さあ」


田中とカーバンクルは顔を合わせた。








「ふふん」

「機嫌良さそうね、ヴィクトル」

「どうやらあの異端審問官、俺のことに気づいていない。というか伝わってもいなさそうだ」


男、ヴィクトルは明朗な眼差しでサアを見下ろす。


「確かになんてことない雰囲気だったけど、よく話しかける度胸があったわね」

「そりゃそうさ、サア。俺の変装はバレない」


機関車での戦闘ののち、当然派手にやらかしたヴィクトルは姿を隠す必要があった。

しかしそこは心得ていた故に、彼は聖女を取り逃がしたと知るや否や、すぐに目だない恰好へと姿を変えた。


「……変装というか、脱いだだけじゃない」


その声には呆れた想いが滲み出ている。

実際、ヴィクトルは変装といっても何か特殊なことをやった訳ではない。

普段の恰好があまりにも奇矯過ぎるため、周りにはそちらが印象に残ってしまい、脱いだ彼にはまず気づかれない。

そうしてうまいこと機関車内をやり過ごし、下車したという訳だった。


「でもまぁ、アンタにしては意義あることしたじゃない。敢えて異端審問官に近づいて反応を確かめるなんて」

「あの男女、こんなところをぶらぶらしているってことは、恐らく向こうも聖女様の居場所はつかめてない」

「朗報という訳ね。あいつらが合流する前に聖女を叩けばいいってことでしょ? 時間との勝負ね」 

「ああ、そういう訳だ」


意気揚々とした足取りで、ヴィクトルは歩いていく。

その先には先ほど教えてもらった劇場が立っていた。


「……やっぱり劇見るの?」

「当然だ、サアよ」

「時間との勝負なのに……」

「俺のやる気が下がる方が問題だ」

「仕事片づけてからの方がいいんじゃない」

「物語は常に現実を超越する」


にゃおん、とサアが鳴く。

ヴィクトルは彼女に笑いかけたのち、銃をくるくると回しながら劇場へと足を運ぶのだった。

演劇『海に竜の名を二度唱えよ』の時間が迫っていた。




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