96_1と8は(再)
「はぁ? またいないのか」
カーバンクルは目を丸くして言った。
対する商人の小鬼は長身の彼女を見上げつつ、棘のある口調で数日前に起こったという出来事を説明する。
いわく、“教会”の異端審問官たちは、言語機関車内であろうことか戦闘行為を行ったこと。
いわく、彼らは翼人と共に侵入した偽剣使いと交戦、周りの周辺物を破壊しながら逃げていった。
いわく、あまつさえ商人ギルドが保有していた試作魔術兵器を強奪して行ったとのこと。
いわく、我々は正統なる補填として“教会”に多額の請求を行う権利がある、とのこと。
「……あー、わかったよ。わかった。
そいつは“教会”の方が責任を持って補填をする。“十一席”の10《ツェーン》って奴が何とかしてくれる筈だ」
カーバンクルはげんなりした顔で言った。
小鬼が提示した額面の価値が田中には掴めなかった。
とはいえまたあの10《ツェーン》が苦労することになるのだろう、と自然と同情的に考えている自分がいた。
とにかくカーバンクルがそう答えると、小鬼は朗らかに笑った。
そして物質言語、つまりは日本語ではない言葉で何か言って関車内に戻っていった。
田中には意味がわからなかったが、しかしその快活な物言いから満足したようだった。
実は相当にふっかけた額面だったのかもしれない。
「さてさて、どうしようねぇ、田中君」
カーバンクルが頭を抱えて言った。
田中とカーバンクルは、7《ジーベン》たちが高速旅団と共に時計塔の街から離脱したのを知り、それを先回りする形で次なる停泊所に来たのだが。
「……前に見たいにメッセージはないのか?」
「ないみたいだ。きっと7《ジーベン》たちもそんな余裕はなかったんだろう。
はぁ、ここで情報を漁るしかないのか……? うわー、面倒」
カーバンクルの物言いを受け、田中は周りを見渡す。
そこでは無数の商人たちが行きかっていた。
小太りの中年やら喋る犬やら小鬼やら、さまざまな人種がせわしなく行きかっている。
簡素な造りの宿屋が多くあり、人の出入りが激しそうな街であった。
カーバンクルが言うには、ここは街というよりも、各地の商人や旅人が交流を兼ねて停泊するポイントなのだという。
現代の言語機関による移動手段は、飛ぶにせよ地上を走るせよ、基本的にに幻想の密度によってルートを絞られる。
ここは幻想の流れの合流する場所として、自然と商人が集まってできたのだとか。
その説明を聞いたとき、現実でいうところのサービスエリアのようなものか、と田中は自分なりに解釈をしていた。
「こちらから探しにいくのはどうだ」
「外の荒野を当てもなく歩くのもなぁ……あぁ、でもあれか、7《ジーベン》たちが近くで印でも出してくれれば何とかなるか」
「印?」
「向こうが“見つけてください”って花火上げれば、こっちで探知魔術使えば大まかな位置がわかるはず。
まぁこの辺は合流地点だけあって、幻想が乱れてる上に濃い目だから、探すのに苦労しそうだが」
となると、しばらくは待ち、ということになるのだろうか。
田中は息を吐いた。歯がゆい気分であった。
またしても新たな聖女とすれ違う結果となってしまった。
まだ見ぬ第四聖女。
最弱にして、最も迷惑な、“正義”の聖女。
彼女もきっと、エリスやアマネ、ミオのように弥生と同じ姿をしているのだろう。
「とりあえず何時花火が上がってもいいように、足だけは用意しておこう。
二人だし、その辺でボードでも調達しておくか」
「乗りやすい奴で頼むよ」
田中とカーバンクルはそんなやり取りをしつつ、二人で並んで歩き始めた。
あの時計塔の街以来、ある種緊張を持って、この地にまでやってきたのだが、とんだ肩透かしで終わってしまった。
とりあえず“待ち”ということになりそうだが、どうしたものだろうか。
正直なところ、小鬼にしろ翼人にしろ人間の多い場所は、田中にとっては気分が悪い場所だった。
見れば胸から異様な衝動が湧き出てくる。
鞘から剣を抜き、手近な首を落としたくなる。胴を引き裂きたくなる。翼をずたずたに切り刻みたくなる。
大分“慣れ”てきたと思っていたこの衝動だが、こういう雑多な場所はやはり気分が悪くなる。
特に今回は、“聖女狩り”のお預けを喰らっているようなものなのだから。
「田中君、いや8《アハト》」
不意にカーバンクルが声をかけてきた。
8《アハト》とわざわざ彼女は呼びつけ、たしなめるように、
「私は商人たちにこれ以上ドヤされるのはいやだぞ。それに……」
そこでカーバンクルは少し複雑な、躊躇いにも似た顔を浮かべ、
「私以上に10《ツェーン》に迷惑がかかる。止めなさい」
「……それは確かに、我慢した方が良さそうだな」
あの鋭利な視線と薄紅色の髪を思い出し、田中は頷いた。
これは諸々の調整はカーバンクルにお願いして、仮宿にでも籠っていた方がいいかもしれない。
それともカーバンクルが絶対に離れないようにするべきだろうか。
彼女なら田中がうっかり誰かを殺しそうになった時でも、こちらを殺す勢いで止めてくれるだろう。
「あの“雨の街”で落ち着いたのかな、と思ったけどね。根は変わらずか。三つ子の魂百まで、たとえ“転生”しようとも」
「人がいるところがダメなんだ……“たまご”はそういう意味じゃ楽だった」
「なるほどね。とりあえず飯でも食ってお茶を濁そう」
そんな言葉を躱しながら二人は歩いていく。
商人たちが行きかう中、いくつか屋台が設置されていた。
女神の肉たるパンや物言わぬ異物たちの肉が吊り下がっているのが見えた。
かと思えばその隣で偽剣の実演販売を行っている者もいる。
商人や旅人が集まる場所だけあって、雑多で混沌とした雰囲気を漂わせていた。
「結局ねぇ、ひどい時代でも楽しそうに生きる奴はいるのよ。さっきの小鬼みたいにさぁ」
カーバンクルが色々語っているさなか、田中はぼんやりと立ち並ぶ店を見ていると、不意にそれに気づいた。
地面に雑に落ちていた紙を拾い上げる。
それは演劇の宣伝用のチラシのようなものだった。
題名は『海に竜の名を二度唱えよ』で、公演日は今日となっている。
だがそんなことはどうでもよかった。
「ん……どうしたんだい?」
カーバンクルがこちらを覗き込んでくる。
そしてそこに描かれていた演者の女性を見て「ん」とこぼした。
チラシには竜と少女がでかでかと載っている。
その隣に小さく、色素の薄い髪をした少女が、その翼を広げ剣を構えていた。
「あの不殺剣士じゃない」
「キョウじゃないか」
二人の声が重なった。
そして目線を上げると、すぐ近くに木でくみ上げられた簡素な劇場が見えるのだった。




