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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
92/243

92_ゆっくりと厳粛に~買い物~


高速旅団キャラバンにとって言語機関車とは足であり、家であり、街である。

内部には各地を転々とする商人ギルドのほか、劇団や傭兵、魔術師エンジニアなどが集うこの機関車を、動く都市と呼ぶことに異論を唱えるものはいないだろう。


「……なんか樹みたい」


トリエが見上げる先には、このドームの中核に当たる柱がある。

樹のよう、という印象の通り、何十人が取り囲んでも一周できないほどの、巨大な柱だ。

そこを起点として幾多もの細い枝(のように見える通路)が伸び、立体的に重なっていた。

この三次元的な構造によって、使われないデッドスペースを減らしているのだという。


「この機関車には、このドームが連結していて、合計で五個ほど連なっています。

 傍から見ると、荒野に芋虫が走っているように見えるのでしょうね」


隣を立つ7《ジーベン》は囁くように言い、トリエの手を引いて歩き出した。

ドームの中でもかなり上部にあたるその道では、びゅうびゅう、と湿った風が吹いており、時折道が揺れた。

樹に対する枝、にあたる道は繊維状の糸で支えられており、その細さと、高さに恐怖を覚えてしまう。


「墜ちたら死ぬぞ? 聖女であっても、自分では何もできないお主ではな」


竜のアランが意地悪く言った。

ちら、と下の方を覗くと、幾重にも重なった細い道に、多くの人間が行きかっている。小鬼や猫やら多種多様の種族が見えた。


「大丈夫ですよ、今の時代、この機関車内ほど安全な場所はありません。少し気をつけて歩けばいいだけです」


トリエの心情を慮ってか、7《ジーベン》が立ち止り声をかけてきた。


「そうなの……?」

「ええ、外の方がよほど危険です。一方でここはまだ、動いている。動き続けるだけの秩序が存在している」


その表情には柔和な笑みが浮かんでおり、思わずトリエは手を握り返してしまった。

どこかの竜とは違い、紳士的な言動だ。


ちなみに7《ジーベン》は、“教会”のカソックを脱ぎ捨て、どこかから手に入れた白い服に身を包んでいる。

何やらエンブレムが刻まれたそれは、魔術師エンジニアの衣装に共通する、ゆらりとした生地が特徴だ。

そんな恰好に加え、仮面を取っているのだから、異端審問官とは言われなければ気づかないだろう。


「それで買い物じゃないの?」

「その前に仕事です」


そう存外軽い口調で7《ジーベン》は告げ、トリエの手を取ったまま歩き出した。

トリエは困惑しつつも、細い通路を共に進んでいった。


「油っぽい、厭な臭いがする……」

「想念の物質化に伴う異臭です。工房にはつきものですよ」

「工房って……」


トリエは困惑しつつ、周りを見た。

ごみの散乱した床、椅子にはローブが乱雑にかけられ、テーブルにかけられたシーツは元の色がわからなくなるほどに変色してしまっている。

奥の方にはゆらりとした服に身を包んだ者たちが、うんうんと頭を捻っているのが見えた。

7《ジーベン》に手を引かれ連れてこられた先は、魔術師エンジニアの工房であった。


「…………」

「ここで解剖でもされるやもしれんな? この男に」


竜のアランの言葉を受け、トリエは恨めしい気分になった。

この7《ジーベン》という男は異端審問官なうえ、どことなく変人の類のようだ。

そのうえ魔術師エンジニアというか、研究者肌の人間であることは、これまでの生活で掴めた。

あのパンのように、聖女であるトリエの身体も切り開かれるのだろうか。


──だとしても、私にはどうしようもないか。


トリエは息を吐く。

どのみち自分は無力で非力な存在であり、振るわれる暴力には逆らえない。

だからまぁどんな痛みが来ようとも甘んじて受け入れよう。

そういう諦めは、当の昔に済ませているのだった。


「ちょっと失礼」


と、そんな考えに囚われている間に、7《ジーベン》は不意に工房の奥に入っていった。

そして出てきた女性と一言二言言葉を交わしたのち、彼は懐から何かを手渡した。

すると女性は大層喜んだ顔を浮かべている。そこえ7《ジーベン》は何かを呼びかけると、彼女は大きく首を振った。


そんなやり取りを経て、7《ジーベン》は戻ってきた。


「快諾してくれました」

「あいびきって奴?」

「違います。見学という奴です」


真面目な口調で彼は言い、再びトリエの手を引いた。

冗談のつもりだったが、一切通じなかったようだ。


「ここしばらく、この工房で部品集めや偽剣ソードレプリカの整備などを手伝っていました。

 今のもその一環です。それによって、一応の信頼は得ることができた」


作業している魔術師エンジニアの合間を縫う形で、二人は行く。

工房内にいる人間はそう多くなかったが、おのおのが作業を進めているため、思いのほか騒々しく感じられた。


「5《シュンフ》の『ヴァラディオン』も修理もしないといけませんでしたからね……さて、貴方に見せたかったものはこれです」


そうして、工房の奥に置かれていたものを、トリエは見上げた。

銀色の装甲によって丸い核があり、そこに四つの翼が生えていた。

翼にはごてごてと水晶が埋め込まれており、そのアンバランスさが不格好さを助長しているようだった。

フォルム自体は、かつて存在したという竜に酷似しているように思えた。


言語船テクストシップ『弐号』です。こちらの工房で現在調整中の、特殊な船です」

「…………」

「翼に言語機関テクストエンジンを無数に詰め込むことで、相当無理やりですが、自力で幻想リソースを放出し、地上から空へ浮かぶことができます」

「…………」

「まだまだ試作型ですから、完成度は低いですが、短期間、三人ほど乗せるのならば問題ないでしょう」


トリエは黙って7《ジーベン》の言葉を聴いていた。

何故彼がそんなことを自分に教えているのか、尋ねはしなかった。

ただ7《ジーベン》がここにトリエを連れ出してきたのは、これを見せるためであることは、察していた。

ただ、三人、という部分を彼は強調していたのはわかった。


「ここの工房の行き先も単純です。わかりましたね?」

「ええ、まぁ」

「それでは安心です。もしものために、覚えておいてください」

「ねえ、これでさ」


トリエは7《ジーベン》を見上げ、


「これでどこまでも逃げたとしても、最後には、貴方たちに殺されるんだよね? 私」


そう尋ねる。


「ええ、そうです」


7《ジーベン》は柔和な笑みと共に、あっさりと頷いて見せた。


「この百年間続いていた、貴方の物語はここで閉じます」

「気取った言い方、気障ったらしいわ」

「申し訳ございません。よく言われます」

「それに私、百年と言われても、覚えてないわ」


自分と同じ容姿で、自分と同じ境遇の人間が、自分が生まれる前にいたということは聞いていた。

聖女という存在は、死んでは“転生”し、産まれなおすのだという。

とはいえ──それが何だというのだろうか。

結局、前の自分のことまで、面倒を見る余裕はトリエにはなかったし、言われる筋合いもないと思う。


「……でも、この十数年だけで、十分だったかもしれない」

「何がでしょうか?」

「生きることをね、あきらめるのを」


産まれてからこの方、色々な人が彼女を守ろうとした。

そして勝手に何か決心を固め、勝手に命を賭け、勝手に死んでいった。

目の前でいくら返り血を浴びせられたかわからない。

トリエは何もしていない。

ただ彼らが勝手に自分の中で物語を創り上げ、満足して死んでいくのだ。

その姿を見るたび、トリエの心はゆっくりと沈んでいった。


「私、もう貴方を守るとか、貴方を好きですとか、貴方を尊敬します、とか。

 そういう言葉を信じられなくなっちゃった。

 逆に貴方たちみたいな、殺すますとか、ひどいこと言う人は、ああ本当なんだなって、安心できるようになったの。

 それってとても悲しいことじゃない? 同情してくれてもいいと思う」

「この時代、みんなそんなものです」

「そう? でも私の方がかわいそうだと思うわ。

 何一つ本当のものがないんだから。嘘だとわかりながら付き合うしか、ないんだから」


ねえ竜のアラン、とトリエは胸の中で囁いた。


「それも、終わります」

「それって8《アハト》って人が来たら?」

「わかりますか?」

「貴方たちの会話を聞いていれば、なんとなくね」

「彼は聖女の言語テクストを物質化する力を持っている。

 すなわちもう、貴方が転生することはない」

「死んだらどのみち私はいなくから、誰に殺されても一緒よ」

「ふふ……確かにそうですね」


7《ジーベン》はそこで苦笑を浮かべ、工房を見渡しながら、


「結局、同じですよ。私たちだって、聖女を、貴方を殺すことが正義だと言い聞かせている。

 勝手な物語を自ら創って、それで現実と折り合いをつけている」


そう独り言のように言ったのち、7《ジーベン》はまた軽い口調で、


「それでは買い物までいきましょうか、トリエさん」








同時刻、近くの街から飛び立つ者がいた。

翼人に抱えられる形で、荒野を走る機関車へ向けて飛ぶ彼は、ただ聖女のことだけを考えていた。



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