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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
79/243

79_ヴィクトル


燃え盛る時計塔にて、今まさにその男、ヴィクトル・ジュヴネェル・レオリュードは目を醒ました。


「う、ううん……」

「起きなさい、起きなさい。ドンパチはもう始まってるわよ」


耳元で女の声がしたので、彼はうっすらと瞼を開ける。

するとそこには真っ白な毛並みをした猫がいた。


「サア……なんだって?」


猫に対してヴィクトルがそう呼びかけると、彼女は「ニャア」と甘く威嚇するような声を上げた。

と、同時に壁が揺れるのが伝わってきた。幼少期より聞き慣れた偽剣ソードレプリカの戦闘音である。


「もしかして寝ている場合じゃないのか」

「とっくに戦闘は始まってるわよ。というか、もう終わりそうだけど」

「勝ちそうなのか?」

「ぼろっくそ敗けそうにだわよ、もちろん自由軍が」

「なるほどやる気が出てきた」


そもそも本拠地であるこの時計塔が襲われているのだから当然だ。

そのことを察すると、男はすっと立ち上がり、顔を洗い、ベルトを巻き、MTメタテクスト加工のロングコートを羽織ったのち、せっせと髪を整え始めた。


「だからもう戦闘始まってるんだけど」

「なので俺はこうして早々に準備をしているのだ」

「鏡の前でポーズキメて何を言うのよ」

「牝猫のサアよ、お前だってカッコイイ男の隣で戦いたいだろう?」


言うとサアは、ぷい、と顔をそむけてしまった。照れているのだろうと、ヴィクトルは判断する。

剣と、そして“とっておき”を確認し、最後にとんがり帽子を目深に被り、彼は出陣の準備を完了する。


と、次の瞬間、彼の後ろの壁が吹き飛んでいた。


「ほら、言わんこっちゃない。もう敵来ちゃったじゃない」


振り返ると、そこには武装した極刑騎士団の連中がいた。

ヴィクトルは「ふふん」と不敵に笑ったのち、


「さしせまる状況、少々やる気が出てきた!」


ヴィクトルはそう言って、さっそく“とっておき”を使うことにした。

ベルトのホルスターより抜いたものは偽剣ソードレプリカではなかった。

それは“銃”なのだった。手に収まるサイズの拳銃ハンド・ガン

黒光りする銃口をヴィクトルはまっすぐ騎士団に向ける。


「これで仕舞いだ、我が宿敵たちよ」


そして発砲。

が、しかし、当然のように騎士団たちは跳躍ステップで弾丸を避けていく。

というかそもそも弾丸はあらぬ方向に放たれており、避けなくとも当たらなかったのだが。


「何よ! そのオモチャ」

「オモチャじゃないぞ。FNファイブセブンのシングルアクションモデル。

 人形遣いのマリオンに特注させた“とっておき”だ」

「それアンタがこの前見たお芝居の奴でしょ!」


荒ぶるサアの声に「まぁまぁ」とヴィクトルは言う。

その言葉はどれも真実だった。

先日ヴィクトルが見た、銃と硝煙の幻想劇の主人公が使っていた“銃”を、親友に頼み込んで再現してもらったものなのだ。


「こんな幻想リソースがあふれてる場所で、物質フィジカルオンリーの弾なんてちゃんと当たる筈もないじゃない」

「ガンマンはそれでも当てるのさ」

「それはお芝居の中の話でしょ! ここは現実! 剣で戦いなさい剣で」

「剣……つまらない武器だ。ガチャガチャとマシンが動いた方が楽しいだろう?」


騎士団の偽剣使いたちは、ヴィクトルを取り囲むように展開しつつも、互いに顔を見合わせていた。

困惑していたのである。

言動も、武装も、衣装もヴィクトルは何もかもが奇天烈としか言いようがなかった。


が、気を取り直した騎士団の一人が『ルーン・ガード』を構え出す。

何にせよ切り捨てるのみ、と判断したのだろう。そのまま跳躍ステップしようとし、


「欠伸が出る」


その瞬間、彼の身体は真っ二つに切り裂かれていた。

ずるり、と上半身が下半身よりずれ落ち、真っ赤な血が噴き出していた。


「俺はもう抜いてる」


気障ったらしい言い回しでヴィクトルは言った。

その手首にソードリストが巻かれてはいるが、しかしその手に剣はない。

役に立たない銃が握られているだけで、ロクな武装はないのだ。


騎士団はそこで一気に警戒心を高め、彼を強敵ともくろんで近づき、そして──斬られていた。


一人、二人、三人、と騎士団たちが倒れていく。

彼らに狭い部屋の中で逃げる余地はなかった。剣身を一度見ることなく、彼らはいつの間にか死んでいたのだった。


「アーメン」


最後にヴィクトルは架空の神に祈りを捧げたのち、ゆっくりと部屋を後にした。


「行くぞサアよ」


サアは「ニャア」と声を上げ、ヴィクトルについていく。


猫と行く男、ヴィクトル・ジュヴネェル・レオリュードは、傭兵ギルドと契約を結ぶ形で塔に逗留していた偽剣使いであった。

“ガンマン”なる称号を本人では名乗っており、自由軍内部からも気狂い扱いされていたが、その腕一点で存在を許されていた。


が、彼が時計塔の戦いに参戦したときには、既に自由軍は壊滅状態であった。

自由軍の死体があちこちに放置され、軍の象徴たる聖女の紋章も焼かれていた。

徘徊する騎士団を出合い頭に斬り捨てながら、ヴィクトルはまだ生きている味方を探した。


「う、うう……」


そして瓦礫の中に倒れ込む自由軍の男を見つけた。

胸から刃が飛び出ており、致命傷であるのは明らかだったが、まだ息はあるようだった。

もしかすると鬼か何かの地が混じっているのかもしれない。


「大丈夫か?」


まぁ何にせよすぐに死ぬだろうが、とヴィクトルは冷静に分析しつつ、それでも助けるべき味方として駆け寄った。


「う、うぅ、お前はヴィクトルか……」

「すまない。出てくるのが遅れてしまったばかりに、こんなことを!」

「いや……いいんだ。どうせこの戦力差だ。どのみち、俺たちはもう……」


けほ、と男はせき込んだ。

ヴィクトルはその背中をさすってやりつつ、一思いに介錯してやるべきか、と悩んでいた。


「大丈夫か? 苦しいのなら、俺が」

「──聖女様を」


男は苦悶に顔をゆがめつつ、言った。


「聖女様、トリエ様を、奴らに渡さないでくれ。

 絶対に、絶対にだ。彼女は我らの象徴であり、正義の証なのだ──」

「正義か」

「ああ、そうだ。彼女がいるから戦える。だから絶対に他のものには渡さない。

 そうそのハズで……」


言い切ることなく、男は息を引き取った

ヴィクトルはしばしその死体をじっと見つめたのち、ゆっくりと立ち上がった。


「行くか」

「どうするの? 雇い主はもうなくなっちゃいそうだけど」


牝猫のサアが足元から見上げてくる。

ヴィクトルは首を振って、


「死に間際の頼みだ。それぐらい聞かなくてはな、男として、ガンマンとして」


そういって彼は銃の引き金に指をひっかけ、くるくると回し始めた。

劇を見て、何度も練習しただけあって、よどみない動作であった。


「俺は正義などないが、死にゆく者の頼みとあれば承ろう。

 聖女を渡すな。理解した──たとえ殺してでも聖女を守ってみせよう」




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