表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
75/243

75_堕落のエピローグ②


「……別に、アンタは着いて来なくていいぞ」


黙々と歩き続ける田中は、不意にカーバンクルに声をかけた。


「ふむ、変なこと言うんだね」


彼女は楽し気に男性口調になって言った。


「何もないかもしれないのに、着いてくるのかい?」

「仕事だからね。そうそう簡単に投げ出せないのさ」


そう言いながら、彼女は鼻歌を歌いつつ先に進んでしまう。

戻る気はなさそうだった。

ちら、と田中は後ろを振り向いた。何もない道を進んでどれほど経っただろうか。

ずっと青空が続いていることもあり感覚がおかしくなるが、既にヨハンと別れてから相当の時が流れている。


「……もう戻っているさ、あの不殺ちゃんたちは」


カーバンクルが振り返って言った。


「なんだかんだ腕の立つ娘だし、まぁ保護者なしでもひとまず大丈夫だろう」

「俺には別に関係ないさ」

「あるだろ? たぶんまたあの娘、君の前にやってくるよ。

 あの“雨の街”でトドメを刺さなかった時点で、こうなるのは割と見えていただろう?」


それを否定することはできない。

とはいえ、その行いに何か意味がある訳でもない。


殺す必要がなかったから、殺さなかった。

助ける意味がなかったから、助けもしなかった。

何もしてないのと同義な行いに、思うことなど何もない。

そう心の中でまとめた田中は、無言で先を進むことにした。


「私は意外と嫌いじゃないよ、あの不殺娘」


カーバンクルもまたそれに合わせつつ、そんなことを言った。

田中は思わず彼女を見上げ、


「意外だな。アンタがそういうことを言うなんて」

「……田中君は、私のことを何だと思っているんだ」


やれやれ、とカーバンクルは嘆息する。

そんなとりとめのないやり取りを続けながら、二人はただ歩き続けた。







マルガリーテがゆっくりと瞼を開ける。

柔らかなベッドの感触に微睡ながらも、彼女は身体を起こそうとして「うっ」と声を漏らしてしまった。


「あ、ダメですよ、まだ動いちゃ」


その様子を見たキョウは椅子から立ち上がり、彼女の身体を抑えた。

マルガリーテは礼を述べつつ、彼女の身体にもたれなかかった。


異端審問官に拷問された痕は未だ深かった。

肌に布がこすれるだけで、殴打された肌が鈍い痛みを主張する。

戦闘時は精神の昂揚によって忘れていたが、自分はあの時相当なダメージを負っていたのだ。


「申し訳ないですわ。わざわざ、こんな場所まで、用意してもらって……」


“たまご”の外殻に戻ってきたマルガリーテたちは、一旦宿屋にて休むことを選んだ。

幸い部屋自体はキョウが取っていたので困ることはなく、マルガリーテは彼女に運ばれてきた。


「喋らないでください。痛みますよ?」

「ごめんなさ……」

「だから、喋っちゃダメですって!」

「え、と、もうしわけないのですが、寝るのも痛……」

「わかってください! あ! もう! 動かないでダメダメ!」

「み、耳元で叫ばないでください」

「え! 私ですか? 私が何を──」


と、そこでキョウはふと顔を歪め、己の肩を見た。

一瞬だった。すぐにその悲し気な顔は消えてしまったが、それでもマルガリーテは見逃さなかった。


「あ、ごめんなさい。思わず大声出しちゃって……」

「……いいえ、大丈夫ですわ」


その顔の意味を、マルガリーテは察していたが、しかし敢えて何も言わなかった。

言う資格などないと思ったのだ。


マルガリーテは身体を半分起こした態勢で身を落ち着かせた。

痛みは続くが、しかし耐えられないほどでもない。

その様子を見たキョウは椅子に座り直し、大きく息を吐いた


「……あらためまして、ありがとうございました」

「礼は……要りません」


キョウは顔を俯かせながら、


「私は、貴方を憎いから助けたんです。

 助けたいから助けたんじゃありいません」

「それが、関係ありまして?」

「え?」

「助けられた者にとって、助けてくれた者の事情などは関係ありません。

 助けられたという事実が、何より意味あるものでしょう?

 だから、私は感謝します。それだけは──言わせてください」


そう告げるとキョウは当惑するように瞳を揺らした。


と、その時だった。

何やら外で騒がしい音がした。マルガリーテは立ち上がろうとするが、痛みで動きを止めてしまう。

一方でキョウは偽剣ソードレプリカ『ネヘリス』を抜いていた。


同時に宿の扉が破られる。

そこにいたのは──ゴーグルをつけた偽剣使いたちだった。


「貴方たちは」


キョウが驚きの声を出す。

“たまご”の中でキョウと戦ったギルドからの脱走兵たちである。

彼らもまた、なんとか外殻まで逃れていたらしかった。


じりじりと彼らは迫ってくる。

まさか報復に来たのか。マルガリーテは動けない身体を歯がゆく感じつつ、キョウを見守った。

ちら、と彼女はマルガリーテを見返した。守ります。

その瞳は暗にそう告げていた。


「──申し訳なかった」


そんな緊迫した雰囲気の中、偽剣使いたちは膝をついていた。

「へ?」とキョウは声を漏らした。


「こんな、こんなことをアンタらに頼むのは厚顔無恥だとわかっている。

 だが……これしかないんだ」


彼らはみなゴーグルを上げ、沈痛な面持ちでマルガリーテの方を見上げていた。


「俺たちを……助けてくれ」


そして、そう告げた。


「俺たちはもう、どん詰まりだ。

 墓荒らしで生きていくことも限界だった。

 だから頼るしかないんだ、アンタらのような人たちに──」


あの闘技場コロッセオで、マルガリーテが告げたことを覚えていたのだろう。

あの言葉は嘘ではなかった。

親の伝手を頼る形になるが、彼らを傭兵ギルドに取りなすこともできるだろう。

それを頼みに、彼らはこちらの居場所を探してやってきたということらしかった。


「……私が助けるとすれば、それらは貴方たちのことを利用すると決めた時ですわよ」

「何でもいい! 駒とでもなんでも思ってくれれば、それでいい」


助けられる者にとって、助けた者の事情など関係ない。

今しがた自分が言った言葉を思い出す。


マルガリーテは、思わずキョウの方を見てしまった。


「…………」


彼女は──ぞっとするほど冷たい眼差しでマルガリーテを見ていた。

その視線に晒されたマルガリーテは胸を抑える。

彼女はマルガリーテの行いを決して許しはしないだろう。認めもしないだろう。

あんな暖かい涙を流せる人間に、こんな目をさせたのはほかならぬ自分なのだ。


「……わかりましたわ」


マルガリーテはゆっくりと頷いた。

途端、偽剣使いたちが顔を上げ、期待の目線を向けてくる。


「それは、つまり……!」

「貴方たちを助けましょう。ギルドの方には処刑人形を停止させるように交渉してみますわ」

「ありがとうございます!」


涙を流して喜ぶ彼らを尻目に、マルガリーテは少しだけ汗をかいていた。

マルガリーテが“仕方ない”と足を止めることを、キョウは許してはくれないだろう。


何時いかなる時でも、マルガリーテが再び道を道を外れれば彼女はやってくる。

そして糾弾するのだ。それは“堕落”だ、と。

その時こそ、マルガリーテが彼女に感謝でなく謝罪の言葉を伝えるときなのだ。

自分が間違っていた、とマルガリーテはキョウに言わなくてはならない。


「その代わり、これからは我が“無血”の軍団として、マルガリーテ・グランウィングに協力してくださいな」

「わかりました! それで生きることができるのなら……!」


そんな“終わり”を避けるべく、マルガリーテはこの芝居じみた口調を続ける。

そう思うからこそ、痛みの中にあっても、彼女は微笑んでみせた。


「……私は最後にみなが笑いあえる、血の流れない世界が欲しいと考えておりますわ。

 そのためには、手段は選びません」


ただ、と付け加えるように彼女は言った。


「血を流すことは畏れなさい。血に汚れることを厭いなさい。

 それを忘れては、何時まで経っても、たどり着けませんわ。

 ええ、そう、それだけは──」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ