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虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
74/243

74_堕落のエピローグ①


雲一つない青空は、どこまでも澄んでいた。

見上げているだけで吸い込まれそうな、そんな感覚さえ湧き上がる。

がらんどうの空は、空っぽだからこそ美しい。


「……何で私たちは進んでいるんだい?」


道はついに何の仕掛けも言語テクストもなくなっていた。

橋だとか、階段だとか、森だとか、疑似的な描写テクスチャさえも創られてはいない。

空をそのまま映し出す、まっさらなフロアが延々と続いていた。


その空を、二人は並んで歩いている。


霊鳥と異端審問官、オオカミは死んだ。

不殺剣士と無血少女は帰っていった。

魔術師エンジニアは諦めた。


「この奥には誰もいないらしいぜ」

「…………」


カーバンクルの言葉通り、その道は、何の意味もないのかもしれなかった。

この延々と続く聖女の歌は、ただ過去の繰り返しに過ぎないのだという。

だとしれば仮に核に辿り着いたところで、そこには何も待っていないだろう。

ここに来るまでの闘いも、苦しみも、犠牲も、すべてただの徒労ということになる。


「……行くしかないんだ」


なのだが、田中は脚を止めることができなかった。


「無意味だとしても、この虚構の世界で、俺に他に行くべきところはない」

「まぁ、ね」

「それに、だ」


田中はそこで少し苦笑を浮かべた。

彼はこれから自分で言おうとしている気恥ずかしさを覚えていた。


「近くで聴くとよくわかる。この歌、アイツの声だよ。

 こんなに、上手くはなかったけど」


その結果、妙にくだけた言い方になってしまう。

“転生”してから、またこんな物言いをすることになるとは、思ってもみなかった。


「戻ったところで何も得られるものもないなら、心が折れるまでやってみるさ」


そう言うとカーバンクルは微笑んで頷いた。


「……やっぱり似ているのね。貴方と、私は」







「……ああ、やっとついた」


同じ頃、4《フィア》は重い身体を引きずって、なんとか外殻まで辿り着いていた。

廃墟のフロアにて、彼女はギリギリのところで生きながらえていた。

マルガリーテの反撃から異形バアバロイの登場まで、何から何まで想定外だったが、彼女には新型のMTメタテクストコートがあった。

その防御力と、搭載されていた隠蔽魔術ステルスによって、異形バアバロイの出現と同時に上層まで逃げ延びていたのだった。


……その隠蔽魔術ステルスによって、味方である6《ゼクス》らの探知魔術レーダーも弾いてしまったのだが。


「うぅ……ロイくん、見捨てちゃった。見捨てちゃった……」


彼女は自己嫌悪に陥るように頭を抱えた。

せっかくできた後輩だったが、あの状況では生きてはいまい。

そう思うと、4《フィア》は意気消沈してしまう。

彼女自身、仲間である彼を放っておくつもりはなかった。しかし、あの状況では他に手はなかったのだ。


「うぅ……ごめんさない、ごめんなさい。お墓はちゃんと作っておくから……」

「おや、おや、お嬢さんは」


縮こまる4《フィア》に対し、小柄な老人が声をかけた。


「おおう、お嬢さん、生きていたのか」


突然声をかけてきた老人に、4《フィア》は眼をぱちくりとさせる。

ああ、そういえば“たまご”の迷宮ダンジョンに突入する前にこんな墓守と会った気がする。

ベンデマン、という名を思い出しつつ、4《フィア》は困ったように瞳を揺らした。


外殻の墓を弄っていたベンデマンは、4《フィア》の様子を見て何かを察したように、


「その様子だと、命からがら、という感じじゃの」

「……はい。あ、あの、ごめんさない。約束も守れなくて」


突入突然、ベンデマンとマルガリーテが交わしていた約束を思い出し、慌てて4《フィア》は言った。

かつての仲間の指輪を見つけて欲しい、と彼は自分たちに頼んだのだ。


そう告げると、ベンデマンは「いいわい、いいわい」と首を振って、


「生きているということはそれだけでいいんじゃよ。

 お嬢さんも、そう思うだろう?」

「……ええ、まぁ」

「だから仕方ないんじゃ。うまく行かなくても、道を外れても仕方ない……」


ベンデマンの言葉に、こくりと4《フィア》はうなずいた。

それから二人の間に沈痛な静寂が訪れる。


一方で聖女の歌はなおも続いている。

その歌を聴きながら考える。今回の任務は、失敗だろう、と。


でも──仕方ない。

自分は田中を見捨てててしまったが、そうしなくては生き残ることもできなかったのだ。


「……名前」

「ん?」

「名前だけ、刻んでくれませんか?」


4《フィア》は自信なさげに、しかし強い口調で言った。

“たまご”に立ち並ぶ無数の墓標に、に名を刻んでほしい、と。


「刻んでください。それで私は先を行くから……」

「承った。それですっきりとしようじゃないか、お嬢さん。

 だが忘れてはいけないよ。儂がミオ、ミュージィ、イェーレミアスの名を何時までも忘れないように……」


ベンデマンは4《フィア》に優しく声をかけた。

「うん」と彼女は一言頷いた。


そうして、ロイ田中、と刻まれた墓が出来上がったという。



後日それを知った田中は、当然喜びはしなかった。



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