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虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
73/243

73_妖精は語る


「おや、来たのは貴方たち二人ですか」


“たまご”の奥深く、青空の見えるまっさらなフロアにて、田中たちはその青年と再会した。

魔術師エンジニア、ヨハン。

キョウと共にこの“たまご”に入り、途中マルガリーテたちと合流し、4《フィア》の拷問からも逃れた。

カーバンクルたちが一旦戻った結果、彼が今最もこの迷宮ダンジョンを進んでいた筈だった。


ヨハンは眼鏡を、くい、と上げ、カーバンクルを見た。


「さっきと連れている男性が違うようですね」

「奴なら死んだよ、オオカミに喰われた」

「ほうほう、それで彼も殺された、と」

「ご名答、イヌさんの方は焼き殺したから死体も残ってないだろうね」


淡々と語るカーバンクルに対して、ヨハンは何が面白いのか口元を抑えて笑っている。

キョウのことは尋ねてこなかった。

彼にしてみれば、どうでもいいことだったのかもしれない。


「……君の方こそ、随分とはべらせてるじゃないか」


カーバンクルが呆れたように言った。


ヨハンの周りには、無数の妖精たちが飛び交っていた。

翅に碧色の光を灯した妖精たちは、数十、下手をすれば百近い数飛び交っている。

ヨハンの肩にはところせましと妖精が止まり、何やら耳元で囁いていた。


「いやぁ、彼女たちがどんどん仲間を呼ぶもので。

 妖精というのもいるところにはいるものなんですね。興味深い、興味深い」

「mpotn0bowtns09gt」

「io9vm8ts0tpqe」

「oivmsotvm」


ヨハンの言葉に追従するように、妖精たちがわめきだす。

田中は眉をひそめる。聞き取れない以上、それは言葉は言葉でなく、ただの騒音だ。


「さて、それはともかくとして、何で君はまだここにいるんだい?

 てっきりもう聖女様の目の前にでもいるのかと思ったけど」

「ああ、そんな話もありましたね」


ヨハンは苦笑を浮かべて、


「この“たまご”に聖女なんかいないみたいですよ」


そう言った。


碧の太陽より歌はなおも続いている。

より一層明瞭に、美しい響きを持って、歌は空を支配していた。


「どういうことだ」


田中は思わず尋ねていた。


「だから、単純な話ですよ。

 この歌、ただの残響らしいんです」


するとヨハンは落ち着いた口調で返してきた。


「詳しく聞かせてほしいものね」

「ええ、いいですよ。

 “たまご”の奥の奥に、延々言葉を反復するフロアがある。

 そこで何十年も前に聖女が歌ったから、ずっとそれ続くことになった。

 ほら、単純でしょう?」

「……この奥には、誰もいないと?」


田中が尋ねる。胸の奥がすっと冷めていくのがわかった。

一方のヨハンは大きくため息を吐いて、


「ええ、誰もいませんよ。やっぱり空っぽでしたね、この“たまご”は」


落ち込む様子の彼に対し、無数の妖精たちがわめきたてていた。

それをうっとうしく思いつつ、田中はきっと空を見上げた。


このフロアにおいても、聖女の歌はあの碧の太陽から響いている。

あそこに辿り着けさえすればいいと思った。

どんな道を歩もうとしても、必ずそこに行き着き、自分の目的は叶うのだと確信していた。


しかし、そこには何も待ってはいないのだという。


「……ふむふむ、なるほどね。まぁ前回の迷宮ダンジョン探索の時も、結局聖女は見つからなかったんだけど」

「端に誰もいないからですよ。この道には、何の意味もなかった」

「まぁありがちな話だな」

「ええ、研究に徒労は付き物です。

 だから、僕はもう降りますよ。こんな舞台」


ヨハンはそう言って、ぞろぞろと妖精を引き連れながら歩き出した。

既に聖女に対しては興味を喪ったらしく、そこにはさして失望も落胆も感じられなかった。


「いない聖女よりも、いる妖精さんだ。もっと妖精さんから話を聞かなければなりませんね……」

「ねえ、魔術師エンジニアくん」


すれ違いざま、カーバンクルは淡々とした口調で尋ねていた。


「その結論、どうやって出したの? ここに聖女はいないっていう」

「ああ、聞いたんですよ」


すると彼は振り向くことなく、


「妖精さんが教えてくれたんです。

 ここには私たち以外、誰もいないって。

 もっと早く教えてくれればよかったのになぁ、正解の道なんて聞いて、損しちゃいましたね」


そう言い残して、去っていった。

“たまご”の外殻まで戻っていくのだろうか。

それともその口ぶりからすると、しばらく妖精と共に過ごすのかもしれなかった。


「……さて、どうしようか? ついに、二人になってしまったぞ、私たちは」


カーバンクルが困ったように田中を見下ろしてきた。


田中は目を逸らし、前、フロアの奥へとつながる扉を見た。

そしてこの奥には誰もいないのだという。

仮に最後まで行きついたところで、何も報われることはないらしい。




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