72_セドリック
そうして人狼の剣士は死んだ。
田中とカーバンクル、二人でその息の根を止めたのだ。
それから二人は“たまご”の奥へと赴くことを選んだ。
6《ゼクス》はもう死んだ。
4《フィア》はまだ生きている可能性があったが、二人で瓦礫を片付けて捜索するのは現実的に難しかった。
だから、彼らは異端審問官としての任務を優先した。
途中で予想外の人員の欠損はあったが、だからこそ、この任務を失敗するわけにはいかなかったのだ。
6《ゼクス》の死体は、先のフロアのそのまま置いてあった。
近いうちにそれは幻想に還元され、この世の“果て”へと向かうのだという。
“春”“夏”“秋”“冬”。この世界には四つの“果て”がある。
そのどこかに6《ゼクス》も、そしてリューも還っていくのだ。
だからこの世界では死体を埋めたりはしない。
幻想にちゃんとさらわれるよう、密度の濃い場所に安置しておく。
そして名前を刻む。どこでもいいから、絶対になくならない場所に。
──思えば、この“たまご”というのは墓としての条件に合致し過ぎている。
この世界の知識を想い、田中はそう思った。
“たまご”という名を冠しているが、その実、その中は誕生でなく、死を想わせる世界が広がっていた。
それは果たして偶然なのだろうか。
もし、弥生がこの場所を創り上げたのだとしたら、一体どんな想いを込めていたのだろうか。
「……6《ゼクス》の傷、アレはちょうど君ぐらいの年齢の時についたものらしいんだ」
カーバンクルが、不意に口を開いた。
奥に進めば進むほど、フロアの構造はどんどんと単純に、平易になっていった。
あの奇怪なフロアたちは、そもそも他者の妨害を意図して創られていた。
多くの人が挑もうとしたからこそ、“たまご”のなかは複雑に、そして奇妙に入り組んでいった。
だから、辿り着く者が減る奥になるにつれ単純化していくのは、道理なのかもしれなかった。
そんな場所だから、二人はどこか落ち着いて言葉を交わすことができていた。
「アイツはね、昔は本当に堅物だったわ
冗談なんか滅多に言わない。規律にうるさく、遊びもしない人間だった」
「それはあまり、想像できないな」
「だろう? 当時を知っていたら、驚くと思うよ」
カーバンクルは懐かしむように微笑みを浮かべた。
「王朝時代の名がまだ残っているような家系の人間だったからね。
正規部隊の期待の新人として、戦果を上げていた」
「…………」
「まぁ、でも、運がなかったのかな。
奴は初めて率いた部隊を、第一聖女との闘いのさなかにね、自分のミスで全滅させた。
あの傷は、その時の傷」
ゆっくりと彼女は語り始めた。
田中が知ることができなかった、過去についての話を。
「別に奴だけが悪かった訳じゃないが、しかしまぁ、責任があったのは事実なんだ。
だからそれで奴のエリートとしての道は途絶えた」
「……それもまた、想像できないな」
「そうかい? こちらは割とありがちな話だと思うけどね。
しかして、奴の非凡なところはここからだよ」
「何だ? そのショックがキッカケであの言動になったのか」
「いや、違うよ。奴のすごいところはね、反省こそすれ、本質的に何も変わらなかったところだ。
腐ってしまう者。開き直る者。別の道を探す者。
そのどれも間違ってはいないさ。だが、奴は変わらず愚直にやり直しを選んだんだ」
もう一度一兵卒からやり直し。
今度は誰にも期待されない。マイナスからのスタート。
それをかつての彼は、なんの躊躇いもなく受けたのだという。
「そんな折、私は初めて奴に興味を持ち、異端審問官に誘ったのさ。
こっちの部署だって、同じことはできるぞってね。
断られるかと思って、冗談半分にね。
ほら、ここに来る途中の、正規軍からの扱いを見ただろ?」
“たまご”に来る最中、正規軍の船に同乗した。
聖女を殺して回っているだけの鼻つまみ者。
その認識は何も間違っていない。だからこそ、嫌われていた。
「そして断られた」
「断られたのか」
「ああ、もう少し頑張ってみるって。
誘ってくれたことには感謝するって、そういわれたけどね」
そして三年だったかな? とカーバンクルは繋いで、
「結局奴は、勝手にこっちに配属になったよ。
腕の立つ落伍者というのは、正規軍には扱いづら過ぎる物件だったらしい。
どこか私が奴を欲しがっていたことを聞いたのか、押し付けられる形で奴はこっちに来た」
「…………」
「正直、私は恨まれていることは覚悟していた。
だがまぁ、灰色のカソックを着た奴は、会うなりこう言ってきたんだ」
その時のことを思い出したのか、カーバンクルは息を吐いた。
「“夢のために戦うには、こちらの方が都合がいい”だってさ」
「夢?」
「私も聞き返した。そしたら真面目な顔をして言ってくれたよ──夢は世界平和だって」
なんとなく、マルガリーテの顔が脳裏に浮かんだ。
彼もまた、同じ場所を目指していたのかもしれなかった。
結局、互いの道が交わることはなかったが。
「そしていつの間にか、あんな気障な言動を取るようになった。
ま、仮面ね、アレも。たぶん真面目で堅物って性格は、昔から変わってなかったんじゃないかな。
私が、勝手に思っていたことだがね」
そこでカーバンクルは一度言葉を切った。
語り過ぎた、と思ったのかもしれなかった。
田中は敢えてそれ以上は何も尋ねず、黙々と歩き続けた。
「……結局叶わなかったわね、セドリック。実は応援してたんだけどな」
ただ一言、小さな声でカーバンクルは漏らした。
だがきっとそれは独り言だろう。誰に向けたものでもない言葉。
そう思ったから、田中は聞こえなかった振りをすることにした。




