68_1・6・8・不殺
異形を取り囲むように、四つの偽剣使いが集っていた。
一つはマルガリーテを強く抱きしめ、瞳を腫らしたキョウ。
その前には新たな闖入者であるカーバンクルが立ち、彼女もまた異形を見上げている。
「カーバンクル、さん?」
呆けたように、彼女を見上げてキョウは呼びかける。
「なんでここに?」
「ちょっと仕事でね。
通りすがったから、助けてあげようと思って」
ふふふ、と彼女は含みを持たせて笑う。
相変わらず底知れない雰囲気の彼女だったが、あくまで軽い調子は崩さずに、
「ま、たまたま道が同じになることだってあるさ。
本当にそれだけだから、素直に喜んでいいわよ」
そして彼女はふとキョウから視線を外し、
「おや、あちらも楽しそうね」
◇
「いやぁ! お困りのようだな!」
端正な顔つきをした剣士、6《ゼクス》はその金髪をかき上げながら言った。
彼は田中の前に立ち、涼し気な顔で異形の攻撃を弾き飛ばしている。
「……何故ここに」
「何故? 私は君の仲間であり、先輩だよ。
そんな君が困っていそうなら、そりゃあ助けにも来るさ」
ふっ、と彼は微笑みを浮かべて、
「道中、どうにもこのフロアがキナ臭かったんで、ここまで戻ってきた訳だ!
またどうせ4《フィア》あたりがやらかしたんだろう! と思ってね」
どうやらカーバンクルと6《ゼクス》の隊は、田中やマルガリーテたちよりずっと先に進んでいたらしかった。
しかしそこをわざわざ戻ってきてくれた、ということか。
「まぁその実、1《アイン》殿はとっとと先に行こうとおっしゃったのだが、いやいやそれはいかがなものでしょう、と私が何とか止めて見せた」
「なるほど、まぁありそうな話だ」
思わず田中はそこで苦笑してしまった。
その図が容易に想像できてしまったからだ。
「笑ったね?」
「は?」
「いやぁ、どうにも新たな8《アハト》君は必要以上に真面目なようだからね。
ここは何時か私のトッテオキで笑わせてやろうと思っていたんだが、いやはや簡単に笑わないでくれたまえ!」
あははは、と6《ゼクス》は哄笑しつつ、異形の風を『イヴィーネイル2』で悠々と斬り裂いている。
またその動きから、あえて田中の前に立ち、こちらの負荷を減らしているのがわかった。
田中が手負いであることを見抜いていたのだろう。
それ故の援護であることは、明白だった。
「……納得できちゃったな」
田中はその背中を見て、思わずそう漏らしていた。
塔にてカーバンクルから6《ゼクス》のことを紹介した時の台詞を思い出しながら、彼は思ってしまった。
──確かに面倒見の良い人だ、と。
この世界で今までに出会った誰よりも理解しやすいかもしれない。
“さかしまの城”“雨の街”、そして“たまご”。
これまで赴いた場所を思い出しながら、田中は半ば本気でそう思っていた。
「しかし怠けてもらっては困るな、後輩くん。
君だってまだ動けるだろう?」
「わかっている──なんたって拙者はアンタより強かったんだろう」
身に刻まれた感覚を意識しつつ、田中はそう返した。
すると6《ゼクス》はちら、とこちらを振り向いて、
「そうだとも! 未来の精鋭」
その顔は、ひどく嬉しそうな、晴れやかなものであった。
そして次の瞬間には二人は跳んでいる。
跳躍を駆使して巨大な異形に接近。
即席ながらもその陣形は機能する。そしてそこにカーバンクルたちも加わり、互いが互いの穴をカバーする。
『ネヘリス』『イヴィーネイル2』『リヘリオン』『エリス』。
合計四つの刃による息の合った連携。
いかに巨大な異形であろうとも、それが無限なものである筈がない。
頑丈であろうとも、偽剣を何度も叩き込まれれば、徐々にその勢いは弱まっていく。
事実、その破壊の風は当初から大分弱まっており、羽ばたきの頻度も減っていた。
「私が叩き込もう」
「任せる。こっちは五秒なら稼げる」
不意に足を止めた6《ゼクス》に対し、田中はすかさず前に出る。
彼が何をしようとしているのかはすぐに察することはできた。
だからこそ、跳躍を終えた田中は6《ゼクス》を襲う風を弾き飛ばした。
「助かる」と6《ゼクス》は述べたのち、
「さて、8《アハト》君。
君はもしかしたら見るのは初めてかもしれないな」
『イヴィーネイル2』を構えた6《ゼクス》は笑みを浮かべて言った。
同時に、ごうん、と雷鳴のような音が轟いた。
それは幻想歪む音であると、田中の中の知識が教えてくれた。
「オモチャじゃない、本物のフィジカル・ブラスターというものを見せてあげよう」
『イヴィーネイル2』の剣身にあたりの幻想が収束。
バチバチと火花が散り、空間に言語が走っては、剣へと吸い込まれてく。
フィジカル・ブラスター。
それは物質と想念という、この世界を貫く二つの層を転移する際に巻き起こる莫大なエネルギーを利用する技だ。
層転移から得られる火力は個人が持つにはいささか巨大過ぎるほどだ。
偽剣最大の切り札であり、模倣品と劣化品で最も差が出る部分であった。
そして6《ゼクス》が扱う『イヴィーネイル2』は“教会”が製造した12世紀現在最高水準の性能を持っている。
当初、彼が抱えていた不満も、既に出撃前に徹底的に調整済みである。
だからこそ、6《ゼクス》は今回の任務の獲物として、その剣を選んだのだ。
「はははははは! 見たまえ! 8《アハト》君!」
そうして6《ゼクス》は楽しくてたまらない、という様子で収束した幻想を一気に解放した。
「──空が斬れるぞ」
その言葉通り、『イヴィーネイル2』より発せられた巨大な光の刃は、異形ごと分厚い雲を斬り裂いてみせた。
裂かれた雲の向こうから顔を出す青空。
光の本流がすべての風を覆いつくし、朽ちた街すべてを更地にしていった──




