64_異形たるもの
……あの日、リューがキョウの下にやってきたのは、ある意味ですべてが終わった後のことだった。
とある剣をめぐる家族の分裂と、殺し合い。
姉は裏切ろうとして焼き殺された。
母は父を見捨てて遁走した果てに、死体で見つかった。
父は何もかもが信じられなくなり、すべてを焼き払おうとして、兄たちに殺された。
そしてキョウは兄たちに連れられて逃げ出し、兄たちも結局互いを信じられず、殺し合い、二人とも死んでしまった。
そうして彼女は一人ぼっちになった。
キョウはリューと出会ったのは、そんな時だった。
霊鳥のリューは、遠縁の親戚を名乗ってキョウの下にやってきた。
家が崩壊したことを聞いて駆け付けたのだという。
しかし、もうすべてが遅かった。
キョウ以外の家の者は、すべて死に絶えてしまっていた
そんな彼女に対して、リューは尋ねた。
君はこれから何を望む? と。
思えばそれは、“生きたいか、それとも死にたいか?”という類の問いかけだったのだと思う。
生きたいといえば、最低限の施しはしてくれたかもしれない。
死にたいといえば、きっと介錯をしてくれただろう。
しかしキョウが答えたのは、そのどちらでもなかった。
「……あなたは、わたしの目の前でしんでください」
祈ったのは、初めて会う家族、リューの死だった。
他の家族は、全員、キョウの見えないところで死んでしまった。
本質的に関係がなかったからだろう。
姉も父も母も彼女が関係ないところで事は勝手に進んだ。
兄たちも彼女が寝ている間に殺し合った。
年端のいかない少女であったキョウは、権力とも陰謀とも愛憎とも無縁であり、だからこそ生き残ることができた。
勿論、そんな自らの立場をその時の彼女が正確に、理解していた訳ではないのだろうけど、それでも肌で感じ取っていた。
姉も、母も、父も、長兄も、次兄も、結局、自分のことは眼中になかったのだと。
キョウのことなど何も見ないままに、彼らは生き、殺し合い、死んでいった。
それくらいは、わかっていた。
だから、すべてが終わったあと、キョウはこう思った。
死ぬなら──せめて目の前で死んでほしかった。
と。
愛してくれなんて贅沢は言わない。
ただ自分のいないところで、勝手に満足しないでほしかった。
“終わり”を向かえないでほしかった。
一緒に生きることができないなら、一緒に死んでほしかった。
だから現れた新たな家族に対し、その想いを告げたのだ。
「……私の死を見たいと」
そう告げると、リューは至極まじめな口調でそう尋ねてきた。
キョウは、こくりと頷いた。
「それはそれは──長生きをする必要があるな」
すると彼は「ははは!」は大きな声で笑ってみせた。
それから十年以上に渡って、キョウは彼に育てられるのだが、彼がそんな笑い方をするのは、それが最初で最後だったと思う。
◇
一筋の黒い閃光が走り抜け、一つの命を奪った。
黒い羽根と赤い血が飛び散る。
それだけだった。
あまりにも呆気なく、数百年を生きる霊鳥にしてキョウの保護者であったリューは、その命を散らした。
「叔父様!」
キョウは叫びをあげる。
しかし、もう遅かった。彼の身は無言で倒れ伏し、すぐに動かなくなった。
「あ……」
突然の事態に、キョウは言葉が出なかった。
何も言えず、その手を伸ばし、そして止めてしまった。
「ふふふ……どうかしら?」
そんな彼女に、血と痣にまみれたマルガリーテは言葉を投げかけた。
再び微笑みの仮面を纏った彼女は、どこか乾いた笑い声を漏らしながら、
「これでどうかしら? どうかしら?
私のこと、殺したくなったでしょう? “不殺”の剣士さん」
「────」
キョウは何かを言おうとして、しかし何も言えなかった。
それが不満なのかマルガリーテはなおも言葉を続ける。
「早く言ってしまいなさいませ……私が憎い、殺したいのだと……!
そうですわ。貴方だって、そう思うですから、仕方がないのです」
後半は既にもう自分自身に語り掛けているかのようであった。
そんな彼女を見て、キョウは思わず震える手で剣の柄を握りしめた。
──その最中だった。
「gg.ggggababmobnoigg」
奇妙な声が聞こえてきた。
それは意味のある言葉ではなかった。
なにかを伝えようとする意図が欠落しており、事実何の意味もなかった。
「klanivoisbbpbtlkp@aogb」
しかし、それは──リューの声であった。
キョウと、そしてマルガリーテもまた驚愕に目を見開く。
今まさにその身を散らしたはずのリューは、意味のない音をまき散らしながら、その輪郭を異様なものへと変貌させていた。
その身を構成していた幻想の均衡が崩れていく。
それは明らかに生者の動きではなかった。人間であった彼は確かに死んだ。しかし……
かつてリューは言った。
妖精や霊鳥は物質より想念に使い存在である、と。
だからこそ、長らく生き、そして死は曖昧なものとなるのである。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
リューの死体を内側から食い破るようにして、その異形はその巨大な翼を広げた。




