62_マルガリーテ・グランウィング
マルガリーテ・グランウィングは心の底から平和を望む者であった。
そしてそれは“希望”の第一聖女ニケアの影響によるものであった。
“春”と“冬”の境界線にて、聖女ニケアは100年に渡って戦い続けていた。
荒廃した世界にはびこる不当な暴力と、王朝崩壊以降に生まれた国家の圧制と、この世を貫く理不尽すべてと。
戦い続けていた。
その支持者の家系に生まれたマルガリーテは、幼くして多くの死を目の当たりにしてきた。
そして戦場の片隅で、親の死に涙一つ流すことできない子供たちを見た。
彼らにとって、そんなことは想定の範囲内だったのだ。何時か庇護者がいなくなること、あるいは見捨てられること。
どちらも普通のこととして、彼らは受け止めていた。
それを見た時、彼女は確信した。
この世の中は間違っている、と。
そして“無血”の世界を求めた。
当たり前のように人が笑い、当たり前のことで人が泣く。
それができる世界が欲しかった。
そのためなら、どんな虚言を弄してでも、状況を盾にしてでもいいと思った。
最後にどちらも血が流れない世界ができるのならば、許される。
何時も血だらけになって戦う聖女ニケアを見ていたからこそ、逆にそうでもしなければ世界は変わらないと彼女は思うようになった。
聖女ニケアはその身を滅ぼしてでも、世を救おうとするだろう。
しかしそれはマルガリーテにとって耐えがたいことであった。
だから、聖女よりも先に世界を救ってしまおうと、そう思った。
それ故に彼女は家を出奔した。
幸い彼女には聖女の支持者の人脈があり、生きていくことには困らなかった。
どこぞより流れてきた偽剣による武装を経て、彼女なりのコミュニティを構築しようとしていた。
そしてその一環として、彼女はこの“たまご”に来た。
反聖女勢力の筆頭である“教会”と渡りをつけること、他の聖女の力を借りること、これを達成できれば聖女ニケアのやり方以外で世界を救えるかもしれない。
そんないささか身の丈にあまるほどの理想を、彼女はできると信じてここまで来ていたのだ……
だからこそ、マルガリーテ・グランウィングは今ここで剣を握っていた。
「くっ……」と田中が苦悶の声を漏らしていた。
それは心理的な罠でもあったのだろう。
他のどこかからでなく、既に拘束し倒れていた拷問相手が強襲をしかけてくることは、彼らの対応を一瞬遅らせた。
だからこそマルガリーテは『リリークィン0』によるフィジカル・ブラスターを炸裂させることができた。
高密度の幻想の収束。
漆黒の閃光は印に従い、田中と4《フィア》を直撃させた。
その一撃は自動追尾を積んでいない分──彼女は知る由もないが──後継の試作騎よりも高速であり、強力であった。
流石に“教会”のMT加工が施されたカソックを貫通するほどはないが、それでも至近距離攻撃を受けた田中と4《フィア》を吹き飛ばすには十分な威力であった。
「あぁ……痛……」
それまでマルガリーテを拷問していた4《フィア》は瓦礫の街をゴロゴロと転がっていった。
田中もまた吹き飛ばされ、口の中に血の味が混じった。
「あ、あはは……形勢逆転、ですわね」
対してマルガリーテは痛みに震えながらも立ち上がる。
痣だらけのその身は、少し動かすだけでも激痛が走る筈だが、気丈にも彼女は耐えていた。
「交渉決裂……まぁ予想の範囲でしたわ。
“教会”の方が、頑迷なわからず屋なんて、知っていましたもの。
そうでなければ、ニケアちゃん……聖女ニケア様があんなに苦労するものですか。
だから、こういう罠を張っておいて……正解でしたの」
玉のような汗を浮かべながら、彼女は言う。
そのさなか、4《フィア》が動こうとしたが、すかさず漆黒の偽剣『リリークィン』を振り払う。
一筋の閃光が発射され4《フィア》へと襲いかかった。
「オドレイ」と田中が叫びを上げるが、まだ剣も抜いていなかった4《フィア》は跳躍もできず、再び閃光をその身に受けた。
がくり、と彼女は身を倒し、動かなくなった。
「貴方たちが、“教会”の中でも経験が少ない方々だったのはわかっていましたわ。
もう一方の熟練の隊だったらこういきませんわ。
私でも付け込む隙があると思った。そしてそれは正しかったのですね」
勝ち誇るようにマルガリーテは言った。
痣だらけながらも傲岸な微笑みを彼女はそこで浮かべる。
対する田中は悔し気に顔を歪めた。一歩動けば、4《フィア》のようにフィジカルブラスターで狙い撃ちされることがわかっているのだろう。
そうでなくも予期せぬ攻撃を受けたことで、彼もまた満足に身体を動かせない。
「──待ってください」
そこに対して、鋭い声が響き渡った。
「……殺し殺されは、よくないんですよ。マルガリーテさん」
キョウは剣を携え、跳躍してやってくる。
かくして二人の少女は再び相対した。
◇
……朽ち果てた街のさらに先のフロア。
“たまご”の中核により一層近い場所にて、三人の男女が言葉を交わしていた。
「いやはや、他にも異端審問官さんがいたとは」
鳶色の髪をした青年、ヨハンは眼鏡を、くい、と上げた。
それに対して仮面を被った二人の異端審問官のうち、女の方が答える。
「他にも、ということは8《アハト》たちにはもうあったかしら、貴方は」
「ええ、本当に少しだけですが。いや、襲われたんですけど予備の『フェイゼン』シリーズを持っていて本当によかった」
4《フィア》に襲われそうになった彼は、己の持つ偽剣を使い、その場を逃れていた。
代わりにマルガリーテが犠牲になったはずであるが、別に自分と彼女の間には義理も利害もないため、問題はないとヨハンは考える。
「『フェイゼン』ね。ちょっとだけ合点が行ったわ。まぁ迷惑なことをしてくれたもの。
そしてなぜ貴方が一人だけなのかも……まぁ4《フィア》の悪い癖ね」
するとヨハンは首を振って、
「僕以外にもいっぱいいますよ、ほら」
そうして彼は己の身の周りを飛び回る妖精を示した。
「僕は彼女たちに色々聞いて、さっさと聖女様に会いたいんです。
どうやらこの娘たちの言うことを聞いていれば、間違いないようですから」
「それであなたは何をするって言うの?」
「もちろん、聖女を捕まえて解析して、新たな技術の発展を為すんですよ。
こう見えて、僕、腕の立つ魔術師なんですよ。
何でも自分でやらないと気が済まない、なんて性分でして」
「……それが貴方の目的だったって訳ね」
カーバンクルはどこか嘆息するように言った。
「やっぱりこの歌、危ないわ……」
聖女の歌が、ますます強まっていた……




