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虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
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47_無血少女


「おや?」


カーバンクルはふと気づいたように声を上げた。

すると「どうかいたしましたか?」と6《ゼクス》が剣をしまいながら言った。


その足元には昏倒させられた大男の姿がある。

倒れ伏す彼は“たまご”に唯一存在する宿の管理人であった。


「いや、ちょっと宿泊者リストの中に、気になる名前を見つけてね。大したことじゃないさ」


ぱらぱらと資料をめくりながら、カーバンクルは言った。

そうして剣の仮面を被った異端審問官たちは、粛々と作業を続けていく。

熟練ベテランの彼らは手際よく、この“たまご”の内情を探っていた。


「……まぁ所在地がすぐわかる聖女なんて、第一か第二だけだものな。

 今回は偶然というほどでもないか。あの娘も田中君に色々言いたいことがあるんでしょう」


予想の範囲内、とカーバンクルは小さく呟いた。







まったく予想していなかった唐突な闖入者に田中は眉をひそめていた。


「訝し気に見られるのは結構、慣れていますわ」


ウエイブのかけられた白金プラチナの髪が、風に煽られて舞っている。

フリルが随所に縫い付けられた少女趣味な衣服をまとった彼女、マルガリーテは悠々と語る。


「……誰だ? また子供かい」


ゴーグルをつけた偽剣使いが挑発するように言う。

マルガリーテは頭を振って「いいえ!」と大きく声を張り上げた。


「子供でなく、少女ですわ。無垢・幼気・純真・天衣無縫、お好きな言葉で修飾なさって」


そのどこまでも堂々とした傲岸な立ち振る舞いに、敵は当惑しているのがわかった。

無論、敵意と警戒心は張り詰めたままだが、何故こうもこの少女が自信をみなぎらせているのか、理解できていない様子だった。


「コイツ……」


一方で、田中は少女の存在に対して、確かな既視感を覚えていた。

戦場に乱入してくるタイミングと声高に叫び上げる宣言。

一か月ほど前に遭遇した誰かと、その言動が酷似しているのだ。


だがそのことに対して何かを想うより先に、マルガリーテは声高に言う。


「そこのギルド追放組の皆様方、そこな方とは力量差が大きすぎましてよ」

「お前、何故それを……!」


追放組、と呼ばれた偽剣使いはそこで焦った顔を浮かべた。


「何故私がそれを知っていることよりも、私が警告した意味に気づきなさい。

 私、貴方たち無為に死なないように前に出てきたのですけど」

「何を……?」

「ねえ、“教会”の異端審問官さん?」


その言葉に場の緊張が一気に高まった。

ゴーグルの敵たちは一歩あとずさり、田中と4《フィア》は共に鋭い眼差しで少女を見た。


「私、見ましたのよ。“教会”の船から、灰色カソックの連中が四人も“たまご”に降りてくるの」

「……聖女の噂は本当だったってことか」


偽剣使いたちの警戒心が一気に上がっていることを感じる。

ただの子供の顔をして出歩いている者たちが、その実“聖女狩り”で悪名を轟かせる連中だとわかったからだろう。

田中は面白くない心地だった。斬れるものも斬れなくなったこともだが、今や場がマルガリーテの言葉を中心に進んでいるからだ。


「何の用だ、マルガリーテとかいうの」


鋭い口調で田中は問い詰める。

ソードリストを見せつけ威嚇するように睨みつけるが、しかしマルガリーテは不敵な笑みを浮かべたまま。


「異端審問官さん、お名前は?」


予想外の問いかけに田中は一瞬戸惑ったのち、


「……ロイ田中」


あえてその名を選んで告げた。

途端、4《フィア》が「え」と漏らしてこちらを見上げたのがわかった。


「なるほどロイさん、わかりました。

 ここに提案があります。私の護衛をやってくれなくて?」

「……護衛?」

「そう、私とあなた方の目的地は、実は一緒ですわ。

 だから利害一致、呉越同舟。なんでもいいけれど、私をエスコートしてくれなくて?」


マルガリーテはそこ、ぴっ、と指を地面へと突き立てた。


「私、聖女に用がありまして。

 この“たまご”の奥で歌っているという、聖女様に会いたいと考えていますの。

 そしてそれは貴方がたも一緒でしょう?」

「…………」


田中は沈黙を保った。

それは事実であったし、異端審問官であることが割れている以上、隠しようのないことだろう。


「“無血”の軍隊を造るのにあたって、あの聖女様の力をお借りしたいんです。

 だからこうして“たまご”までわざわざやってきましたわ」

「とはいえ、俺たちの目標は聖女の討伐、殺害だ。

 アンタの行動とはそぐわないんじゃないか」

「ええ、全くもって相容れません。

 でもだから、私たちが聖女を発見するまで、という条件付きでいかがでしょうか?

 ──私、この“たまご”でここ数か月聖女様について、ずっと調べてきたのですよ」


トドメ、とばかりにマルガリーテは言った。


「私の持つ聖女様の情報、“たまご”の中の案内も含めて全面提供いたしますわ。

 どうです? 私、守る価値はあると思いますけど」

「…………」


告げられた田中は、ちら、と4《フィア》を一瞥すると、同じようにこちらを見ていた彼女と目が合った。

すると4《フィア》は「あ、あはは」と困ったように笑った。


「了解した。確かに悪くない話だ。お前の言うことが本当ならば」

「あら、嘘は言いませんわ。私、嘘よりも本当のことの方が好きですもの」

「同意する。それに関しては」


言葉を交わすと、マルガリーテは満足げに頷いたのち、


「聞いたでしょう? ギルド崩れの皆様、今この時より異端審問官が私の味方となりました。

 手を出せばどうなるのか、わかりますわね」

「……くっ、馬鹿にしてくれる」


田中たちのやり取りを見守っていた偽剣使いたちは、そこで悔し気に漏らした。

屈辱だろうが、しかし異端審問官と事を構えることのリスクを取ったのだろう。

彼は無言で跳躍ステップし、撤退していった。


「……ふぅ、何とか納められましたね」


そうして偽剣使いたちを退けた金髪の少女は、大きく息を吐いて見せた。


「アンタ、何者だ」

「だから言ったでしょう? 私はいずれ“無血”の軍を率いる者、マルガリーテ・グランウィングです」


理解できない、と言いたくなったが、しかしその感覚にも田中は覚えがあった。

このとても小柄で傲岸な彼女とよく似た人間を、田中は知っていた。


「さて、それでは聖女探し、よろしくお願いいたしますわ」

「先ほどの言葉はハッタリではないと」

「無論ですわ、同志ロイ」


彼女は胸を張って言ってのけた。

同志ね、と田中はどこか冷めた想いでその言葉を受け止める。

何にせよ求めていた人材は手に入った訳だった。響き渡る歌声を追い詰めるべく、彼女の存在は有用だろう。


「それでは握手を」


彼女はそう言って、その手を差し出してきた。

純白の手袋に包まれたその小さな掌を見て、田中は頭を振って、


「護衛と情報のトレードは了解したが、“無血”とかいう信条には共感する気はない」


田中は先ほどの手際はなるほど見事ではあった。

恐らく彼女は自分たちを異端審問官と看破したうえで、目をつけていたのだろう。

戦力が欲しかった彼女は切り出す機会を待っていた。

そして結果として彼女はそれを成功させ、しかも戦闘自体を起こさせはしなかった。

“無血”を標榜するだけはあるということだろう。


「というよりできないよ、マルガリーテさん。知っての通り、俺たちは──」


──その言葉を言い終わるより前に、田中と4《フィア》は剣を抜いていた。


『エリス』と『メルレピオン』が空を走る。

左右から跳躍ステップしてきた偽剣使いたちを、二人は一瞬で斬り捨てていた。

歌が響く中、真っ赤な血が飛び散る。あっという間に場に死体が二つできていた。


「──基本的にこういうやり方をする。何でも、一に暴力、二に暴力なんだとか」


襲撃者の顔には見覚えがあった。

先ほど絡んできた偽剣使いたちの中にいたはずだ。

辺りをみるが、ほかに姿は見当たらない。ゴーグルをつけたリーダー格も含めて本当に撤退したか。


そうして“無血”で収めたはずの場が、あまりにも簡単に血で汚れたのを前にして、マルガリーテは口を開いた。


「まぁ、仕方がありませんわ」


と。


「子供のハッタリ、とでも思ったのでしょうね?

 バカな方たち。でも言って聞かない、聞けない人たちもいる。

 それは紛れもない事実ですもの」


そう言いながら、彼女は衣服が汚れることも気にせず死体を見聞し始めた。

田中は虚を突かれた思いで、彼女の行いを見ていた。


「せめて名前だけでもわかれば、弔ってやれるのですけど。

 ……しかし想像以上にあのギルド崩れも余裕がなかったのですね。

 追跡が怖くて地上に降りられないのでしょうが、事が終われば、雇用先を探してやった方がいいかもしれません」


ぶつぶつと呟きながら、彼女は死体を並べていく。

この世界流の弔いをするつもりらしかった。


“なんで殺すんですか、ロイ君!”


そんな言葉こえが来るものだと、どういう訳か田中は思い込んでいたのだった。



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