46_不殺の……
「そ、それじゃあ先ずは情報収集、だね」
4《フィア》は田中の方を見上げて、そう言った。
カーバンクルと6《ゼクス》、田中と4《フィア》という組み合わせでひと先ず“たまご”の内部を情報収集となった。
この“たまご”は聖女が確認されている場所ではあるが、長らく放置されていたのもあり、ひと先ずは最新の事情を確認することにしたのである。
聖女はこの“たまご”の奥にいるという。
実際にどこにいるかという情報はない。以前の調査の情報はあるが、しかしこの“たまご”は性質上、古い情報はあまり役に立たないのだという。
そういう意味で、この響き渡る聖女の歌について詳しい人間を探したいところだった。
「……慣れないな、この服装」
「ん? 大丈夫? 8《アハト》君」
田中と4《フィア》は今現在異端審問官のカソックを脱ぎ捨て、代わりに用意されていた装備に着替えている。
動きやすい軽装であり、登山着のような印象を受ける服装だ。
「気になるなら何時でも着替えられるから大丈夫。まぁ急に襲われることも、その、たぶんないよ」
そう言って彼女は抱えた鞄を示した。そこにはMT加工の装備が詰まっている。
4《フィア》の方もあのダボついたコートを脱ぎ捨てていることもあり、塔の時よりも大分印象が変わっている。
とはいえ邪魔っけな前髪はそのままなので、瞳は相変わらず隠れてしまっているのだが。
そして4《フィア》もまた田中と同じような格好に身を包んでおり、傍から見ると兄妹のようにも見えるのだろうか。
異端審問官の服装はいやでも目立つ。
目立った上での諜報活動は1《アイン》と6《ゼクス》が行うことにして、田中と4《フィア》はあえてそうした肩書もない状態で聞いて回ることとした。
無論、武装に関してはそのままだ。
手首には鞘が巻かれており、何時でも偽剣が取り出せる状態にある。
「ああ、そういえば4《フィア》さん。聞きたいことがあるんですけど」
「え、あ、敬語!?」
4《フィア》は目を丸くして言った。
「……とりあえず、俺が一番この組織で新入りなのは間違いないでしょう?」
「あ、え、うん……」
困ったように彼女は目を泳がせながら、
「な、な、なんか、座りが悪いから、普通に話していいよ。
……加減なくやっちゃいそうだから」
よくわからなかったが、そういうものらしい。
とりあえず田中は「4《フィア》さん」と呼びかけて、
「そういえばあの剣は持ってきているのか?
あの閃光が出る……」
「う、ううん。『リリークィン』は流石に持ってきてない。あれは使えないよ流石に」
フィアは苦笑いする。つられて田中も笑ってしまう。
あの塔でのテストを見る限り、実線として投入できるのはまだまだ先だろう。
「代わりに『メルレピオン』を持ってきたの。1《アイン》さんみたいに『リヘリオン』しようか迷ったけど」
と、そうして言葉を交わしていた時だった。
「平和になったものだ。子供が歩き回れる世の中なんて」
そんな乱暴な声が聞こえてきた。
田中と4《フィア》は無言で顔を上げる。
幻想の砂を踏み荒らしながら、複数の足音が近づいてきている。
彼らは艶のあるコートに身を包み、無機質なゴーグル越しに二人を取り囲んでいる。
その手首を撫でる手つきは、偽剣使いに対しては露骨な敵対行動だ。
なるほど、と田中は思う。何故自分たちが異端審問官でない服装で外を出歩かされたのか。
『……“たまご”は外界からある種隔絶された場所。でもだからといって平和ではない。
ここに財宝などはなかった。
けれども墓になった以上は、品のない墓荒らしだって現れる』
別れる前にカーバンクルはこう言っていた。
要するに田中と4《フィア》二人を餌として、襲ってくる者たちから聞き出せ、ということなのだろう。
「言語船の停泊は既にみているが、今回は妙に人が多い。
さてさて、子供たち、君も剣を使えるみたいだし、抜いてみたらどうだね?」
リーダー格と思しき男が話しかけてくる。
自分が優位であるということを確信している声であった。
だが同時にこちらが武装していることを見抜き、警戒していることも事実だ。
引き連れている者の練度もそこそこでありそうだし、底抜けの阿保という訳でもなさそうだ。
「……8《アハト》君、なんか、面倒だね」
4《フィア》が小声で漏らした。
絡んできた者たちの実力は、ご丁寧にも向こうから示威してくれる。
そのうえで、敵にもならないと彼女は分析していた。
そしてその分析自体は正しいと、田中もまた考えていた。
「何なら、俺が一人でやろう」
ため息を吐く4《フィア》と対照的に、田中は口元を吊り上げながら言った。
殺しても良い。社会的にも、能力的にも、何ら問題はない。
そのことを意識するだけで、田中の胸に熱量を持った昂ぶりが湧き上がってきた。
「ほうほう、まぁ抜くだろう。せいぜい頑張ってその妹さんを守るんだな」
「妹って、私?」
不思議そうに首をかしげる4《フィア》を無視して、田中は一歩前に出た。
そして敵を見る。笑いながら、視線に殺意と歓喜を込めながら、彼はじろりと敵をにらみつけた。
「……こいつ」
田中の眼光に並々ならぬものを感じ取ったのか、男は気遅れしたように一歩下がった。
だが、もう遅い。ここまで来た以上、次の瞬間にはまずその首を跳ね飛ばしてやる。
そう思った瞬間だった。
「殺してはいけませんよ」
りんと響き渡った声に、田中は思わず振り向いた。
「そこまでです」
そこにいたのは──
◇
ヨハンはベンデマンに示された宿に向かい、一人の剣士と話していた。
「え、ええと、私を護衛にですか?」
“たまご”に滞在して一週間ほどだという彼女は、困ったように首を傾げたのち、
「どうしましょう? 私、聖女様の近くでとりあえず待っているつもりだったんですけど」
「ふむ、まぁいいんじゃないか。どのみち、しばらく手持ち無沙汰だっただろう?」
「むむ、確かにそうですね。何時までも待ってやるつもりでしたけど、何かをしてはいけないという訳でもありません」
お供と思しき霊鳥と放した彼女は、ヨハンに視線を戻した。
そしてニッコリと笑いを浮かばて、告げてきた。
「わかりました。ヨハンさん!
いまいちよくわかりませんけど、私のお力が必要でしたら協力しましょう」
「おお、それはよかった。本当に助かりましたよ」
ヨハンが喜びの声を上げると、彼女は大きな声で名乗りを上げた。
「私はキョウ! 殺さない剣士のキョウです。
不束者ですが、よろしくお願いいたします」
◇
「そこまでです」
彼女は、鋭くも厳しい口調で名乗りを上げた。
「両名とも、手を出してはいけません」
彼女は、間違いなく少女であった。
4《フィア》と同じか、それより小さいほどの背丈しか持たない身でありながら、
揺るぎない自信に満ちた青い瞳で、緊張した場に踏み込んでくる。
「私はマルガリーテ・グランウィング。
“無血”を標榜する者として、この場を預からせていただきます」
血を憎み、血と戦う過激派平和主義者は、こうして姿を現したのだった。




