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虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
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45_墓標前


“たまご”の外殻は砂であふれている。


しかも普通の砂ではなく、“たまご”に流れ着いた幻想リソースが物質化したものだ。

すくいあげるとさらさらとした感触の中に、碧色にきらめく細かい粒を確認できるだろう。

きれいだが、価値は特にない。より純度が高まると美術品としての価値も出てくるのだが。


そのあたりもかつて冒険者たちに失望された理由なのだろうかと、ヨハンは考えていた。


「うん、しかし、良い歌ですね。ここからでも十分わかる」


“たまご”に響き渡る歌に耳を傾けながら彼は言う。

すると砂まみれの墓標を掃除していた老人は顔を上げて、


「なんの、ここで聞こえる歌なんぞ、くぐもってようわからんわい。

 お前さん、まだ潜ったことがないな? 下の階層で聞くあの娘の歌は、戦慄するほど美しいぞ?」

「と、言いますと?」

「あの娘はな、この迷宮ダンジョンの最奥、ど真ん中で歌っとる。

 だから下の階層を進んで真ん中に行けば行くほど、歌がはっきりと綺麗に聞こえるのだ」


ヨハンは眼鏡を上げ、耳を澄ませる。

“たまご”の外よりずっと綺麗だと思ったが、確かにおおまかな響きが聞こえるのみで、歌詞まではここでは聞き取ることができない。


「……なるほど、そういうことですか。お詳しいのですね」

「伊達に人生賭けて“たまご”に住んどらんわい」


そう言って老人はそのしわくちゃの顔を歪めて笑った。

ヨハンは柔和にほほ笑みながら手を差し出して、


「僕はヨハンと申します。ふらっと立ち寄った者ですが、よろしくお願いいたします」

「なんの、墓守のベンデマンですぞ」


握手と共に軽く挨拶。同時にヨハンはその受け答えを見て、彼ならば話が聞けそうだと頭を働かせながら、


「ベンデマンさん、ちょっとお聞きしたいのですが、

 この“たまご”に滞在している腕利きの剣士などに心当たりはございませんか?」

「ん? 剣士?」

「ええ、実は僕、“たまご”に潜ってみようかと思いましてね。

 自分の代わりに前に出てくれる人を探してるんですよ、前衛ですね。

 実はここに来る前に一人声をかけていたんですが、フラれてしまいましてね」


笑って言うヨハンをベンデマンは少し意外な顔を浮かべて見返した。


「うん、まぁ、なるほど。仲間集めかい。それじゃあ、あちらの」


と言ってベンデマンは“たまご”の下方を指指して、


「下の方に滞在できる宿がある。

 そこにいけば、お前さんみたいな変わりモンがいついてはどこかに流れていく。

 今のご時世、わざわざここまで来る奴らだから、自衛ための剣の心得ぐらいなら全員あると思うが、引き受けてくれるかはわからんね」

「変わり者、ですかね」

「変わり者だろうよ、儂も含めてだがな。

 言っちゃあなんだが、ここが迷宮ダンジョンとか言われてたのは数百年も前の話だ。

 十世紀には冒険者の屍だけが積み上がった挙句、奥まで言っても何もない、と判断されたようなところだぞ。

 以来、人の大多数は引き上げて、残ったのはこの墓だけ」


そう言ってベンデマンは目の前に立ち並ぶ無数の墓標を見た。

四季女神の物語に倣い、そこには無数の石碑が打ち立てられている。

剣のように大地に突き刺さる石碑たちには、よく見ればびっしりと名前が刻まれている。

魔術に必要な物質言語ではない、かつて世界に存在した多様な言語テクストの残滓である。


「ミュージィ、ミオ、イェーレミアス……」

「ほう、アンタ、読めるのか。この辺の名前が」

「ええ、まぁ、これでも魔術師エンジニア崩れなもので」


かつて技術都市に滞在していた際、趣味として彼は幾多の言語テクストに習熟していた。

それ故に刻まれた名を読むことができた。


「まぁ、そうは言っても現代の物質言語風に無理やり読んだので、発音が合ってるかは少し自信がありませんが」

「いやいや、大したものだ。この子たちも浮かばれるだろう」


ベンデマンは目を細めて、刻まれた名前の部分を撫でた。


「“たまご”から人が消えちまって、かつての冒険者どもが消えた結果、墓だけが残った。

 儂はその墓を更新し続けているんでさ」

「更新?」

「ええ、まぁ、そのなんだ」


彼は少し躊躇ったのち、


「失望された、とはいえ、この秘境にはもしかしたら何かあるんじゃないか? と思ってやってくる奴らがいる。

 聖女サマが何を思ったか居ついてからは、特にな。

 そしてそいつらも大抵途中で諦めて帰ってくるか、あるいは中でおっ死んじまう。

 そんな輩の名を墓につけ足しているんでさ。馬鹿者へのせめてもの弔いとしてな」

「ほう、それは……」

「いや、儂は満足しとるんだ。今の時代、人のことを想って生きていくことができるのは、恵まれた者の行いだ」


それに、とベンデマンは付け加えて言った。


「あの綺麗な歌をいつだって聞いていられる」


それはおそらく、心の底からの言葉であろう。

ヨハンはしばらく間を置いたのち、眼鏡をくいと上げて、


「ところでベンデマンさん、強そうな御仁に心当たりはございませんか?」

「おお、そうだったな。そういえば……」


ベンデマンは白い髭を撫で、考えるそぶりを見せた。


「確か……数週間前に居ついた女剣士がやたら強かったような」

「ほう」

「ただしかし……変な娘だったぞ?

 何しろ“誰も殺さない”とか“殺さずに納めます”と言って人の喧嘩に割り込むんだから」




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