42_聖女転生
「……知っての通り、“教会”と聖女の戦いは長らく続いているわね」
円を描くように置かれた十一の席を前にして、1《アイン》の名を持つ彼女は言葉を紡ぐ。
「最初に聖女が確認されたのは11世紀末の春方戦線、今なお続く第一聖女が“春”の残党をまとめ上げて軍事勢力を築いた。
“教会”は彼女を“発狂したただの少女である”と認定して、敵対関係を続けている訳だ」
「今更そんなところから語る必要があるかね?」
茶々を要れたのは3《ドライ》とよばれた男だった。
彼は気だるげな様子で伸びをしている。あまり真面目に聞く様子はなかった。
それ故かカーバンクルは取り合わず、無視をして言葉を続ける。
「それから100年間、奇妙な力を宿した少女たちが観測されてきた。
そのたびに見つけ出し、その命を狩ってきた。何人も何人も、幼気な聖女サマを殺してきた。
とはいえ……実のところこの戦い、私たちが圧倒的に不利だった」
──何故なら殺された聖女は“転生”してしまうからだ
そう彼女は口にした。
「聖女を狩っても、しばらくするとまた別の場所で同じ顔をした少女が生まれている。
名前は違うし、家柄も種さえも違う。当然記憶だって続いていない。
だが──少女たちは、引き継いでいるんだ。かつて狩られた“先代”の奇蹟の言語を」
自らを“犠牲”にしてまで現実を改ざんしようとした聖女エリス。
その胸に刻まれた自我さえも否定していた“理想”の聖女アマネ。
彼女らと同じ奇蹟をその身に秘めた存在が、かつてこの世界にはいた。
産まれ、奇蹟をふりまき、殺され、その度に産まれ直す。
聖女たちは、そうして世界にその存在を刻み続けていた。
「この百年間の間に私たちが遭遇した聖女は、七つの類別が可能だった。
希望、堕落、未来、正義、理想、犠牲、虚構……聖痕というラベルが張られた七つの奇蹟。
転生し、代替わりしていく聖女たちは、どうやら同時に七人しかいないようだ、ということも戦いの中で掴むことができた事実だ」
弥生の七つの仮面。
“雨の街”にて、太母を名乗る存在は、そう口にしていた。
ピタリと数が符合する。それが意味することを想い、田中は思わず拳を握りしめていた。
「……それで、何が言いたいですか? 1《アイン》殿は、その新入りを誘いこんで」
それまで黙っていた10《ツェーン》が不意に口を挟んできた。
するとカーバンクルは、ほんの少しだけ、笑みを浮かべて、
「いやだからね、彼はなんと、聖女の“転生”を止められるかもしれないの」
その言葉と同時に、周りに緊張が走るのがわかった。
聖女の“転生”を止められる。
それが意味することはすなわち、聖女という存在を根絶する糸口になりうるということ。
「さて、少年。剣を見せてくれ、例の奴だ」
カーバンクルに促され、田中は一歩前に出る。
みなの視線が集中する。その中でも彼は、特に10《ツェーン》と9《ノイン》のものを意識しながら、手首の鞘より剣を抜いた。
美しくも儚い、片刃の偽剣。
幅広の刀身は向こう側が見えそうになるほど薄く、それ故に鋭利さと脆弱さを同じ刃の中に同居している。
黄玉の色彩を称えたその剣の銘は『エリス』。
「この剣は“犠牲”を言語を物質化したものだ」
その言葉に声を上げたのは6《ゼクス》だった。
彼はその美しい金髪を撫でながら、
「その分析は、信じてもいいのですかな?」
「私がこの目で見た。魔術師共にも回しているが、おそらくアタリだ。
第五・第六の聖女はもう今後現れないだろう」
「ほう! それはそれは」
6《ゼクス》はそうして快哉を上げたのち、田中にあの気持ち悪いウインクをして、
「頼もしい者が入ってくれたものだよ。いいね、新たなる8《アハト》」
「……俺は、これで聖女を殺せるのならそれでいい」
「その心意気や良し! と言っておこう」
楽しそうに笑う6《ゼクス》に田中は何も言わない。
とにかく、田中が聖女を殺すことができれば、その“転生”を止められるのだという。
何故自分がこんな力があるのかはわからない。
だが──あの太母の言葉を思い出す。
“もし仮にあなたが、散らばった弥生の言語を集めることができたのなら。
割れてしまった欠片を揃えて、つぎはぎすることができたのなら──もしかすると会えるかもね”
あの言葉を完全に信じる訳ではない。
だが、聖女が弥生であり、同時に弥生でない何かであるということは、エリスとアマネを通して確信していた。
ならば自分が取るべき道は一つしかない。
そう、考えていた。
「本当にそれで“転生”が止められるという確証はありますか?」
10《ツェーン》が目を細めて言った。
「聖女の存在、奇蹟、そして“転生”現象については謎も多い。
言語の物質化に成功したところで、本当に“転生”を阻めるか疑問です。
それに魔術師の分析も、どこまで信じられるか……」
「あら、私のことは信じられないの?」
淡々と語る10《ツェーン》に対し、カーバンクルは笑いながら、
「私、見たわよ。彼のことも、前の8《アハト》の死に際も、全部ね」
そう告げると、10《ツェーン》は一瞬眉を吊り上げた。
「……そうでしたね。1《アイン》が言うのです、信じましょう」
そう、抑揚のない口調で10《ツェーン》は返したのち、
「では、その力を信じて、第七聖女を彼に殺させる、というのはどうでしょう?」
「……第七、ね」
10《ツェーン》の言葉に、場が緊張を帯びるがわかった。
6《ゼクス》も笑みを消し、4《フィア》はそわそわと辺りを窺っている。
9《ノイン》はぶつぶつと何かを言っていたが、聞こえなかった。
ただその奇妙な雰囲気に田中は、少し困惑をしていた。
「第七聖女。最も新しく観測され、唯一“教会”が捕獲に成功した聖女、か」
「ええ、この塔の最上層にて監禁されている彼女を、まず彼を使って物質化してしまえばいいでしょう」
その事実は田中が初めて聞くことだった。
この塔に──聖女がいる。そう思うと声を上げたくなったが、カーバンクルは田中を制するように目配せをしてきた。
「いや、それは止めておこう。アレを引っ張り出すには、上を納得させるための実績が必要よ。本当、面倒だけど」
「……実績ですか?」
今度は10《ツェーン》が笑う番であった。
口端を吊り上げ、敵意と苛立ちを込めた笑いを田中とカーバンクルへと向ける。
「承りました。それではさっそく、最前線に彼に出てもらいましょう。
要するに、彼が本当に聖女を根絶ができる存在か、わかるようにすればいいのでしょう?
ならば物質化のサンプルはより多い方が良いはずだ」
「いきなりですかね」
6《ゼクス》はそこで眉をひそめていた。
「私としては、もう少し色々教えた方がいいと思いますが。
ようやく見えた聖女への対抗策である彼を喪ってしまえば元も子もない」
「しかし、彼は既に強いのでしょう? 何せ、8《アハト》の力を持つ者なのだから」
弱い筈がない。
きっぱりと断言するように、彼女は言ってのけた。
「ならば問題ない筈だ。彼が8《アハト》であるならば、すぐにでも任務に出すべき……と私は思いますが」
6《ゼクス》から視線を外した10《ツェーン》は、田中とカーバンクルを見上げて言う。
その桜色の眼差しに、田中はやはり親近感に似た想いを抱かざるを得ない。
しかし、それを振り払うように顔を上げ、
「いいさ。俺は殺せるなら、何でもいい」
口からこぼれ出た言葉は、まるで先代の8《アハト》のような悪辣なものであった。
「このっ……!」
すると10《ツェーン》は顔を歪めた。
それまで表面上は冷静を装っていた彼女が、初めて明確に見せた苛立ちだった。
だがすぐにそれは消えた行く。露わにした感情を鎮めながら、
「これで、文句はないでしょう? すぐに部隊を編成して、彼を聖女の下に向かわせます」
「ま、そうね。それが効率的かもしれない」
意外にもカーバンクルは10《ツェーン》の言葉に頷いてみせた。
「次の任務には私も同行するわ。フォローはこちらもやるから」
「それならば、私も行くとしましょう!」
6《ゼクス》が立ち上がり、意気揚々と言った。
「研修を途中で投げ出すのは気に入らないのです、私も志願したい」
カーバンクルはその姿を見て頷きながら、
「10《ツェーン》、攻略部隊を編成するとして、どこを責める気だい?」
「第二がいいでしょう。場所も、性質もおおむね割れています」
「第二か……となると、もう一人ぐらいは欲しいところだな」
カーバンクルは口元を押さえ考えるそぶりを見せながら、残る異端審問官たちを見回す。
すると、すっ、と手を上がった。
「あ、あの、わ、私も行っていいですが」
「ん? 君が志願するなんて珍しいな、4《フィア》」
「え! いや、そのぅ……」
フィアは頬を紅潮させ、ちらちらと熱っぽい視線を田中に向けてくる。
妙に恥ずかしがっている。田中がその意図を掴みかねていると、
「まぁ、いいや。私に、4《フィア》、6《ゼクス》、8《アハト》。
それなりにバランスの取れた編成だろう。これで行こう」
……そうして田中は新たな聖女の下へと向かうこととなった。
天空墓標に住まう“堕落”の第二聖女。
彼女はそこで、ずっと終わらない歌を歌い続けているという。




