41_十一席
「さてさて、集まったみたいね。
どうだった6《ゼクス》の研修は?」
「終わったよ、つつがなくね」
そのフロアにやってきた田中を迎えたのはカーバンクルだった。
彼女は壁によりかかりながら不敵な笑みを浮かべている。
「いろいろと教わったさ、先輩方にね」
「そうか、まぁ6《ゼクス》なら良いだろう、あれで面倒見の良い奴だからね」
言いながら、彼女は顔を近づけ、少しだけ声のトーンを落としながら、
「本当はハイネ、2《ツヴァイ》の奴にお前を任せられたら最高だったんだが」
「……別になんだっていいさ、俺はただ、聖女を殺せればそれでいい」
「ん、まぁそうかい、今の君の場合は」
カーバンクルはそこで視線を外し、部屋に並べられた席を窺った。
円を描くようにその席は置かれており、その中心にはぽっかりと穴が開いていた。
席の数は十一。
「…………」
そしてその席の一つにはもう既に誰かが座っている。
異端審問官の灰色のカソックに、剣の紋章がついた仮面を被った彼は、田中がこの部屋を訪れた時からずっとそこに座っていた。
「しかし、誰もいないな。君を紹介するために集合をかけたのに」
だがカーバンクルはまるで彼などいないかのように振舞っていた。
そのことに疑問に思った田中は尋ねようとするが、
「アレのことは、無視していいよ。君にはたぶん、縁のない話だ」
それを先読みするかのような言葉で遮られてしまった。
アレ、というのがあの席に座る彼を挿すのは間違いないだろう。
その意図が掴めなかったが、釘を刺された以上、深入りするのはリスクがある。
そう判断して、田中は口を噤んだ。
「まぁそろそろ来るだろう。10《ツェーン》も流石にこんなところでヘソは曲げまい」
その言葉通り、しばらくして、徐々に人が集まり始めた。
まず来たのは10《ツェーン》と9《ノイン》で、彼女らは田中らに挨拶一つなく並んだ席に腰掛ける。
次にやってきのは6《ゼクス》で彼は顔を合わせると、またあの気持ちの悪いウインクをしていた。
4《フィア》は部屋に入るなり、何故か田中の方を見て、ひどく赤面していた。
それで部屋には最初にいた男に加えて1《アイン》、4《フィア》、6《ゼクス》、8《アハト》、9《ノイン》、10《ツェーン》の7人が座った。
並びから何となく席順を察した田中もまた席へと座る。ちら、と隣に座る9《ノイン》が視線を向けてきた。
見れば、1《アイン》であるカーバンクルは無言の男の隣に座っていた。
その並び順から田中は、あの男が11《エルフ》に当たる者だと推し測ることができた。
みなが日本語を喋るなかで、何故かは知らないが、この組織のコードネームはドイツ語の数字から取られている。
そして異端審問官“十一席”という組織名の由来は、恐らくはこの部屋にあるのだろう。
「さて、だいたい揃ったでしょう」
おもむろに立ち上がった10《ツェーン》が中央のくぼみへと近づいていく。
薄紅色の長髪を揺らしながら、彼女は手を掲げる。途端、ぼう、と靄がくぼみに渦巻き、球体となってその場に維持された。
「全員集合、とは行きませんでしたが、とりあえず始めさせていただこう。
まず今回は──」
「おおう、遅刻した遅刻」
と、そのタイミングで部屋に跳躍してやってきた者がいた。
仮面を被ったままの彼は、首をコキコキと気だるげに鳴らしている。
「3《ドライ》」
10《ツェーン》は不機嫌そうにその男を睨みつけた。
だが当の男、3《ドライ》は「すまんすまん」とさして悪びれた様子もなく言って、4《フィア》の隣の席に座った。
4《フィア》はそんな彼におどおどとした視線を向けていた。
「……さて、今度こそ全員でしょう。
2《ツヴァイ》、5《シュンフ》、7《ジーベン》は任務で塔にはいないのですから」
果たして、8人の人間がこの場に集ったことになる。
全員が灰色のカソックを身にまとった存在、“聖女狩り”の異端審問官である。
「それではまず現状を報告します」
10《ツェーン》はゆっくりと語り始めた。
同時に後ろの球体にも変化が訪れる。暗い靄が今度は透き通る水晶と化し、そこに像が刻まれる。
どうやらそれは、地図のようであった。
「まず第一聖女は変わらず“春”の残党と結び、勢力を拡大しているようです。
ここは2《ツヴァイ》が向かっていますが、特段大きな変化はありません」
「依然として膠着状態、という訳だな」とカーバンクル。
「ええ、まぁ」
10《ツェーン》が語るたびに、背後の地図が変化していく。
その見方を田中はまだピンと来ていない。しかし第一聖女の勢力の強さを示していることは、なんとなく掴むことができた。
「次に第二聖女、こちらも状況の変化なし。籠ったままです。
第三聖女は、以前3《ドライ》と4《フィア》が逃して以来、姿を捕捉できていません。
各地で発見の報告はあるのですが」
言われて4《フィア》が、びくり、と肩を上げるのがわかった。
責められたと感じたようだ。一方で同じように名前を挙げられた3《ドライ》は何も反応を示さなかった。
「第四聖女は既に発見・捕捉済み。5《シュンフ》と7《ジーベン》を派遣済みです。
この二人ならば、恐らくは問題ないでしょう。そして──」
そこで10《ツェーン》は一度言葉を切った。一瞬だけ、田中の方へと鋭い視線を向けたのち、
「第五・第六聖女は共に討伐を確認しました。
……ここからは1《アイン》、貴方から報告していただいた方がいいでしょう」
カーバンクルは「わかったよ」と立ち上がった。
同時に、くいくい、と田中を誘うように手を振った。
「…………」
田中は無言でそれに従い、カーバンクルとともに中心へと立つ。
「第五・第六聖女は討伐した。
その際、先代の8《アハト》は殺され、新たに彼を“十一席”に迎えることとなった。
8《アハト》が死亡時に、その場にいた彼を──彼と呼ぶべきものを、巻き込む形で“転生”した存在だ。
彼の代わりとして、これ以上ないだろう?」
視線が集まる中、田中を示しながら、カーバンクルは語り始めた。
特に背後に立つ10《ツェーン》の刺すような視線を、田中はどうしても意識せざるを得なかった。
もはや疑う余地はないだろう。8《アハト》と10《ツェーン》の間にあった強い結びつきと、今この自分との軋轢を。
カーバンクルは、しかし、田中のことも10《ツェーン》のことも一切気にしない様子で、
「だが、正直そんなことはどうもでいい」
そう言い切ったのち、声を張り上げて言った。
「伝えたいのはだな、彼は聖女の“転生”を止めることができるかもしれない。
100年に渡る聖女との戦いを止める鍵になり得る人材だ、ということだ」
と。




