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虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
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37_6~優しい暴力~


10《ツェーン》と9《ノイン》。

現れた彼女らに対して、田中は何も言えないでいた。

胸の奥から想いが渦を巻いて上がってくる。しかしそれらは喉元まで来る頃には形にならず消えてしまうのだ。


「8《アハト》の代わり、ね」


そんな彼を余所に、カーバンクルはニヤリと浮かべて、


「報告しただろう?

 8《アハト》の代わりどころか、ある意味本人そのままだって」


ぴくり、と10《ツェーン》の眉間が動くのがわかった。


「私は、そう思いませんが」

「何故だい? 報告したように、なんたって彼は“転生”したんだぜ」

「偽物」


と、そこで9《ノイン》が口を挟んできた。


「偽物だよ、そこにいるの。8《アハト》君じゃない」


彼女はぼんやりとした口調で、しかし田中を突き放すように言った。

そのことに対し、田中は一瞬奇妙な感情を覚えたが、だがそれ故に反感も生まれていた。

理不尽な糾弾に対し、言い返すように彼は口を開いていた。


「8《アハト》は俺だよ、それはきっと間違いない」


そのとき10《ツェーン》は、9《ノイン》を制するように手を伸ばしていた。

だがその眼光はより鋭く、にらみつけるように田中を見据えている。


「先代の8《アハト》は死んだ。

 彼の後釜として俺が入る。異端審問官として聖女を殺す。それで文句はないだろう」


務めて平坦な口調で、彼は彼女に対してそう告げた。

しばらく彼らの間に沈黙が舞い降りる。

互いに互いに何かを言おうとして、しかし口をつぐみ、結果として緊張をはらんだ静寂が生まれていた。


「……ふん」


しばらくのち、10《ツェーン》はそう短く漏らした。

そしておもむろに袖をめくり、手首に巻いたソードリストを見せながら、


「まぁ、いいでしょう。欠員補充としては確かに適任です。

 ただ諸々、彼に教えるべきでしょう。“教会”のことやら、今後の任務について」


今度はカーバンクルに対して彼女はそう告げる。


「つまり?」

「私がやりましょうか? 新たな8《アハト》の教育係を。

 1《アイン》様は、いろいろとお忙しいようで」


皮肉気に言う彼女に対し、言葉を返したのはカーバンクルではなかった。


「いや、それには及ぶまい!」


唐突に、また別の声が廊下に響き渡っていた。

と、同時にその場に、す、と跳躍ステップして現れた者がいた。


「新人教育は下っ端の役目。

 1《アイン》殿や10《ツェーン》殿のような役職者が取り持つことはありません」


そう言って、その彼は大きく、とても大きく笑いを挙げた。

豪快な笑い方であったが、その笑い方と相反するように華奢な体格をした男だった。


「であれば、下っ端にしてヒラ。ぺーぺーであるこの私、6《ゼクス》が受け持つとしましょう」


6《ゼクス》と名乗った彼は、一言で言ってしまえば──美麗な男だった。

たなびく黄金色の髪。空のように澄み渡る青色の瞳。その整った顔立ちは、まるで彫刻のようだった。

ただ一点、目元には大きな傷が走っていたが、その傷さえも美術的な意匠の一種とも感じさせた。


「君か……ふむ」


彼の登場にカーバンクルは、口元を押さえ考える素振りを見せた。


「ハイネ、いや2《ツヴァイ》は? 奴がいるなら任せたいが。あと私も会いたい」

「彼は相変わらず“春”の方に。第一聖女相手によくやっています。

 そして5《シュンフ》、7《ジーベン》もまだ任務から戻っていません」


彼女はそこで田中と、そして10《ツェーン》たちに視線をやったのち、


「なるほど。となると、まぁ確かに君が適任だな」

「でしょう──それで文句はないでしょうか? 10《ツェーン》」


その言葉に対し、10《ツェーン》は「ふん」と不機嫌そうに漏らしたのち、


「私よりも、1《アイン》の決定権の方が優先されるでしょう?

 だから私になど聞く必要はないよ、6《ゼクス》」


そこで彼女は背中を向け去っていき、9《ノイン》もまた追随する。

遠ざかる二人をじっと見ながら、田中は変わらず胸に燻る奇妙な感情に戸惑っていた。


彼は満面の笑みをもって、田中にウインクしてみせた。


「気持ちが悪いな」

「ふふふ、先代の君にもそう言われたよ」

「先代、ね」

「前世といってもいいぞ? とはいえ新しく入りなおす以上はキャリアは一新だが」


妙な男だ、と田中は感じていた。

彼に対しては10《ツェーン》や9《ノイン》に抱いていたような感情は湧かなかった。

とはいえ別段悪感情もない。それゆえ、話しやすいといえば話しやすい相手ではあった。


「6《ゼクス》、すまないな、君も仕事があるだろう?」

「いやいや、10《ツェーン》殿はああ見えて激情家なところもありますから、フォローすべきと思いまして。

 どんな形であれ、私が入った方が絶対に事が収まったでしょう」

「まぁ、それは正しいと思うわ」


カーバンクルは6《ゼクス》と苦笑を浮かべながら言葉を交わしたのち、


「それではロイ君、6《ゼクス》に色々教わっておくといい。

 私も、10《ツェーン》が怒り出す前に諸々働いておかないとな」


田中の方を見て、大きく息を吐いていた。









そうして6《ゼクス》に田中が連れてこられたのは、塔の中層に当たる一室だった。


何も置かれていない、だだっ広いだけの真っ白な部屋だった。

ただ床に目をやると、中心から伸びるようにびっしりと日本語が刻まれていた。


「さて新人の田中君。まずは最初の研修チュートリアルだ」


その意味を問いただすよりも早く、6《ゼクス》が声を張っていた。


「異端審問官の仕事は、とにかく戦って、戦って、殺すことだ。

 下っ端ならなおのこと!」


田中と向き合った彼は、美麗な外見にそぐわない笑い方をしながら、剣を抜いていた。

漆黒の刀身をした、片刃の剣。それは──見覚えのある剣だった。


「暴力で、無理やり言うことを聞かせる。

 つまるところ、これが私たちの仕事だよ」


……そうして6《ゼクス》による暴力的な指導が始まった。



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