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虚構転生//  作者: ゼップ
聖女エリスとさかしまの城
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03_世界観説明(簡素版)



「この世界には神話時代ファーディエイジ人間時代アーディエイジがあるの」


何時だったか病室で、弥生の原稿を読みながらこんな会話をしたことがある。

田中は原稿に振られたルビを見ながら、


「神話と歴史の違いみたいなものか?」

「神々、というのは便宜的な名前。本質は概念的でピュアなもの。

 それが段々と零落していって、物質的な人間の時代が来たってわけ」


弥生の小説は基本的に同じ設定、世界観の下でつづられている。


何度か読んできた田中にはわかるが、

とりあえずどの時代にも“春”“夏”“秋”“冬”の四柱の女神がいて、その名の下に四つの大きな国が存在している。


「ちなみに今回の話は12世紀の話、グロいのとか書きたいときに使う時代でね。

 とにかくヤバいくらい世界が荒れてる時代って設定なの」


何時になく楽しそうに彼女は言った。







「なるほど」


エリスとの門答を経て、田中は一言漏らした。


「ここは実は勝手知ったる場所だってか」


自分の仮説が正しいのかはわからないが、まるでわからないという状況から一歩前進した気がする。

パンパン、と田中は顔を叩く。そしておもむろに瓶に残っていた水を頭上から被った。

冷たい水の感触が気持ちいい。


「わお、豪快」とエリス。


困っていても拉致はあかない。田中はそう自分に言い聞かせた。

とにかくこれは夢じゃない。確かにいまここに自分がいある。

そしてあの仮面の女――エリスが異端審問官、と呼んでいた奴らもこの城の中にいる。


思い起こしても奴には一切の躊躇というものがなかった。

弥生――ではなくエリスに向かって、その黒い刃を明らかに殺す勢いで振り放ったのである。


「エリスさん」

「何っ? 今度は何を答えればいいの?」

「とりあえずエリスさんはさっきの異端審問官から現在進行形で逃げてるって話みたいだけど、当てはあるのか?」


先ほどの攻撃をエリスは退けていた。

この際それがなんであってもいい。問題は逃げ切る算段があるのか、否か、だ。


「ええと、ちょっと待ってね」


またしてもエリスは手帳をめくる。そしてどこか目当てのページを見つけると、


「うん、あるよ。というかそのために私、逃げてたみたい」


エリスはそう頷いて、こちらに手帳を見せてきた。

そこには地図、この城のおおまかな構造が記されていた。

中心に中庭――ここがさっき来たところだろう――があり、それを取り囲むようにして四つの隅塔がある。

そこからチャペルを挟んでひときわ大きな主塔があり、その先端が赤いペンでぐるぐると印がつけられている。


「このマーキングは?」

「うん、私の目指してたらしい場所」


それでこれから私の目指す場所、とエリスは言ってのけた。


「第一祈祷場。この一帯の幻想リソースを一点に集約してるの。

 ここで私が聖女として言語テクストを構築してやれば、偽剣ソードレプリカだって怖くない。

 フィジカル・ブラスターを思いっきりぶっ放せる」

「専門用語を抜きに言うと? ここじゃルビも読めない」

「異端審問官はみな殺しっ! 私たちは生き残りっ!」


エリスは快活に言ってみせる。上機嫌にそこで、くるり、と回って見せた。

つられて田中は笑う。何故だか少し気分が昂っていた。


「つまりここを目指せばいいわけなのか」


田中が確かめるように言うとエリスは頷いた。

そして現在地を確認すると、どうもここは隅塔の真下らしい。

目的の場所にいくにはチャペルから階段を上る必要があるらしく、城がどの程度の大きさか掴めないので断言はできないが、地図上ではそれなりに距離を要していた。

外壁の通路を使ってぐるりと城の側面を回らなければならないらしい。


「異端審問官に見つからないようにここに行く……なるほどわかった。手伝おう」

「うん、ありがとうっ! いえーい!」


そういって笑って二人はハイタッチを決めた。パン、と言い音がした。


「……でもなんで? ロイくんが私を助けてくれる理由なんてあったっけ。私、メモ忘れちゃった?」


ふと疑問に思った、とでもいうようにエリスは首を傾げた。

田中は目を泳がせたのち、なんと答えるかと考えたが、


「ちょっと待って」


エリスはそこで笑みを消し、小さな声で言った。

田中はその表情に何かを察する。沈黙し、扉の向こうから聞こえてくる音に耳を澄ませる。


カツン、カツン、カツン……


それは靴音だった。ゆっくりと反響する靴音と、何かを引きずるような鈍い音がセットになって聞こえてくる。

田中は扉の向こうに仮面の女を幻視した。あの抜き身の刃とともに城の中を徘徊するあの女を。


エリスと田中は息を殺して、音が去っていくのを待つ。

さきほどまでの快活さは消え、エリスはその桜色の唇を震わせ、その瞳には恐怖が滲んでいた。

見つかれば殺される――その姿はそう訴えているようだった。

先ほどはエリスの不可思議な力で退けることはできたものの、それはあくまで偶然に近いようだった。


田中は思わずエリスの手を取っていた。

その震える手はびっくりするほど小さく、そして冷たかった。


「────」


エリスはほんの少しだけはにかんで、その手を握り返してきた。

一瞬だけ病室での弥生の姿が脳裏にフラッシュバックした。しかしすぐに消えていた。


そうしてしばらくすると靴音は消えていた。

やり過ごせたか。そう思い、田中はおそるおそるドアから顔を出した。

廊下には誰もいなかった。仮面の女はすでにこの先に行ってしまったらしいい。


「ここにいてもラチがあかないな。とりあえず行くしかない」


田中は言い放った。正直なところ、彼自身も怖くない訳がなかった。

意味のわからない拉致による混乱が退いてきたことで、目の前の恐怖を認識できるようになっていたのだ。

しかしエリスがいることで、足は動いたのだった。


「うんっ、わかってるよ! いく」


でもちょっと待って、とエリスは言って何やら手帳にメモをし始めた。


「ロイくんは思ったよりも頼りになる奴だ、と」

「当初の想像は超えることができて嬉しいよ」


苦笑しながら言って、田中は扉を開けた。

迷っている時間はない。こういうのは行けると思ったときに勢いでいかなければならない。

そう身を奮い立たせ、エリスの手を引いて歩きだした。


「ここをまっすぐ行って、まず外に出よう」


隣でエリスが道筋を示してくれる。

確か先ほど「ここは私の城」と言っていた気がする。


あらためて城の中を進むと、随分と荒れていた。

薄汚れたカーペットと埃の積もった調度品。穴の開いた外壁からは、ひゅうう、と風が流れてくる。

がらんどうの城の世界がそこにはあった。


「なあ、エリスさんって、ここに住んでいるのか?」


田中は声をひそめて尋ねた。


「うんっ、そうだよ」

「ずっと一人で?」


とてもではないが、人が快適に住めそうな環境ではない。

そう思ったが、しかしエリスはなんてことのないように答えた。


「この城の主は私だけ。私は一人でここを維持してるの?」

「食べ物とかはどうしてるんだ」

「そこは私、聖女だからねっ」


パンと水をどこからともなく出してみせたことを思い出す。


「……寂しくはないのか?」


思わずそんなことを聞いてしまった。

ここがどんな世界なのかもよく把握してない身分で聞くことではない、と思いつつも。


だがやはりエリスはあっさりとした口調で、


「寂しくないよ」


そう答えるのだった。

と、同時に視界が、ぱっ、と開ける。

ぼろぼろの城の中から、城の外部へと抜けたのだ。

外壁に据えられた道をたどって、チャペルへと向かう必要がある。

だから外に出たのは問題なし。ただ田中はそこに広がる世界に目を見開いていた。


「だって私はあの街のみんなと一緒にいるもんっ」


先ほど中庭では空を見ている余裕などなかった。

だから気づかなかったのだが、この城のまっすぐ上に──広大な街が広がっていた。

石でできた家々は整然と並んでおり、中心には荘厳な女神像と聖堂と思しき建物が置かれている。

遠目に見えるその街には、当然のように人が住んでおり、数多くの人間たちが動き回っていた。


「ここはね“さかしまの城”」


エリスはニコリと笑って言った。


「誰にも触れられないおとぎ話のお城だよ。

 この虚構の空に浮かぶ、ね」


そこまで聞いて初めて田中は察する。

空に街が広がっているのではない。この城の方が夜空に張り付いているのだろう、と。



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