29_ざざざ──
「アマネさん!」
声を張り上げ、田中とキョウ、そしてリューは並んで祈祷場へとたどり着く。
そしてそこで対峙する二人を見て、キョウが声を漏らした。
「フュリアさんっ! 貴方なんで」
「なんでって、会った時に話したでしょう? 父上を救うためだよ」
そこに立っていたのは先日この祈祷場を襲った一味の一人である、フュリアだった。
今回は彼女はいつもの戦闘服は纏っていなかった。
動きやすい軽装を身に着け、雨の中においてアマネと対峙している。
「私が様子を見るからって言ったじゃないですかっ!」
「はんっ! あんなの方便だよ。潜り込めるか否か、ちょっとカマかけただけさ」
甲高い声で吐き捨てるようにフュリアは言った。
そのやり取りの末に、どうやら二人の間に何か接触があったことを田中は察する。
先ほどキョウの様子がおかしかったのも、このせいか。
「でもアンタも何も知らないみたいだし、なら直球でやるしかないってね」
「……また、乱暴なお方ですね。まだ年端も行かない子供ですのに」
共にざあざあぶりの雨を被りながら、フュリアとアマネは言葉を交わしていた。
田中はその意図を掴むことはできないでいた。
だがそれを察してくれたように、リューが口を開いてくれた。
「フュリア……彼らは“ファミリア”という組織の一員らしい。
城と、この街で連続で遭遇したのも、彼らが聖女を狙っていたからだ」
「異端審問官のように?」
「いや、“教会”の手のものではないようだ。
先日の襲撃もその一環さ。そこでフュリアたちの裏で行動していた父上が、どうもアマネを襲って以来消息が取れないらしい」
だから単騎で来たという訳か。
その言葉を聞きながら、田中はこうも考えていた。
果たして、どちらを×すべきであろうか、と。
「父上を……返せ!」
笑いながらフュリアは剣先をアマネに向けていた。
あと少しでも突き出せばその身は貫かれるだろう。
だがその距離にあって、アマネは表情を一切変えはしなかった。
「……別にいいですよ」
そしてそう漏らした。
「何?」
「父上というのは、あのゲオルクという方でしょう?
私共は別に何も隠している訳ではありませんから」
それに、とアマネは言った。
「別にこそそのような剣を向けることもなかったのですから、フュリアさん」
「何故、私の名前を……!」
戸惑うフュリアを余所に、アマネは「タイボ」と声を上げた。
途端、どこかともなく、ぬっ、とその影は躍り出てきた。
「ふふふ……お呼びでしょうか? アマネ様」
からから、と音を立てながらタイボは、何時しかアマネの隣に現れていた。
「ゲオルク君を呼んで……会わせてあげて」
「わかりました。彼でしたら、先ほどまで元気に駆けまわっていましたよ」
その言葉の直後、タイボが手を掲げた。
すると、その下に小さな子供が現れていた。
灰色の給仕服を身にまとった彼は、突然の事態に一瞬驚きの表情を浮かべたが、近くにアマネがいることに気づくと、あどけない微笑みを浮かべた。
雨に濡れることも嫌がるそぶりは一切なかった。
「そのガキがどうしたっていうんだい? 聖女サマ方」
「貴方……本当に似ていますね。やはり“子”は“父”に似るのでしょうね……ゲオルク君と、同じように」
アマネはそう平坦な口調で言いながら、まるでフュリアに差し出すかのように少年をフュリアの前に連れて行った。
ゲオルク君と呼ばれた少年はきょとんとしたように、フュリアのことを見上げていた。
「だからこれが何だって……!」
「ですから、これが貴方の父上なのですよ、フュリアさん」
変わらぬ口調でアマネはそう告げた。
意味が分からない、という顔を浮かべるフュリアに対し、タイボが言葉を繋いだ。
「正確には、父上の“理想”の姿……本当になりたがった姿でしょうが」
「何を言って……!」
「フュリア?」
ゲオルクはそこで初めて声を上げた。
「アマネ様、ぼくその名前、何か聞いたことある……とってもいい子だった気がするんだ」
「ええ、良い子ですよ」
「うん、でも確か──僕が彼女の両親を殺してしまった、ような」
ゲオルクはそこで、急に顔を抑えた。
それまでの無垢な微笑みからは一変して、胸を押さえて苦しみだす。
そうして一瞬急速にその顔に皺が寄り、髭が生え出していた。
その奇怪な成長の明滅に、田中とキョウは共に息を呑んだ。
「村に押し入って、逃げる奴らを全員背中からブスブスやってたら、
そしたら、フュリアだけは、何故か逃げなかったから……! だから大人しそうだし、“教育”も楽だと」
「父上……?」
その豹変を見て、フュリアも目を見開き、そう漏らした。
「ごごごごごめんなさい。ごめんなさい。僕、僕──」
老いた子供、としか表現できないそれは、涙に顔を歪ませていた。
グロテスクな姿へと変貌したそれを、アマネはそっと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫です。その傷も、雨に当たっている限りは洗い流されますから」
「でも、でもぉ」
「良いのですよ。貴方は悪であることを気にする必要はありません。
善悪など、洗い流してしまえばいいのです。この雨に当たっている限りは、貴方のなりたい自分を振舞えばいい……」
ゆっくりと語るその姿は変わらず淡々としていて、感情が一切見えない。
けれどもその言葉は確かに子供に届いたのか、ゆっくりとその成長が止まり、次には逆行が巻き起こった。
老いた子供は、ただの涙ぐむ少年へと巻き戻っていたのだった。
「……何をやって」
目の前の光景を、フュリアは理解できないでいるようだった。
父と仰いでいた人間が、少女である彼女よりもずっと幼くなっている。
意味の分からない構図を見せられ、フュリアは動きを止めていた。
「貴方も、傷を負っているようですね、フュリアさん」
そんな彼女に対し、アマネはゆっくりと語りかけた。
「幼い時分に村を焼き払われ、次はゲオルクの“子”として黙々と従う人形になった。
悲しい……けれども今の世ではありふれた傷です……“父”と同じ傷を、貴方は負っている」
田中も、キョウも、急いででてきたため、コートも何も羽織ってはいなかった。
ただその身で、雨を受け続けている。
「ロイさんも、キョウさんも、ひどく傷を負っていらっしゃるようですね」
そんな二人に対し、アマネは声をかけた。
「ロイさんは、行ってしまった殺人に対する戸惑いと良心の呵責を」
田中は、アマネの碧の瞳に見据えられ、動けなくなっていた。
アマネはすべてを見透かすかのように、この場にいる者たちへと語りかける。
「キョウさんは──その血にまみれた家族との殺し合いが、深く深く突き刺さっている」
その言葉に、キョウもまた動きを止めていた。
彼女の衣装にくるまれ雨をしのいでいたリューが呼びかけるが、反応できないでいるようだった。
「みな……その傷を洗い流し“理想”の姿へとなりましょう。
そのために、彼らをここに集めていたのでしょう? タイボ」
「ええ、もちろん。一目見た瞬間に、私は確信いたしました。
すべて救うべきものたちであると」
タイボはそう言った。竜の仮面にその表情を見ることは適わない。
ざざざ──と音がする。
止まない雨の中で、アマネはその腕を大きく広げた。
「祈りを──捧げましょう」
碧色の瞳から淡く輝き、再び奇蹟の雨がこの場に降り注いだ。




