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虚構転生//  作者: ゼップ
雨、邪悪なる理想の聖女
28/243

28_機微


変わらず雨は降っている。

仮宿へと戻ってきた田中は、ずぶ濡れのコートを脱いで、建物へと足を踏み入れた。

当然、その隣にカーバンクルはいなかった。

アマネの部屋で手紙を見聞したのち「じゃ」と言葉を残して彼女は去っていってしまった。

来るときも突然なら、去るときも突然だった。


田中はどこか緊張しながら、胸ポケットに入れた手紙へと視線を移す。

それはあの“田中君へ”と記された手紙であった。

勝手に取り出すのはどうかと思ったが、現時点ではこれ以上の手がかりはない。

意味がわかるまでは持っていたかった。


「……うーん」


と、そこで田中はエントランスの椅子に座り込み、何やら唸っている少女を見つけた。

キョウであった。

彼女は霊鳥のリューと向き合いながら、何やらうんうんと悩んでいた。


「私にはわかりません。あの娘にとって、本当にそれでいいのか、よくないのか」

「キョウ」

「だって話を聞けば、あの父親さん、結構な乱暴者で、人殺しの人でなしで、それ以上にも」

「キョウ、ロイ君が来ているぞ」

「うーん──って、え? ロイ君!?」


キョウは、はっ、として顔を上げた。

そして田中と目が会うと「え、えへへ」と何かを誤魔化すように笑って見せた。


「こんにちは! 今日も良い天気ですね」

「キョウ、この街はいつも雨だ」

「え、ああ、リュー。そうでしたっ!」


二人のやり取りに田中は苦笑する。確かにこの街においてそれほどそぐわない挨拶もなかろう。

そう思いつつ、田中は無意識のうちに胸元を押さえていた。

盗んできた手紙がそこにあるという後ろめたさから出た行動だったが、逆に怪しまれるような動きだ。

だが、そのことにキョウは一切気づくことなく、


「ええと、その、最近あまりお話をしてませんでしたね。えーと、あの時以来……」


目を泳がせながら言うキョウは明らかにおかしかった。

そのため田中は逆にひどく冷静な心地で話すことができた。


「あの時は、ごめん。俺が悪かった」


冷静に、田中は頭を下げた。

それはずっと言いたかった言葉だった。


「えーと、はい?」


キョウは目をぱちくりとさせて言った。


「キョウさんに剣を向けて、殺すで斬りかかったこと。ちゃんと謝れていなかった気がする」

「あーそんなことですか? 正直私慣れてますし……」

「それに、色々気遣ってくれたのに、それを裏切るような真似をしたのは俺の方だろう?」


城で「殺してくれ」と頼んでからここまで、キョウは田中に付き合ってきてくれた。

カーバンクルは言うまでもなく様々な思惑があるようだが、キョウは田中のことを慮っての行動だった。

そのことについて、きちんと触れておきたかったのだ。


「うーん」


キョウは今度は不思議そうに首を傾けて、


「やっぱり不思議な人ですね、ロイ君」

「キョウさんほどじゃない」

「いや、そうでもないですよ。

 ロイ君、人を殺しているときはあんなに意固地で、なんの言葉も通らないのに、それ以外の時は妙に気配りもできるというか……」

「……混ざりもの、だからかもしれないな」


田中は小さく漏らした。

ここまで田中は何がしたいのか支離滅裂な行動も取ってきたように思う。

この世界に来て、8《アハト》として“転生”をして、衝動と事態に流されるままに来てしまった。


「なんでキョウさんは、そんなにも人が死ぬのを止めようとするんだ」


考える最中、田中は思わずそう尋ねていた。

その行動は完全に理解できなかったが、しかしその理念に一切迷いがないことはもうわかっていた。

彼女の使う不殺の偽剣ソードレプリカ『ネヘリス』にしたって、とにかく彼女は殺さない・殺させないことを目的に戦っていた。


尋ねるとキョウは戸惑ったように瞳を揺らしていた。


「ああ、いや。無暗に詮索する気はないんだ。言いたくなければ」

「いや、ロイ君。キョウはただ驚いているだけさ」


リューがそこで口を挟んだ。

彼は首を小さく動かしながら(笑っているのだろうか)告げる。


「知っての通り、キョウの行動は相当無謀で、意味不明に近いかもしれない。

 行く先々の戦いにに介入して、とにかく人を殺させないようにする、なんて。

 それこそ気狂いのそしりを受けたことだって、何度もあった」

「それは……」

「だからまぁ、田中君のようにそれなりに話を聞いてくれて、しかもキョウ自身に興味を持ってくれるなんて珍しいのだ」

「な、なんだか恥ずかしい言い方ですね、リュー」


キョウは頬を少し紅潮させ、口を尖らせた。

が、その少しあとに声のトーンを落として、


「なんで、か。別に大したことないんですよ。

 私は別に正義の味方を気取れるほどの人間じゃないですし、やってることがおかしいってことぐらい、わかっています。

 たぶんだから、トラウマなんだろうなぁ……本当は」


トラウマ。それが一体なんであるかまでは田中は敢えて聞きはしなかった。

だがとにかく、彼女にも何らかの理由があったのだ。そういう戦い方をすると決めた。

だから田中も、これからどういう道を行くのかを決めなくてはならないという想いが高まっていた。


と、そのタイミングであった。


ごうん、と轟音が建物中に響き渡った。







石造りの祈祷場は、青い炎が燃え盛っていた

降りつける雨の中、一人の少女が偽剣『ウイッカ改』を手に、雨に負けない勢いの炎を吐き出している。


「返せ、父上パパンを」


そう鋭く言い放つ少女──フュリアは殺意を込めた眼差しで、剣先にいるアマネを見据えていた。

それをアマネは無感動に見返していた。


ざざざ──と雨は続いていた。




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