27_君への手紙
“田中君へ”
そう記された手紙を、田中は震える手で受け取っていた。
“それは私の知らない名前。誰かはわからない。こんな変な名前の人、会ったことのない筈。
でも、確かに顔が思い浮かぶ。会いたいと希ってしまう。何時か、どこか、物語の中で語り合った筈の人”
続く言葉は要領を得ていなかった。
もしかすると書いている本人もよくわかっていなかったのではないかと思う。
ただ湧いてくるイメージを、どうしても形にせざるを得なかった。
“ここのところ、私は貴方のことをよく思い出します。
聖女としての自分を自覚してから、毎晩のように私は意識をします。
目をつむれば、不意に新宿の病院(わからない。そこはどこ?)での出来事が浮かび上がる。
田中君、弥生という名前、お母様でないお母様のこと、いないはずの妹のこと、それに置いて行かれた学校のこと。
知らない物語が、私の中で続いていくのです。”
そして田中は思い出す。弥生のことを尋ねても、アマネは何も反応を示しはしなかった。
それはつまり──
“その意味はわかりません。ただ断片的な言語が、私の脳裏にずっと浮かんでいます。
でももしかすると、私が旅に出たのは──貴方に会うためなのかもしれません”
次の言葉で手紙は終わっていた。
“田中君。
何時会ってもいいように、こんな手紙を準備しておきます。
貴方が物語の存在でなく、本当に存在している人なのであれば、きっと会えると思うから。”
震える手で、田中は手紙を置いた。
あの病室での語らいが、東京での出来事が、最後に感じた喪失が脳裏を過る。
ここに来て、やっと──現実とのつながりを見つけた気がした。
「やはり、来てよかっただろう?」
顔を上げると、ニヤリと笑うカーバンクルの視線とぶつかった。
「あとね、こんなものも見つけたよ」
そう言ってカーバンクルが取り出したのは、小さく折りたたまれた傘だった。
それは上品な布を使っているらしく、他に鞄にしまわれていた比べて浮くほど豪奢に見えた。
傘。それはアマネは決して必要としないものだろう。




