242_今日、紅い君とまた
ロイが言語船に座り込み息を吐くと、隣に座るキョウが「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
見れば彼女も彼女で傷や疲れが滲んでおり、目が合うとそこで互いに苦笑を浮かべてしまった。
「大丈夫そうですね」
「そっちもそうだな」
そう言って二人は互いに大きく息を吐いた。
下等客室の人間たちは、傷だらけの彼らにぶしつけな視線をぶつける者たちもいたが──まぁ安全だろう。
今の今まで4《フィア》たち“教会”の追手と交戦してきたところなのである。
“教会”の最新兵器やら異端審問官に比べれば、今の空気はずっと気が楽だった。
「四季姫さんは?」
「もう寝たよ」
ロイはそう言って視線で示した。
共に逃走してきた四季姫は彼に肩を預ける形で眠っている
第七聖女暗殺は結局失敗し、追われる身となった彼らだが、ともあれ一番の危機は脱したといえるだろう。
その事実を噛みしめ、しばらくロイとはキョウは無言で身を寄せ合っていた。
言語船の振動をその身に受けながら。
「四季姫様の味方になる約束、ちゃんと守ったんですね?」
不意にキョウは口を開いた。
そして眠り続ける四季姫の顔と、ロイの顔を交互に眺めつつ、
「誰かれ構わず殺しちゃってた時代からは考えれないです」
「さて、正直今でも俺は、自分のことをそこまで信用していない」
四季姫に対しては、頼まれた計画は失敗してしまったので、少々負い目があるのは事実だった。
結局、第七聖女アル・エリオスタは健在のままだった。
その父、絶世の剣士エル・エリオスタと共に、この“冬”の地に秩序をもたらすのだろう。
マルガリーテら反対勢力を吸収し、盤石の体制となった“教会”にもはや不安要素らしいものもない。
そのことはまぁ、何なら素直に喜んでもいいと、ロイは思っていた。
彼らに追われる身になりはしたが、こんな時代が終わるのならば、それに越したことはないだろう。
──第七聖女アル・エリオスタを通じて得た想いも、この胸にあることdさい。
「まー危ない人なのは知っています。ロイ君、今でも周りの人に対して、剣を抜こうがピリピリしていますし」
そこでキョウは、うんうん、と言って頷く。
「でもまぁ、ロイ君ならやっていけますよ。
四季姫様の味方も、ちゃんとやってくれるみたいし」
「ああ、まぁね」
「でも、これからどうするんです?
とりあえずはここから離れるんでしょうけど」
「探すよ」
尋ねてきたキョウに対し、ロイは即答していた。
ひとまずは“教会”の追手を巻くことになるが、今後当面の目標はすでに定まっている。
「あの人を探すよ。絶対どこかで生きてやがるからさ」
そう言って彼の脳裏に浮かんでいるのは──あの紅い瞳をした、彼女だった。
「たぶん向こうは向こうで俺のことを探していると思う。
だから──絶対にこっちが先に見つけてやりたい。
そうしないと、どうにも敗けた気になる。おいしいところを取られたというか」
「やっぱり、そうですね」
あえて直接の名前は出さなかったが、キョウはすぐに察したらしく、そう言って微笑んだ。
そこですっと立ち上がり、
「……じゃあ、まぁ、どこかで縁があったら、また会いましょう。ロイ君」
そう──別れの言葉を告げた。
背中を向け、そのまま去ってしまおうとする。
「いくら何でも早すぎる」
が、立ち上がったロイは彼女の肩を掴んで止めた。
途端、ばさり、と翼が舞い上がる。キョウが「きゃっ」と声を上げた。
いきなり広げられた翼に周りからの視線が集まり、ロイは苦笑を浮かべた。
「出てくことはないだろう、別に」
「え? なんでです? 別にもう私必要ないじゃないですか」
振り返った彼女は、頬を紅潮させながら言った。
「必要もクソもあるか、。
放っておくとそっちが勝手に死んでしまいそうだ」
対するロイはまっすぐと彼女の瞳を見据えながら、そんなことを言うのだった。
「は?」
「俺がいないとそっちが勝手に死にそうだといっているんだ。
一人でそんな生き方続けられるもんか」
「い、要らないです!
私! でもロイ君より強いですから!
私にもう関わらないでください!」
ぶんぶんと手を振って言う彼女に対し、ロイは少し意地になっていた。
端的に言えば、どの口がそう言うか、という心地である。
「無関係なのに勝手に強引に割り込んできたのはそちらだ」
「なんでです! 私に構う意味がなんてないでしょう。
私、私……」
輝く翼を彼女は少しだけ目を俯かせて、
「これから正直どうしたらいいのか、何もないんです。
誰かに会いたいとか、平和にしたいとか、何か欲しいとか」
「だったらとりあえず、俺を追い払うことを当面の目標でいいよ」
「て、適当に言いましたね! こっちは結構真面目に悩んでいるんですよ」
頬を膨らませてキョウはこちらを睨み、そして、また座り込んでいた。
「なんだか、疲れてしまいました」と呟く彼女の顔は、何時もよりも随分と──紅い。
「……この現実を生きていけば、厭でも見つかるよ」
その隣に座り込みながら、ロイは告げた。
「そういうもの、でしょうか?」
「たぶんね。まぁとりあえず、しばらくは一緒にいてほしい。俺のためにもね」
そう告げると再び二人の間に静寂が舞い降りた。
ただでさえ体力を使っていたのにこんな口論をしてしまって──疲れてしまった。
だからとりあえずはここで身を寄せ合っていよう。
まだまだこれからもこの現実は続いていく。
明確な結末なんてものは、現実には存在しない。
いろいろ決着はつけたつもりだが、
それでも継ぎ目なんてなくこの現実は続くわけで、
きれいさっぱり気持ちよく終わり、とはいかないようだった。
とはいえまぁ──今は少し、休むとしよう。
(終わり、じゃない?)
以上で「虚構転生」完結です。
一年以上、ありがとうございました。
(なんかキャラ雑感とか余裕があればやる……かも?)




