240_エンディング……
「……こんな結末でさ、お前は本当にいいのか」
あなたはそういうことを言ってくれる。
その視線の先には窓に描かれた、無数の結末が浮かんでいる。
ロイ君がキョウちゃんだったり、カーバンクルさんだったり、ハイネだったり、いろいろな人と一緒にいるのが見える。
悲しいものもあれば、大団円としかいいようがない、華々しい幸福もまた存在している。
だけど、あなたはそのどれもを拒否するという。
わたしから与えられたものは──やっぱりいや?
「そうじゃないよ。
決められたものをただ演じるもの。
それは人形かもしれないが、その人形に意味がないなんて言わせない」
あなたが今、思い出しているのはあの糸繰人形劇場の人形たちだろう。
さだめられた台本、決められた結末。
「俺のこの言葉も、在り方も、想いすらも、もしかするとお前に創られたものかもしれない。
だけど、そうだとすれば、なおのことでここでは引けない」
すっとあなたはわたしを見据えた。
「俺は、お前をこの物語から解放するためにやってきた。
だけど──忘れないでくれ。
結末の先にだって、続くべきものはあるんだぜ」
わたしはあなたの言葉に耳を傾ける。
あなた──ちょっとだけ、カーバンクルさんの言葉遣いが移っているみたい。
わたしの記憶のなかのあなたは、半端に丁寧で、ちょっとわたしからも距離を取るようなところもあったのに。
「そういうお前も、全然前とは違うよ」
うん。
わたしがあなたを創り、そんなあなたがわたしを変えていく。
変わったわたしが、また新たなあなたを創っていく。
ここにもまた、別の円環があった。
わたしたちは物語の円環に縛られていた。
それを断ち切ることがこの物語の行きつくところのはずだった。
「輪を断ち切ることが、この物語の結末ならそうしよう。
物語のためじゃない。俺自身が、そうしたいと思っているからそうするんだ」
あなたは言う。
「でも断ち切って、ならその次──お前自身の新たな場面がないといけないはずだ」
…………。
まったく、わがままな主人公さん。
自分の好きな結末が手に入るまで、わたしに向かってリテイクを繰り返すなんて。
わたしは──思わず笑ってしまっていた。
でも、どうするの?
わたしは“虚構”と“現実”の円環に縛られる存在。
結末を──すべての聖女を終わらせた瞬間、その円環は消滅する。
そうなると多分、ここにいるわたしは、たぶんもういなくなってしまう気がするんだけど。
「なんだ? そんなことか?
そんなものは理由を、見つけてこればいいんだよ」
そうしてあなたは剣を握りしめる。
その剣こそ言語の集積に。
『エリス』『アマネ』『ミオ』『ニケア』『フリーダ』の物語。
そこに『トリエ』が欠落していること、その空白こそが、四番目の言語である。
「偽剣の基本。絶対法則。
それは──神剣に近いものが、より優れた、強いものであるということ」
“剣の出来とは要するに、いかに神剣に近いかということになる。
だから模倣品と劣化品が戦ったら、力量差など無視して確実に模倣品パスティーシュが勝つ。
──ないとは思うが、仮に神剣と戦うようなことがあれば、そもそも偽剣では敵わないのだよ”
それは昔、6《ゼクス》があなたに教えてこと。
世界観説明であり、この物語で共通して敷かれていたルール。
「ここまでの物語、そのすべての力をいまこの層にぶつける。
さて、と。
俺が培ってきた“虚構”。それを支える“現実”か。
それが円環構造であるというのなら、その強さは同じだけの強度をもっているはずだ」
あなたは確信をもって言う。
この世界が“虚構”であれ、“現実”であれ──その強さは疑いようがないものであると。
そう信じてきたから、あなたはここまで来れたんだね。
「……そんな大したものじゃない。
ただまた会いたいって、俺のなかのロイ田中が言ったんだ」
あなたはそう告げる。
ロイ田中。それはあなたであって、あなたでないもの。
物語を通じてあなたは最初に与えられた役割から、違う存在になってみせた。
田中君、と呼ばれたあなたも
8《アハト》、と呼ばれたあなたも
それぞれ、道のりは決して楽なものではなかったはずだ。
つらく、胸に刺さり続けているものもあるだろう。
それでもあなたはここまでやってきてくれた。
わたしとの再会を、単なる結末にしないでくれた。
「……これは見ようによっては、俺とお前の、二人の物語から始まったのかもしれない。
二人で共有していた、二人だけの世界と、物語」
そう言って、あなたはゆっくりと剣を振り上げる。
「そのことは否定しない。でも、それで終わったわけでは──ないはずだ」
そうしてあなたは、あなたが積み上げてきた物語で切り開いた。
◇




