239_虚構転生
“はじまり”と“おわり”。
“おわり”と“はじまり”。
正直なところわたしにはその区別がついていない。
それはきっと聖女ニケアが、自分自身についての“はじまり”だけは、自信が持てなかったことと一緒だろう。
わたしが思うに、事のカラクリはこうだ。
わたしが“現実”と“虚構”のこの層を掘り出した。
結果としてわたしは、そのどちらも改変する立場を得て、わたしが創り上げた“はじまり”の聖女に──奇蹟を得た。
あなたの思う通り、聖女の奇蹟の源は、わたし、桜見弥生によるこの層からの干渉だ。
わたしと同じ顔をした彼女たちが聞いていたとされる神の声、というのは、何ならわたしと考えてもらってもいい。
だから聖女エリスやアマネのように、奇蹟の力に呑まれていた聖女ほど、田中君の名前を覚えていた。
日記だったり、手紙だったり記す形だ。
わたし──あなたに執着していたから。
“はじまり”の聖女ニケアが生まれ、彼女が第二から第七までの聖女を創り出した。
あとはニケアから聞いた通りだ。
彼女が力を与えた“おわり”の聖女──第七聖女アル・エリオスタ。
“おわり”の聖女アルの奇蹟は、この現実を改変してしまう力。
そんな存在によって、わたしは現実を改変する力に、この物語における理由付けを得ることになった。
彼女を通すことでわたしは、この層から世界に奇蹟を起こすことができる。
わたしがニケアを創り、ニケアがアル・エリオスタを創ったことで、わたしは世界を改変する力を得た、ということになる。
ただこの場合、疑問がある。
そもそもの──わたしがこの層を発見したのは、いかなる理由をもってか、ということだ。
あの病室、あの無機質な“現実”において、桜見弥生は単なる病弱で非力な少女に過ぎなかった。
そんなわたしが、“虚構”の壁を越え、この異世界を捉えたことに対して、理由が欠けてしまう。
知っての通り、あの東京、こんな異能力とか超常現象とか、なかったから。
わたしが別の層を見つけるとするならば、どこかに、外部的な理由付けが必要ということになる。
──だけど、こうも考えられる。
わたしを起点に置くと、そんなおかしなことになる。
だからわたしでなく、聖女ニケアを起点に考えてみよう。
すると、わたしが今存在する、この場所の構造が見えてくる。
最初に、ニケアという少女がいて、それが奇蹟を得た。
次に仲間である聖女たちを創っていった。
その少女たちは、ニケアと同じ顔をしていて、それがあなたの戦ってきた聖女。
第七聖女アル・エリオスタも当然、そのなかに入る。
そしてもしかすると──わたし、桜見弥生も、そうだと考えられる。
まずニケアという存在があり、その奇蹟の理由付け──聖女のすべての力の源として、わたしもまたニケアに創られた。
何ならあの東京さえも、ニケアによる虚構なのかもしれない。
そういう意味で、わたし、桜見弥生は八番目の聖女と呼べるのかもしれない。
そう考えると、一般人に過ぎなかったわたしがこの力をことの理由付けはクリアされる。
わたしは異世界の聖女によって力を与えられたから、こんな立場にいることができたのだ。
ただ──この場合も、やはりおかしい。
わたしが起点でなくなってしまうと、第一聖女ニケアが語っていたように、そもそも何でニケアがその立場にいたのかの説明がつかない。
わたしという存在抜きでは、ニケアがその力を得る理由付けもまた、この説明では不足してしまう。
──だから、わたしにもわからない。
わたしがニケアを創り、ニケアが聖女を創り、聖女の源としてわたしが創られる。
ぐるぐると回る円環構造。
結局、この力がどこからやってきたのか、どこを起点にしても矛盾してしまう。
“虚構”が“現実”に“転生”する。
“現実”が“虚構”に“転生”する。
おかしな──話だよね。
そんな立場に、わたしは置かれているんだ。
ねえ、田中君。
だからわたしは、あなたをここに呼んだの。
「舞台装置、とニケアは言った。
それと同じことを言っているのか?」
違うよ、それはニケアからしたときのもの。
わたしにとってのあなたは違う。
あなたはね──わたしの主人公。
どこからかはわからない。
こんな物語のなかに取り込まれてしまったわたしが、選んだわたしだけの主人公。
ロイ田名君。
何時か、わたしを助けてくれるために、わたしが自分のわがままであなたを主人公にした。
本当は世界の主人公、とか言って定められていたのは、あのエル・エリオスタという人だった。
彼はどう考えてもこの世界の中心にいて、いま時代を変えようとしている。
だけども、わたしはあの人から、主人公という役割を奪ったから、あの人が直接舞台に関わることもなくなった。
代わりに、あなたが主人公をやってくれた。
無限に続く聖女たち、この永遠の“転生”に“おわり”をもたらす者として。
「……ほんとうに、大変なことを押し付けてくれた」
そう言ってあなたは苦笑する。
……うん、そうだよね。
でも、わたしは──願っていたんだ。
この物語に、あなたが終止符を打ってくれることを。
この矛盾した円環の物語から、わたしを開放してくれることを。
……わたしはそうして伝えた。
わたしの気持ち、ことの真相、何なら裏設定のままにしておきたかったもの。
ふふ。
でもね、語り終えたら──思っちゃったんだ。
こんなこと言ったらさ、あなたが次にどんな台詞を吐くのか、わかっちゃった。
「──厭だよ。俺はそんな役割通りになんて、生きたくはない」
うん……、そうだよね。
わたしが創り、見続けてきた物語が、あなたにその言葉を選ばせる。




