235_決戦、コンバート
幻想を収束して形成される、蝶の翅。
それは第一・第三聖女の見られた現象と、同じものをこの第七聖女も見せていた。
彼女らの共通項をあえて挙げるとすれば──聖女としての力が強いことだろう。
ある程度──事の真相に近いところにいるほど、聖女は蝶の翅を獲得するのかもしれかった。
夢を自由に泳ぐための、幻想の翅を──
「────」
翅を展開した彼女は、けだるげな様子でこちらを見下ろしている。
その様子は、どこか第五聖女アマネと印象が被って見えもした。
太母によって聖女の“理想”へと近づけられたアマネ。
その“理想”とは、もしかするとこの第七聖女がモデルだったのかもしれない。
「……た、戦うのか? やっぱり?」
後ろで四季姫が震える声で言った。
けしかけたのは彼女自身だが、目の前で戦闘がおこることはやはり恐ろしいのか。
一方、キョウとロイは鞘から無言で偽剣を抜いていた。
反射のようなものだった。この現実で生き延びていくための。
「大丈夫ですよ、私が守りますから」
腰を抜かす四季姫に、キョウが振り返っていった。
そう、彼女がここにいるのはあくまで四季姫のため。
ロイに対しては、一瞬だけ視線を向けたが、何も言いはしなかった。
──もう、大丈夫ですよね。
そんな想いが込められているように、ロイには思えた。
ロイは何も言わず、翅を広げるアル・エリオスタに『ニケア』をもって向かい合ったが。
「……必要ないだろう。もう、そういうのは」
そう言って、剣を消して、
「だいたい事情を知っているんだろう? だって、お前は──」
◇
ダメ、ダメ。
そんな丸くまとまったんじゃあ、物足りないんだから。
ここで終わらせるわけにはいかない。
私に与えられたクライマックスは、そう──華々しくいかないと。
◇
幻想の光弾が純白の壁をえぐっていく。
乱舞するおびただしい量の死の光のなか、ロイは必死に跳躍を繰り返していた。
ダ、ダ、と鈍い音が架空神聖領域に響き渡る。
一瞬でもタイミングが遅れれば、その瞬間にこの身は蒸発しているだろう。
空に舞う、翅広げた聖女アル・エリオスタ。
彼女は展開した言語から、光の弾幕を張ることでこちらの接近を妨げている。
彼女はただ悠然と空に舞い上がり、この“塔”を通じて、世界から無尽蔵に組み上げられる幻想を基に、こちらを追い詰めるのだった。
「あーもう! 聖女様! ちょっと待ってください」
空では翼を広げたキョウが呼びかけている。
三次元的な駆動を可能にする彼女だが、全方面に光の弾丸を放つことができる第七聖女とは相性が悪いらしかった。
先ほどから鋭角的な駆動を繰り返しているが、近づくことができた素振りはない。
ちなみに──四季姫はキョウの腕の中ですでに失神していた。
この戦闘が始まったあたりですぐにキョウに抱かれていたが、恐怖によるものか、はたまたキョウの翼による高速機動によるものか、瞳をとじ口からはよだれが垂れていた。
無事であることを祈りつつ、ロイは無心で跳躍による回避を行っていた。
──勝機があるとすれば、一点突破。
ロイが今握っている偽剣は『ニケア』である。
彼が今持つ偽剣のうち、最大にして最強の火力を持つその偽剣のフィジカルブラスターによって、あの光の弾幕を突破する。
取り回しが悪く、機動性はあまりいいとはいえない偽剣だが、この射程を打ち抜けるのは、この偽剣をおいてほかにない。
そのため、彼は身をかすめる光弾を跳躍で避けつつ、機械を窺っていた。
この聖女が息切れするとは思えない。
ゆえに一瞬の隙を見つけなくてはならない。こちらが攻め込める勝機を。
「────」
その想いで、ロイは無心で戦場を跳ぶ。
ただ──この闘いは、決して命を奪うためのものではない。
この闘いの対話する余地すらなく戦闘に入ってしまった。
だが彼女をここで打倒すつもりはなかった。
そのためにも、彼女には生きてもらわなければならない。
だから、と思う。
『ニケア』のフィジカル・ブラスターによって、弾幕をえぐるも──外さなくてはいけない。
そして空いた弾幕の間隙に、キョウが飛び込んで不殺剣を叩き込む。
ロイとキョウ、共に言葉を交わしたわけでもないが、互いにそう動くだろうと、そう確信しているのだった。
「ここで一つ、終わらせる」
ロイはそう言葉を漏らし、そしてぐっと前に跳ぶ。
跳躍の先にあったのは、乱舞する光における、一瞬の空白。
そこで美しく雄大な『ニケア』の剣身に幻想を収束させる。
キョウがこちらを見て、頷くのが見えた。
破壊の光に対する恐怖を乗り越え──そして開放する。
「今度救うのは世界じゃない! 俺とそして、お前自身だ」
『ニケア』によるフィジカル・ブラスター。
放出される膨大な幻想が──第七聖女アル・エリオスタを包み込んでいった。




