234_聖女は蝶
◇
さて、と。
どうしようかな……
◇
白いのシーツがこしらえられた、広々としたベッド。
ベッドを取り囲むようにあたりに本が乱雑に積まれ、その合間にメモ書きされた紙が乱雑に散らばっていた。
純白の世界の中心にあったのは──奇妙といえば奇妙な、しかしどこか平凡な生活感のある空間だった。
「…………」
そこに最後の聖女は腰かけている。
聖女に共通する色彩──碧色を灯した瞳で彼女は来訪者を見返していた。
先ほどまで寝転がっていたのか、その純白の衣装には皺が寄っていた。
背格好や外見自体は、ニケアやエリスらとさほど変わらないだろう。
だが溌剌としていた彼女たちとは打って変わり、静かで、落ち着いた雰囲気を彼女は漂わせている。
目元に滲んだ隈が不健康そうにも見えた。
彼女はこちらに気づくと、膝元に置いて呼んでいたらしい分厚い本を脇によけ、しばし、その碧色の瞳で来訪者──ロイ、キョウ、四季姫を見つめたのち、
「──ようこそ」
そう、平坦な口調で語り出した。
「わたしは、第七聖女、アル・エリオスタ」
ロイはその、感情の灯らない表情を見据えたのち、
「はじめまして。ロイだ」
短く、そう告げた。
すると聖女アル・エリオスタはしばらく目をぱちくりとさせたのち、
「知っているよ。いまさら、何も言わなくても」
そう言って、彼女は視線で虚空、ベッドの頭上を示した。
その先を追うと、何もないはずの空間に、四角く区切られる形で、映像や言語が流れているのが見えた。
その窓からはどこかの映像が流れている。
城だったり、海だったり、街だったり、この現実のすべてが映し出されていた。
また無数の窓のうち一つはまさにこの場面──白きベッドにて、聖女と相対する来訪者が映っていた。
「わたしはここで、全部見ていたから。
あなたの物語を全部追ってきた」
……きっとここから、この聖女は世界を眺めていたのだろう。
幾多にも開かれ、展開し、消えていく窓は、そのことを雄弁に物語っているように思えた。
「──ふむ。なら説明が早いのか?」
そんななか、口を開いたのは四季姫だった。
「我がお前をその──襲いに来た。
これからの時代に聖女なる、紛い物の奇蹟は不要だ。
暗黒時代がせっかく終わりそうなのだ。
潔くご退場願おうか? 絶世の騎士の娘にして、最大の咎人、アル・エリオスタよ」
彼女は聖女アルにさほど危険性を感じなかったのか、一歩前を出て(と言っても、キョウとロイの後ろだが)そんな誰も信じていない大義名聞を朗々と語り出す。
だが、聖女はその言葉に対し、少しだけ困ったように、
「……貴方、誰?」
「何? 何でも見ているのではないのかっ!」
腕組みをした四季姫が不満そうに声を上げた。
「私は四季姫! “教会”を背負いたつ最高権力者にして、最強のお飾りだぞ!
何でそれを知らん。そこの異端審問官やら無名の剣士やらと違って! 滅茶苦茶名は知れているのだぞ!」
「ああ、ごめんなさい。
だって、あなた、ここの最後の方になって、突然出てきたから……でもなんで、そんな人がこの場にいるの?」
心の底から不思議そうに彼女は言う。
そして視線をロイに移して、
「貴方たちは、ここに来るべくして来たのはわかるけど。
特に田中君……いや、ロイ君は主人公だし」
次に聖女はキョウを見て、そこで微笑みを浮かべて、
「そして貴方は──ヒロイン、かな? 一応。
貴方も、主人公みたいな映り方を、よくしていたけど。
一応、ロイ君の方が主人公なんだろうし、それでいいでしょう」
「私! ヒロインとか、そんなんじゃありません! 厭です」
聖女の胡乱な物言いに、キョウがきっぱりと声を上げた。
あまりにも勢いある返しだったせいか──ついでに翼が出てしまっている。
「主人公、ね」
ロイはこの最後の聖女に、何と返すべきか戸惑っていた。
聖女が訳の分からない物言いをするのは何時ものことと言えばそうだ。
理解しようと思うこと自体があまり得策ではない。
とはいえ──実のところ、今回の彼は少しだけ、聖女の言葉がわかるような気がしていた。
「……それで、私は──聖女。
貴方の幼馴染、桜見弥生の姿をした誰かで、奇蹟を持っている。
七人いた聖女も、五人は貴方に倒され、あとの一人は完璧な退場してみせた。
だからあとは私だけ。
物語に登場しないといけないのは、この“虚構”のアル・エリオスタだけ」
そして彼女はそこで、すっ、とベッドから立ち上がった。
その華奢な身体を纏った純白の衣装が垂れる。
「つまるところ──」
そう自らの役割を口にしながら、その白い指先で自らの頬を撫でた。
「私が──最後に残された敵。障害。超えるべき壁」
途端──猛烈な幻想が流れてきた。
碧の光が瞳に灯る。
純白の塔より汲み上げられた大量の幻想が彼女へ向かって収束する。
その奔流にロイとキョウは共に偽剣を抜いていた。
腰を抜かしたのか、四季姫がキョウの後ろで倒れているが見えた。
「なら、戦った方いい?
私を倒して、そして、結末に行こうか?」
その語る聖女アル・エリオスタの背中には──うっすらと透けた碧の翅が顕現していた。
それは、夢の中を泳ぐように飛ぶための──蝶の翅であった。




