233_第七聖女アル・エリオスタ
◇
わたしはここにいる。
ここであなたを待っていた。
今までずっと、ずっとこの最終章から、あなたのことを見続けていた。
正直途中、もうだめかと思ったところもあった。
あなたかわたし、どちらかが折れてしまい、ここまで来れないのではないかと──不安だった。
でも、来てくれた。
1章の“犠牲”も、
2章の“理想”も、
3章の“堕落”も、
4章の“正義”も、
5章の“希望”も、
6章の“未来”も、
わたしが創り上げてきたすべての“虚構”を踏みしめて、あなたはやってきた。
そのことを、わたしはとても感謝している。
あとはそう──わたし自身の出番だ。
◇
「……“虚構”の第七聖女、アル・エリオスタ」
純白の楽園、架空神聖領域をロイ、キョウ、四季姫の三人は進んでいた。
「奴が普段何をし、何を想い、何を視ているのか。
それは私にもわからない。
この楽園は基本的に、一部の者しか出入りできないし、中央──頂上に至ってはエル・エリオスタぐらいしか入れない」
花が舞い、水の音が聞こえる。そんな白い世界が、続いている。
“塔”の最上層に築かれたこの楽園は、なだらかな段差ができており、中央に行けばいくほど自然と高い階層に行くようになっている。
いくつもの壁や幾何学的な建築物が並んでいるせいで、全貌を把握しづらいが、ふと見上げれば、空へと伸びた円柱型のオブジェが見える・
打ち込まれた杭のように見えるそれこそ──この“塔”の中心、最後の聖女が待つ舞台だろう。
「……なるほど、でも、今までの聖女様も、こういう変なとこに住んでる人多かったですし、そういうセンスは一緒なんですね」
「うむ、まぁ。変な奇蹟を身に持つと自然とこうなるのだろう。
私はまともなので、普通に暖かくてふかふかのベッドがあればそれでいいが」
何故か四季姫は誇らしげに言う。
それこそ今の状況がそうだろうし、実際彼女が守ろうとしているのは権力というより、そうした安寧なのかもしれない。
願わくば、これからの時代は──簡単にそうしたものが手に入るといい。
「奇蹟は?」
「うん?」
「第七聖女の奇蹟──“虚構”とか言われていたが、どういう奇蹟なんだ?」
ロイは問いかける。この作戦の決行前にも、同じ質問を聴いていたことがあった。
なのでそれはあくまで確認のようなものだった。
以前よりも四季姫と距離が近くなった(ような気がする)からこその再確認だ。
「私にもわからん!」
だがやはり、四季姫はそう答えた。
「第七聖女に関する資料は最高機密とされている。
権力だけはピカイチな私でも見ることができん。
研究がされていない訳がないんだが──うむ、私があまりにもお飾りだからな」
「そんなに自分を卑下しないでください、四季姫さん!」
「卑下などしとらん。私はむしろずっとお飾りでいたいんだから」
四季姫はむすっと返す。
気の抜けたやり取りであった。
これから一応──すべてを賭けた決戦に赴くというのに。
「……第七聖女のことは、それでも調べはしたじ。
今代の第七聖女──アル・エリオスタの前の“虚構”の聖女までさかのぼれば、流石にガードも甘くなっていた。
とはいえそれも要領を得なくてな」
悩ましい、と漏らしながら四季姫は言う。
「一つあるのは──竜を創った、という話だ」
「竜……ですか?」
キョウが目を丸くして尋ねた。
竜。それはこの世界においてさえ──すでに滅び去り、おとぎ話にしか登場しない存在である。
「そう、竜だ。
この現実に存在するはずのない竜を、でっち上げ、創り上げてみせた、という記録がある」
「……それって竜なんですか? 魔術師さんなら、それっぽいものをなんかできちゃいそうですけど」
四季姫の言葉に、キョウは今一つぴんと来ていないようだった。
とはいえロイの脳裏には──竜が実像をもって浮かんでいた。
炎と海。
一つの転機となったあの舞台で、ロイは竜と遭遇している。
あの海で確かに見たあの竜は、確かにこの“現実”の存在であった。
この世界に本来いないはずであった。しかし、存在していた。
もしかすると、あれこそが──
「さて、な。
何を持ってそれが真なる竜、真なる“虚構”であるとするのか、私にはまるでわからん。
とはいえ、そういう意味であの聖女の奇蹟は、何かを創ることなのかもしれん」
「……第六聖女にも似ているのかもな」
「うん?」
ロイはさまざまな想いを胸にしまいながら、言葉を口にした。
「この現実と引き換えに、新たなにモノを創り出し、それを真なるものとしてしまう。
“犠牲”の第六聖女はそういう類の奇蹟だった」
次に脳裏に浮かんできたのは、彼が初めて遭遇した奇蹟。
あのさかしまに浮かぶ城のことを思い起こしながら、ロイは彼なりの分析を口にする。
「……四季姫様。たぶんその予想は正しい。
この現実に存在しない虚構を創り出す奇蹟」
次に“はじまり”の聖女ニケアの言葉が思い起こされる。
──ただ、この奇蹟が、どこから降って湧いたものなのか、それだけはわからなかった。
「第七聖女──“おわり”の聖女はそういうものでないと、辻褄が合わない」
彼女は確かにすべての“はじまり”であった訳だが、一つ、彼女が知りえないことがあった。
「流石は“聖女狩り”の英雄。
七回目となると、含蓄深い意見が聞けたな」
四季姫がふふっと笑って言った。
吊られてロイもまた笑う。これまでの闘い、聖女のことが先ほどから思い起こされる。
これまで遭遇した六つの奇蹟。
きっとそのどれが欠けても、ここにはたどり着けなっただろう。
「頼もしい。頼もしいよ……まぁ、私の味方として、せいぜい頑張ってほしい」
「ああ」
そう四季姫と言葉を交わして進みつつ、ロイはふと思い立ち、キョウに語り掛けた。
「……一応、言っておく。
無理に来る必要はないぞ」
「まぁ、そうですね」
えらく素直に、キョウは頷いた。
「たぶん私がいなくとも──ロイ君ならもう大丈夫だと思っていますよ」
「…………」
「なので、私は今回、四季姫様のためにいます!
放っておくと死にそうなので!」
キョウはそこで微笑みを浮かべ、先に行ってしまった。
もう大丈夫、か。
ロイはしばらく何と言ったものか戸惑ったが、しかし、その場では結局何も言わなかった。
◇
──それから、しばらくして。
三人は“塔”の最上層、楽園の中心へとたどり着いていた。
そしてそこにあったのは白いベッド、世界を一望できる窓、そして……
「…………」
……碧色の瞳を持った、最後の聖女。
その名は、アル・エリオスタであるはずだった。




