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虚構転生//  作者: ゼップ
“無題最終章”
233/243

232_最後の聖女





こうして10《ツェーン》と9《ノイン》は去った。

舞い散る花々の向こうに彼女らの姿は消えた。

きっと彼女はもう、この塔を去るのだろう。


来るべき新たな時代に、異端審問官であることを捨て、別の道を生きていくに違いない。


「……それでロイ君、ここって」

「架空神聖領域。

 “教会”の最深部であると同時に、ご察しの通り最後の聖女様がいる場所だ」


ロイを見上げるキョウは「なるほど」と短く返した。

最後の──第七聖女がいると聞かされても、さして驚いた風には見えなかった。

9《ノイン》に連れてこられた時点で、なんとなくこの場について説明を受けていたのかもしれない。


「また、その人を殺しに来たんですか? 全部、終わらせるために」


キョウはそこで握りしめていたロイの手をぐっと握りしめていた。

その感触、まっすぐと向けられた視線にロイは不思議な緊張を覚えていた。


「……なんて、ですね。

 別に大丈夫ですよね? 今のロイ君なら」


だが、すぐに離した。

そう言って、一歩下がって笑う彼女に対し、ロイは何かを言おうとしたが、


「何と! 何が大丈夫だ。何が!」


さらに下の方から聞こえてきた声に遮られてしまった。

そういえば、一応今回の事の元凶は彼女、四季姫であった。

腰を抜かしていたらしい彼女は、キッとキョウとロイを見上げて、


「死ぬかと思った! 

 何してくれる! そこの無名の女」

「大丈夫です。それだけ理不尽に人を怒れるなら貴方はもうやっていけます。

 名前も知らないけど愛らしい誰か!」


一転、溌剌とした口調で言うキョウに対し、四季姫は目を見開いた。


「な、名前を知らぬと……この場に居合わせておきながら」 


そりゃキョウはは知らないだろう、とロイは苦笑したが、まぁずっとこの塔にいると麻痺してしまうのかもしれない。


「……それでしかも、異端審問官8《アハト》よ。大丈夫、とはどういうことだ貴様」


そこで、ずい、と彼女は身を乗り出してきた。


「私のために聖女を暗殺してくれるのではなかったのか?」

「さぁ、どうなるのかは……俺にもわからない」

「何ィ?」

「安心してくれ。アンタとの約束は可能な限り守る。

 とはいえ、要するにこの“教会”から聖女がいなくなれば、アンタは問題ないんだろう?

 四季姫という今の立場と、名前、そういうものを守るためにはさ」


四季姫は憮然とした表情でこちらを睨んだ。

肯定ではなかったが、しかし否定でもなかった。


ロイはしゃがみこみ、まだ立ち上がることのできない彼女と視線を合わせた。


「……この先どうなるか。正直俺には全くわかってない。

 でもきっと、何かが起こるよ。

 これまで自分のままではいられないような、そんな何かが、きっとある」

「そんなものかな。

 私は白状すると、この計画は絶対に失敗すると思っていたぞ。というか思っているぞ。

 私は自分で自分のことを勝手に何とかしようとすると、たいてい失敗してきたんだ」


真顔で言う四季姫に、ロイはもう一度苦笑を浮かべてしまった。

戦闘に巻き込まれて何か心に変節があったのか、随分と腹を割ったことを言ってくれる。


「最悪、そこの不殺剣士を頼ればいいさ。

 権力はわからないが、コイツについていけば、死ぬことはたぶんない」

「うむ。誰だか知らんが、その点は、お前よりも頼りになりそうだ」


この姫様、人を見る目があるな。

初対面だろうにそう言ってのける彼女に、ロイは素直に感心していた。


「いいよな? キョウ」

「え? ええと……まぁ、私にできることなら」


キョウは困ったように言った。

これで大丈夫だろう、と内心で思いつつ、ロイは再び四季姫に向き直る。


「俺ができることなら、協力するのはホントだ。

 最後の聖女に会う機会を設けてくれた恩は感じている。

 アンタの味方として、精一杯聖女と向き合うよ」

「……まぁその点を言うなら、元々ギブアンドテイクだ。

 お前をこのような、自殺行為としか言いようがない計画に巻き込んだのだから」


四季姫はそこで大きく息を吐いた。

そこで乱れていた衣装を律儀に直し、立ち上がろうとする。

ロイはその手を取ってやり、彼女の身体を引っ張り上げた。


「早くせねば下から“教会”の正規軍が来る。

 ただでさえ派手に騒いだのだから」

「ああ、その前にカーバンクル、1《アイン》と合流しないと……」


そう言って当たりを確認したその瞬間、純白の庭園の奥から巨大な爆音が届いた。

幻想の奔流と、炸裂する光。流れてくる爆風。咄嗟にロイは四季姫の前に立ち、目元を覆った。

あれは──フィジカルブラスターの一撃であった。


「あれは──カーバンクルさんの?」」

「ああそうだ……あの人の──闘いの余波だろう」


唇の感触を思い出しながら、ロイは言う。

11《エルフ》。魔術師アーノルド。

その存在については深くは知らない。だが──そう簡単に打倒せるものではないはずだ。


だからアレは勝負の決定打になるものに違いない。

彼女らしい、最後の最後の賭けだろう──そう自然と彼は納得していた。


「……行こう」

「え?」

「先に行こう。あの爆発……すぐに正規軍が来る。

 だから急いだ方がいい」


そう思ったから、ロイは自然とその言葉が出ていた。


「でも、カーバンクルさんは──」


目をつむればあの颯爽したアカの色彩がよみがえる。

彼女は自分に残された最後の因縁、向き合うべき相手と闘った。


だから、今度は自分の番だろう。


「あの人は生きてるさ。必ず、絶対」


そう言って、彼は微笑んでみせた。











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