232_最後の聖女
こうして10《ツェーン》と9《ノイン》は去った。
舞い散る花々の向こうに彼女らの姿は消えた。
きっと彼女はもう、この塔を去るのだろう。
来るべき新たな時代に、異端審問官であることを捨て、別の道を生きていくに違いない。
「……それでロイ君、ここって」
「架空神聖領域。
“教会”の最深部であると同時に、ご察しの通り最後の聖女様がいる場所だ」
ロイを見上げるキョウは「なるほど」と短く返した。
最後の──第七聖女がいると聞かされても、さして驚いた風には見えなかった。
9《ノイン》に連れてこられた時点で、なんとなくこの場について説明を受けていたのかもしれない。
「また、その人を殺しに来たんですか? 全部、終わらせるために」
キョウはそこで握りしめていたロイの手をぐっと握りしめていた。
その感触、まっすぐと向けられた視線にロイは不思議な緊張を覚えていた。
「……なんて、ですね。
別に大丈夫ですよね? 今のロイ君なら」
だが、すぐに離した。
そう言って、一歩下がって笑う彼女に対し、ロイは何かを言おうとしたが、
「何と! 何が大丈夫だ。何が!」
さらに下の方から聞こえてきた声に遮られてしまった。
そういえば、一応今回の事の元凶は彼女、四季姫であった。
腰を抜かしていたらしい彼女は、キッとキョウとロイを見上げて、
「死ぬかと思った!
何してくれる! そこの無名の女」
「大丈夫です。それだけ理不尽に人を怒れるなら貴方はもうやっていけます。
名前も知らないけど愛らしい誰か!」
一転、溌剌とした口調で言うキョウに対し、四季姫は目を見開いた。
「な、名前を知らぬと……この場に居合わせておきながら」
そりゃキョウはは知らないだろう、とロイは苦笑したが、まぁずっとこの塔にいると麻痺してしまうのかもしれない。
「……それでしかも、異端審問官8《アハト》よ。大丈夫、とはどういうことだ貴様」
そこで、ずい、と彼女は身を乗り出してきた。
「私のために聖女を暗殺してくれるのではなかったのか?」
「さぁ、どうなるのかは……俺にもわからない」
「何ィ?」
「安心してくれ。アンタとの約束は可能な限り守る。
とはいえ、要するにこの“教会”から聖女がいなくなれば、アンタは問題ないんだろう?
四季姫という今の立場と、名前、そういうものを守るためにはさ」
四季姫は憮然とした表情でこちらを睨んだ。
肯定ではなかったが、しかし否定でもなかった。
ロイはしゃがみこみ、まだ立ち上がることのできない彼女と視線を合わせた。
「……この先どうなるか。正直俺には全くわかってない。
でもきっと、何かが起こるよ。
これまで自分のままではいられないような、そんな何かが、きっとある」
「そんなものかな。
私は白状すると、この計画は絶対に失敗すると思っていたぞ。というか思っているぞ。
私は自分で自分のことを勝手に何とかしようとすると、たいてい失敗してきたんだ」
真顔で言う四季姫に、ロイはもう一度苦笑を浮かべてしまった。
戦闘に巻き込まれて何か心に変節があったのか、随分と腹を割ったことを言ってくれる。
「最悪、そこの不殺剣士を頼ればいいさ。
権力はわからないが、コイツについていけば、死ぬことはたぶんない」
「うむ。誰だか知らんが、その点は、お前よりも頼りになりそうだ」
この姫様、人を見る目があるな。
初対面だろうにそう言ってのける彼女に、ロイは素直に感心していた。
「いいよな? キョウ」
「え? ええと……まぁ、私にできることなら」
キョウは困ったように言った。
これで大丈夫だろう、と内心で思いつつ、ロイは再び四季姫に向き直る。
「俺ができることなら、協力するのはホントだ。
最後の聖女に会う機会を設けてくれた恩は感じている。
アンタの味方として、精一杯聖女と向き合うよ」
「……まぁその点を言うなら、元々ギブアンドテイクだ。
お前をこのような、自殺行為としか言いようがない計画に巻き込んだのだから」
四季姫はそこで大きく息を吐いた。
そこで乱れていた衣装を律儀に直し、立ち上がろうとする。
ロイはその手を取ってやり、彼女の身体を引っ張り上げた。
「早くせねば下から“教会”の正規軍が来る。
ただでさえ派手に騒いだのだから」
「ああ、その前にカーバンクル、1《アイン》と合流しないと……」
そう言って当たりを確認したその瞬間、純白の庭園の奥から巨大な爆音が届いた。
幻想の奔流と、炸裂する光。流れてくる爆風。咄嗟にロイは四季姫の前に立ち、目元を覆った。
あれは──フィジカルブラスターの一撃であった。
「あれは──カーバンクルさんの?」」
「ああそうだ……あの人の──闘いの余波だろう」
唇の感触を思い出しながら、ロイは言う。
11《エルフ》。魔術師アーノルド。
その存在については深くは知らない。だが──そう簡単に打倒せるものではないはずだ。
だからアレは勝負の決定打になるものに違いない。
彼女らしい、最後の最後の賭けだろう──そう自然と彼は納得していた。
「……行こう」
「え?」
「先に行こう。あの爆発……すぐに正規軍が来る。
だから急いだ方がいい」
そう思ったから、ロイは自然とその言葉が出ていた。
「でも、カーバンクルさんは──」
目をつむればあの颯爽した紅の色彩がよみがえる。
彼女は自分に残された最後の因縁、向き合うべき相手と闘った。
だから、今度は自分の番だろう。
「あの人は生きてるさ。必ず、絶対」
そう言って、彼は微笑んでみせた。




