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虚構転生//  作者: ゼップ
“無題最終章”
232/243

231_8~舞い散る桜のなかで~


「……わたし、10《ツェーン》ちゃんが死んだら悲しい」


9《ノイン》は重ねるように告げた。また、不思議な表情を浮かべたのち、


「うまく言えない。何だろう?

 もっといろいろ考えていたのに。 

 これが、お芝居だったら、たとえ台本なしでも、アドリブでなんとかしちゃうのに」

「いや……いいさ。

 ここは舞台の上じゃない。

 だからお前も、そして私も、そうそううまくはいかない。

 そういう──ものだ」


そうして10《ツェーン》はゆっくりと立ち上がった。

すでに『リフィエシオン』はソードリストへと格納され、消え失せていた。


「……ロイ」


そこで──10《ツェーン》はその名を呼んだ。

ロイはそこで目を見開いた。

心臓がわしづかみにされたような緊張が走り、思わず唾をのみ込んだ。


「……ふふ」


だが、対称的に10《ツェーン》の方はひどく落ち着いた様子で、笑ってみせた。

闘っていた時の苛烈さはすでに引いていた。

代わりに浮かんでいるのは、穏やかで、そして晴れ晴れとした笑みだった。


それは少しだけ──寂しそうな。


「ふふっ。あまりにも、あまりにも身勝手な言葉で申し訳ないが、言わせてもらおう。

 ──すまなかったな、と」


そして彼女は、ロイをすっと見据え、そんなことを言うのだった。


「……何?」

「お前は──やはり、アイツとは違う人間だ。

 奴はあの場で、私を殺すことを躊躇ったりはしないよ。

 隙を見せればすぐさま私の首を落としていただろう」


だから、と彼女は言う。

その口調はすでにロイの知る、異端審問官としての彼女に戻っていた。


「私の勝手な未練に──巻き込んですまなかった」

「…………」

「お前はやはり──アイツとは違うから」


そう確かめるように重ねて言った。

彼女はゆっくりと歩き出し、無言で9《ノイン》がその隣に並ぶ。

その手は自然と繋がっていた。

倒れそうになるどちらかを、どちらかが支えるようににして。


舞い散る花のなかで、ロイは二人の背中をじっと見つめていた。

きっと──かつてはそこに、三人目の影があったはずだ。

だがそれはもう消えてしまったものであり──二度とは戻らないものだ。


「……ロイ君」


残されたキョウが声をかけてきた。

どこかこちらを心配する響きを持ったその声に、ロイは振り返ることなく、


「手がさ、止まったんだ」


そう言った。


「アイツ──10《ツェーン》と闘ってた時、最後のトドメを刺そうとした時、手が止まった」

「……それはロイ君が」

「違うよ。

 俺は──拙者オレは昔から、アイツだけは殺したくなかったんだ」


薄紅色の髪の少女が、何時か人斬魔に殺されることを望んでいた。

だが──人斬魔の方は実のところ、その結末だけは忌避していた。


──だから、もう嘘は吐かなくていいわ。この私を守りたいと、助けたいなんて……


──違う。

  鏡に映る光景に、彼は思わずそう口にしていた。

  いや、その言葉に間違いはなかった。

  しかし、それがすべてである訳ではなかった。


かつて“たまご”で垣間見た過去の記憶がよみがえる。


ずっとずっと昔から、二人は噛み合っていなかったのだろう。

互いのことを深く思い合っていたからこそ、伝わらない想いであった。


「……でもそんなこと、言わない方がいいんだ。

 そうすればアイツは……もう、全部忘れて、また生きていける」


その言葉と共に、彼は去っていく9《ノイン》と10《ツェーン》の背中を見ていた。


──■■■


舞い散る花のなか、彼はとある名前を呼びたくてたまらなくなっていたが、しかし結局何も言いはしなかった。

そうしているうちに二人の背中は消え去っていた。


──きっと二度ともう会わないだろう。


そんな予感が、胸のなかに到来し──彼は自然と目元を隠していた。


「────」


そんな彼を見て──キョウは何も言わず手を握ってくれた。

血に汚れたロイの手に、彼女の指先が絡む。

その暖かさにこの瞬間だけは頼っていたいと、彼は思ったのだった。






10《ツェーン》、9《ノイン》、8《アハト》。

彼らのほんとうの名前をここで記すことが、わたしには当然できる。


だが、それはわたしにさえ許されないのだろうな、と思う。


それはロイ君が、最後まで呼ぶのを我慢した名前でもあるのだから。

たとえ彼が名を呼んでしまったとしても、物語としては成立しただろう。

それが許されない立場にいたわけではなかった。


だけど、それでもロイ君はその名を口にしなかった。


その選択をわたしは尊重してあげたい。


いや──それも傲慢なのかな?


教えてほしいよ。

わたし自身、もう判断がつかなくなっているから。


もう、すぐそこの“終わり”でわたしは主人公である君を待っているから。








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